新しい嫁

第31話  奴隷商館での出会い




ルーナのギルドカード更新を終え、僕たちは一休みするべく宿屋に向かっていた。

吸血鬼の王を倒した功労として、なんとルーナもFからSランクという破格の昇進を受けた。

というより、『月影の魔女』の名が大きく関係しているのかもしれない。

確かに伝説の魔法使いがFランクじゃ、格好がつかない。




「そういえばルーナ、ギルドマスターとは何か話したの?」


「······まあ、色々とね」




珍しくルーナはぐったりしている様子だった。

どうやらアルフィミアさんとは積もる話もあったようで、根掘り葉掘り喋らされたようだ。

しかしやはり何処か嬉しそうに見えるのは、僕の気のせいか。

何はともあれ疲れを癒すべく、二人で宿屋へ向かう。




「······あら?」




その途中、ルーナは路地裏へ目を向けた。




「どうしたの、ルーナ?」


「ええ······ちょっと気になるのを見付けてね」




ルーナが見ている路地裏に僕も視線を向けるが、路地裏は薄暗くて闇が広がるばかり。

この先に、気になることでもあるのだろうか?




「アヴィス、寄り道をしてもいいかしら?」


「それは構わないけど······何があったの?」


「それは見てのお楽しみよ」


「······?」




答えをはぐらかすルーナだが、その顔は興味津々といったようだった。

そういえばルーナは、気になることがあれば調べたがる癖があったっけ。

この先に、ルーナが調べたがるほど気になることがあるというのだろうか。

もしそうなら、僕も少し興味がある。




「アヴィス、一緒に来てくれる?」


「うん、分かった」




良く分からないまま、僕はルーナと共に路地裏に入る。

表通りとは違い暗くて人を寄せ付けない雰囲気だが、途中で僕は気が付いていた。

―――この道、あまりに綺麗過ぎる。

普通、路地裏というのは物が散乱していたりするのだが、この道には何も無さすぎる。

まるで、誰かが意図して置いていないように感じた。




「······ここね」




そんな不審を抱きながら歩いていると、ルーナは立ち止まって顔を上げた。

僕もつられて顔を上げると、そこには立派な館が建っていた。

建物自体はそこまで大きくないが、塗装も造りも他の建物とは違う。

言うなれば、商会っぽい感じだ。




「ここは······?」


「この中に、気になる魔力を感じたの。それも、今まで感じたことのないくらいのね」


「この中に······?」




それは僕も少し気になるが、勝手に入っても良いのだろうか?

そう悩んでいたが、ルーナは迷わず館の扉を開けて中に入った。




「ちょっ、ルーナ······!?」




彼女を追うように、慌てて僕も中に入る。

その中は案外普通の洋館であり、特に怪しい部分は無い。




「おや、これはこれは······」




すると、僕らの前に執事服を着た一人の男性がこちらにやって来た。

そして、深々とお辞儀をする。




「ようこそ、奴隷商館へ。本日は、どのようなご入り用でしょうか?」


「ど、奴隷商館······!?」




僕は唖然とする。

この世界において、奴隷制度はさほど珍しくはない。

むしろ普及しつつはあるが、所有している人は結構少ない。

その理由は色々考えられるが、一番の理由は奴隷を買うには多額の金が必要になるという点にある。

奴隷は、大抵借金によって堕ちる人が多い。

そのため顧客は、その奴隷の借金と合計した値段を支払わなければならないのだ。

それは一般家庭に支払えるものではなく、買えるのは王族や貴族、大富豪といった身分高い者たち、または高ランクの冒険者くらいだ。




「へぇ、ここが奴隷商館ね······」




ルーナはそんな奴隷商館を見るのは初めてなのか、まるで宝石を目にした女の子のようにキラキラとした瞳で店内を見渡す。

そんな僕らに、執事服の男は笑顔で声をかけてきた。




「お客様、当店は初めてのご利用ですか?」


「あ、えっと······まあ、そうです」


「でしたら、僭越ながら私が案内をさせていただきたく思うのですが、よろしいでしょうか?」




僕はルーナに目を向ける。

この店を発見して入ったのはルーナだ、彼女に判断を仰ぐのが正しい。

ルーナはひとしきり店内を見た後、勝手に足を動かした。




「お、お客様······!?」




まるで我が家のように歩くルーナに執事服の男は慌てて引き止めようとするが、それでも彼女は無視して歩き続ける。

そんな彼女の後を追う執事服の男と僕。

一体、何がどうしたというのだろうか?




「······ここね」




奴隷たちが居る牢屋を通り、着いた先は厳重に閉ざされた部屋の前だった。




「お、お客様······困りますよ、勝手なことをされては······」


「す、すみません······」




長い間森で生活していたためか、ルーナには少し常識が欠けてしまっているようで、僕はそんな彼女に代わって執事服の男に謝る。

しかしルーナは気にも留めず、執事服の男に向かって訊ねた。




「あなた、この扉の先に誰が居るの?」


「は、はぁ······そちらには、犯罪奴隷が収容されております」




犯罪奴隷。

一般的な奴隷とは違い、借金で奴隷になったのではなく何か犯罪を犯して身を落とした凶悪な囚人奴隷。

よって、購入する人はあまり居ないと聞く。




「そちらの犯罪奴隷は、過去に殺人を犯しておりまして······普通は死罪になるところですが、あまりに稀少な種族のため奴隷堕ちとなりました」


「稀少な種族······?」


「はい。機人族でございます」


「き、機人族······!?」




僕は驚愕に目を見開く。

『機人族』。

昔、あるマッドサイエンティストによって人間の中に強力な魔法具を埋め込まれて造り出された人工種族で、いわば機械と人間のハーフ。

戦争用に造り出されたために戦闘能力は高く、また寿命も秀でている。

しかし適合せず拒否反応で死亡した人間は多く、造り出されたのは極僅かだと聞く。

まさか文献にしか載られていなかった種族が、この奴隷商館に居たとは驚きを隠せない。

ちなみに、そのマッドサイエンティストの行方は知らない。

捕まって死罪になったとか、忽然と姿を消したとか色々噂はあるが、そこまで興味は無かった。




「ふぅん、私も見るのは初めてね······」


「もしかしてルーナ、感じた魔力って······」


「ええ、この中から感じたわ。それも、この私と同格の魔力がね······」




『月影の魔女』と同等の魔力を持っているなんて、機人族というのは規格外な存在なのか。

魔法使いの端くれとして、なんだか僕も興味が湧いてくる。




「その子を見せてくれる?」


「は······いえ、しかし一応魔法拘束具を取り付けた上でシャットダウンしていますが、危険が無いとは限らず······」


「大丈夫よ、安心しなさい」


「はい······かしこまりました」




彼女の威圧に怯んだ執事服の男は、おずおずといった感じで部屋の鍵を開ける。

そこには、糸が切れたように目を閉じてピクリとも動かない機械だらけの少女が座っていた。




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