第28話  『月影の魔女』の親友




街に帰ってきた僕たちは吸血鬼の王リザリスを倒し、その素材である羽の一部を持って依頼を受けた冒険者ギルドへ訪れていた。




「あの、すみません」


「はい、何かご入り用でしょうか?」


「こちらの依頼を達成したんですけど······」




受付嬢に依頼書を見せると、何故か大変驚いたような顔をされた。




「こ、これって······『光天の使者』でも原因を掴めなかったSランクの依頼!?それをあなた方二人が!?」


「はぁ、一応そうなんですが······」




受付嬢の酷く狼狽えた声に、その場に居た他の冒険者たちも驚いたようにざわつき始めた。

「あの『光天の使者』でも達成出来なかった依頼だと!?」や「あんなひょろそうな奴が!?」といった声もちらほら聞こえる。

ひょろそうな奴で悪かったな。




「し、少々お待ちください!」




受付嬢は足早に去っていき、しばらくすると彼女は慌てた様子で戻って来た。




「お、お待たせ致しました。ギルドマスターが直接お話を伺いたいとのことで、恐縮ですが奥へ来ていただけますでしょうか?」




この街のギルドマスターが話を聞きたいということは、それほど重要な依頼だったのか。

『光天の使者』というのが何者かは知らないが、彼女たちの反応を見る限り相当な実力者のようだ。

その人物が達成出来なかった依頼を僕たちが達成したものだから、酷く慌てているのだろうと推測出来る。





「ルーナ、どうする?」


「報告も兼ねるなら、丁度良いんじゃないかしら?」




ルーナの言うことも尤もだ。

僕たちは疚しいことは何一つしていないので、断る理由など何もない。




「分かりました、伺います」


「では、こちらへどうぞ」




僕たちは受付嬢に連れられるまま、奥へ歩を進める。

少し歩くと、立派な扉が目に映る。

この先に、ギルドマスターが居るらしい。




「ギルドマスター、例の依頼を達成した冒険者を連れてきました」


「入りなさい」




受付嬢がノックをして言うと、返ってきた声はとても凛とした女性のものだった。

『アルドーバ』のアンウッドさんみたいな、気さくに話せる人だといいなぁと思っていたので、違う意味で驚かされる。

ともあれ、許可を頂いた僕らは入室する。

そこで僕らを待っていたのは、浅黒い肌に切れ長の瞳、バイオレットの長髪、何より目を引くのは長い耳の綺麗な女性だった。




「······ダークエルフ?」




その美しさに見とれてしまい、ついボソッと声を漏らす。




「あら、ダークエルフを見るのは初めて?」


「す、すみません······物珍しさで見てしまって······」


「ふふっ、構わないわ。物珍しいのは事実だし、それを正直に話す子は好きよ」




クスクスと妖艶に笑う彼女に、僕は慌てて謝罪をする。

ダークエルフ族は、亜人族の中でも賢人とされるエルフ族の亜種であり、排他的であるエルフ族とは違って協調的だと知らされている。

ただしその数は圧倒的に少なく、また彼女たちも森の中に住む傾向にあるため、なかなかお目にかかれるものではない。

そんな種族がギルドマスターを就任しているとは、並々ならぬ努力と相応の強さがあるからだろう。

ここは、礼節を以て対応しなければ。




「まずは自己紹介といきましょうか。私は、『アルフィミア・レイダス』。これでもギルドマスターの長を100年続けているわ」




ダークエルフに限らず、人間族以外の亜人族は基本的に長寿と聞いたことがある。

そのため特に驚きはしなかったが、逆に彼女は僕たちを見て驚いていた。

いや、正確にはルーナのほうを見て驚いている。




「まさか······ルーナ?」


「こんなところで再会するとは思っていなかったわ。久しぶりね、アルフィミア」


「人間のあなたが何故生きているの?」


「あら、私が生きていては不都合かしら?」




どうやら、ルーナとアルフィミアさんは互いのことを良く知る間柄だったらしい。

