第30話 貴族の剥奪~姉side~
「ど、どういうことよ······!?」
我がクローデット家に訪れた第三王女の侍女、フィアと名乗った女から告げられた言葉に私、エルミオラ・クローデットは憤慨していた。
あまりに理不尽で唐突な通達は、とてもじゃないが素直に受け入れることは出来ない。
「おや、聞こえませんでしたか?では、改めまして······クローデット家は、本日を以て貴族の地位を剥奪致します」
再度、通告される内容は聞き間違いなどではなかった。
我がクローデット家の貴族称号剥奪。
あり得ない、何かの間違いだと信じたかった。
「ふ、ふざけないで······!」
「ふざけてなどおりません。これは、第三王女シェリア様からの下命です。もちろん拒否はありません」
「シェリア様から······!?」
「はい、こちら剥奪通知書になります」
私の前にある机に置かれたのは、貴族剥奪の旨を告げる書類だった。
そこには、シェリア様直筆のサインが書かれている。
王女の侍女が持ってきた時点で、もはやこれは本物だと断ずるに値する。
「な、何故······!?わ、我がクローデット家が何をしたというのよ······!?」
いきなりこんな不条理極まりないことをされる覚えは無い。
憤激する私とは対照的に、侍女のフィアは無表情で冷静なまま返してくる。
「おや、身に覚えが無いと?」
「当然よ······!いくら王女様からの命令だとしても納得いかないわ!これは何かの間違いよ!誤解を解くから、今すぐに王女様に会わせるように手配しなさい!」
王女様は、何か勘違いしてこんな暴挙に出たに違いない。
であるならば、誤解を解けばその命令は撤回されると踏んだ私は、フィアにそう言い放つ。
しかし、彼女は無表情のまま首を縦に振ろうとはしなかった。
「何を黙っているの?まさか、私の命令に逆らう気?あなたがいくら王女の侍女とはいえ、立場的には私のほうが上なのよ!?」
「おや、これは異なことを。エルミオラ様、あなた様はもはや貴族ではないのですが······?」
「ッ―――だ、黙りなさい!」
彼女の言葉に激昂した私は、怒りに任せて魔法陣を起動させる。
先日は油断していたため背後を取られてしまったが、こんな女など私の魔法の前では塵芥も同然である。
なにせ、私はこの国随一の氷魔法の使い手、『零氷の女帝』なのだから。
「今すぐ自らの愚言を撤回し、謝罪しなさい。痛い目に遭いたくなければ、ね······!」
まだ魔法を発動していないにも関わらず、私の周りから冷気が迸る。
そんな状況下でも、彼女は依然無表情のままで私を見ていた。
そして、やれやれといったように溜め息を吐く。
「こんな人が貴族とは、世も末ですね。いえ、いつの世も貴族というのは傲慢で強欲。正しき心を持つ人のほうが少数なのですけどね······。まったく、嘆かわしいことです」
「何をごちゃごちゃと······!いいから、今すぐ謝罪して王女様に取り次ぎなさい!」
「そうですね、撤回致しましょう。その様はもはや貴族ではなく、ただの癇癪起こした子供だということに言い換えます」
「貴様······!」
貴族としてのプライドを傷付けられた私は、我慢の限界を迎えた。
相手が王女の侍女だろうと知ったことか。
この私に楯突いたことを後悔させてやらねば、私の気が済まない。
「凍てつく氷よ、我が眼前の敵を―――ッ!?」
しかし、詠唱を唱え切る前に目の前にいた彼女は姿を消した。
「遅いですね、欠伸が出ます」
「なっ······!?」
再び、私は彼女に背後を取られて首筋にナイフを突き付けられた。
何をした!?彼女が魔法を使ったのか!?
いや、そんな素振りや詠唱を使ったようには見えなかった。
しかし、そうとしか思えなかった。
この私の前から姿を消し、背後を取るなど魔法の類いに他ならない。
だが、どうやって······!?
「くっ······あなた、何者!?」
「私は、何処にでも居るただのメイドでございます」
「ふざけないで······!」
私を圧倒するメイドなど居るものか。
明らかに魔法を使った戦闘訓練を受けている。
「あなた様程度、私はいつでも簡単に屠れます。それでも手を下さないのは、シェリア様のご慈悲とアヴィス様の姉君であってこそ。貴族剥奪という処分で済んだ配慮に感謝しなさい」
「な、にを······」
フィアは私から離れるとナイフを仕舞い、スカートの裾を掴んで深々とお辞儀をする。
その様子は、まさに一流のメイド。
「それでは私はこの辺でお暇させていただきましょう。あぁ、そうそう。あなた様が知りたかった貴族剥奪の理由についてですが、この私がメイドの土産として教えて差し上げましょう」
そう言うと、彼女の目は鋭く私を捉えた。
その瞳は、まさに私の氷を上回るかのようなとても冷たく、何処か狂気を孕んでいるものだった。
「あなた様が、アヴィス様を蔑ろにして除籍し、あまつさえシェリア様の婚約を勝手に破棄した。主な理由はこれですね」
「ア、アヴィス······ですって······!?」
その名を聞いて、私は憤りを感じる。
以前シェリア様が訪ねてきた時から思っていたが、何故あいつのことをそこまで慕うのか理解が及ばない。
せっかく除籍したというのに、あの男は居なくなっても私の邪魔をするというのか。
とんだ恩知らずな疫病神だ。
「あの無能にどれだけの価値があるというのよ!?あいつが役立たずなのが悪いんじゃない!おかしいわよ······!」
「アヴィス様は無能ではありません。むしろ無能なのはあなた様のほう。家族なのにそれすら理解出来なかったとは、さすがに呆れ果てますね······」
「なん、ですって······!?」
「一つ、教えて差し上げましょう。彼は、『
わざとらしく言い残したフィアは、「それでは失礼致しました」とお辞儀をして退室してしまった。
それを見送ることしか出来なかった私は、彼女の言葉を反芻する。
「『
以前、逝去されたお父様から話を聞いたことがある。
『七属性所有者』は稀な存在ではあるが、この世にはさらに稀少の『八属性所有者』が存在するということを。
『八属性所有者』は居るだけで国に多大な恩恵を授け、戦争の抑止力にも成り得る。
無論それだけではなく、その『八属性所有者』を傍に置かせれば王族よりも立場が上になるということも聞かされていた。
「まさか······あの無能が······?」
そんなことは馬鹿馬鹿しくてあり得ない。
しかし、フィアの発言からそうとしか聞き取れないのもまた捨て置けない。
それに、以前シェリア様が言っていたことを思い出す。
そういえば、『他人の本質を見抜く』という『神眼』でアヴィスは国を大きく変えるほどの存在だということを言っていたような気がする。
あの時は、アヴィスがそんな大した奴ではないと自分に言い聞かせていたが······。
「まさか······本当に······?」
あの無能なアヴィスに、そんな価値があったなんて思いも寄らなかった。
これは、一刻も早く調べなくてはならない。
そして、アヴィスを連れ戻して再び貴族の地位に······いや、王族に取り入ってパイプを繋げることも可能だ。
そうなれば、王族の地位に就くことも夢ではない。
なるほど、奴はただの無能ではなかった。
私に夢と希望を与えてくれる、金の卵を持つ家畜だったのだ。
「ふ、ふふ······そうと決まれば、まずは奴を捕らえなくてはね······その後で七属性の他にどんな魔法があるのか拷問してでも聞き出さないと······ふふふっ」
私は、ニヤリと口を歪める。
貴族剥奪というショックから一転、私は歪な考えでアヴィスを連れ戻す算段を考えていた。
しかし、私はまだ気が付いていなかった。
これは、堕落への第一歩に過ぎなかったということを。
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