気になった僕は、ルーナに声をかけてみた。




「ねぇ、ルーナ?アルフィミアさんとは知り合いなの?」


「······昔の親友で、幼馴染みよ」


「あら、『研究がしたいから』と一人で勝手に『死鬼の森』に入ってから連絡を絶った人と親友だった覚えはないのだけれど?」


「······ふん」



皮肉が混じったアルフィミアさんの言葉に、ルーナは返す言葉も無いのかそっぽを向いた。

なにやら二人の間に確執があると思うが、今は先にするべきことをしよう。




「僕は、アヴィス・クローデットと言います。早速ですが、報告しても良いでしょうか?」


「そうね、そうしてもらえるかしら?」




さすがギルドマスターという立場なだけあって、プライベートと仕事はきちんと区別する人みたいだ。

こういう人は、話が通りやすいと相場が決まっている。

僕は、古城で起きたことを詳細に説明をした。




「······なるほど、古城の主は吸血鬼の王だったというわけね?それで、襲われた冒険者たちは血を吸われる際に記憶を操作されていたと······」


「はい、その通りです。その証拠として討伐した彼女の一部を持参しました」


「確認させてもらえるかしら?」




僕は頷くと、彼女に吸血鬼の王リザリスの羽の一部を手渡した。

それを受け取ったアルフィミアさんは、魔法陣を起動させる。




「我が瞳に万物の理を示せ―――『鑑定アプレイザー』」




ルーナと同じ『鑑定』の魔法を使ったのを見て驚く僕に、ルーナがこっそりと耳打ちをする。




「私の『鑑定』は、元々彼女の魔法なのよ。それを私が勝手に修得しただけなの」


「な、なるほど······」




希少とされる魔法だが、ダークエルフを始めとしたエルフ族は魔法と弓の賢人。

どんな魔法を扱っても不思議ではないが、この場に『鑑定』の魔法を扱う人物が二人居るのはちょっとしたニュースだ。




「どうやら本物のようね。しかし、これは······」


「何か······?」


「······いえ、報告ありがとう。早速、報酬を用意させてもらうわね」




アルフィミアさんは受付嬢に目を向け、準備をするように促す。

僕はそれよりも、アルフィミアさんの様子に少し違和感を感じた。

何か不備があったのだろうかと心配するものの、それ以上は深く詮索しないことにした。

藪を突いて蛇を出すような真似はしないのが、僕のポリシーだからだ。




「ご苦労様でした。これが報酬よ。それと、あなたたちのギルドランクを上げさせていただきますので、ギルドカードを提出してください」




僕は既にAランクなのだが、これ以上となればSランクだ。

異例のスピードでの昇進に思わず歓喜してしまうのを必死に堪え、ルーナと共にギルドカードを提出する。




「ギルドカードの更新に少し時間を頂くわね。その間、ちょっとルーナをお借りしてもいいかしら?」


「げっ······」




アルフィミアさんの提案に、ルーナが珍しく嫌そうな顔をした。

どうやらルーナは彼女に対して深く苦手意識を持っているようだが、元々は親友なのだ。

これを機に、二人には仲直りしてもらいたい。




「構いませんよ」


「ちょっと、あなた!?」


「ありがとうございます。それじゃあ、彼女をお借りしますね?」




驚くルーナを尻目に、僕は退室する。

こういう機会は二度と無いかもしれないのだ。

仲直り出来るならしてもらいたいし、お互いの本音や気持ちをぶつけ合ってもらいたい。

そういう意味では、この再会は有意義な偶然だった。




「······幼馴染み、か」




退室した僕は、窓から空を見上げる。

僕にも、かつて幼馴染みたちが居た。

今はなんとも思ってはいないが、果たして彼女たちは元気にしているのだろうか?

いや、それは余計な心配か。

きっと彼女たちも、僕のことなんてどうでもいいと思っているに違いないのだから。





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