第26話  『月影の魔女』VS『吸血鬼の王』




「―――『闇影杭弾ダークストライク』!」




ルーナは巨大な魔法陣から無数の闇の杭を発射。

いきなり本気かと思ったが、その闇の杭は普段よりもだいぶ小さかった。

ここが室内ということも含めて、かなり手加減しているものだと思う。

まあ、仮に本気を出したところでこの建物が崩壊する前に彼女の転移魔法で逃げれば良いのだが、彼女を討ち果たしたという証拠がなければギルドへは報告出来ない。

そのため、死体が残るように手加減しているのだろう。

それを分かっているのかいないのか、吸血鬼の王リザリスは不敵な笑みを浮かべていた。




「ほう、闇の魔法か。しかも今まで見たことがないものじゃのう」




彼女は背中から羽を生やすと、優雅に飛んでそれを全て回避する。

無数に撃ち続けても埒が明かないと思ったルーナは撃つのを止め、僕に向けて言った。




「アヴィス!私が隙を作るから、あなたは『強化アップ』の準備をして隙を見て攻撃して!」


「うん、分かった!」




僕の魔法じゃ、彼女の助けにはならない。

むしろ却って邪魔になってしまう。

ならば僕に出来ることは、『強化』で隙を伺い攻撃に専念することだ。




「なんだ、そっちの男は来ないのか?」


「ふん、あなた如きなんて私一人でも充分ってことよ。―――『無闇魔槍イクリプスランス』!」




ルーナの周りに幾つもの黒い槍が出現し、複数発射される。

その破壊力は凄まじく、命中した壁は粉々に崩れた。




「おい!妾の住み処に傷を付けるな!」


「部屋の心配より、自分の心配をしたらどうかしら?―――『闇呪鎖ダークジェイル』!」




軽口を叩きながら、ルーナは続いて再び闇の鎖を作って飛ばす。

しかしこれも、リザリスは飛んで回避をする。

あれだけの攻撃を無傷で済ますあたり、機動性はなかなか高いようだ。




「ふははっ!面白いな、お主!これほどの実力者、この世にはなかなか居まいて!」


「あら、お褒めの言葉ありがとう。でも、それが遺言で良いのかしら?」


「そうじゃなぁ······このまま回避していても、勝負は付かんじゃろうな」


「なら、降参して素直に討ち取られなさい」


「ふっ、果たしてお主に討ち取ることが出来るかのう?」




互いに挑発を交わし、一触即発の空気を醸し出す。

それだけでも分かる、この吸血鬼は王と名乗るだけあって実力は大したものだと。




「しかし、ただ逃げ回っているのだと言われるのは我慢ならぬな。致し方ない、少しだけ本気を出すことにしよう」




リザリスはそう言うと、懐から小型ナイフを取り出した。

あれで攻撃するのだろうか?

そう思ったが、なんと小型ナイフで自分自身の手首を切りつけた。




「なっ······!?」


「······狂ったのかしら?」




予想外の行動に唖然とする僕とは対照的に、ルーナは訝しげな顔をして睨む。

しかし自身を傷付けたリザリスは、不敵な笑みを浮かべたままだった。




「ふははっ、狂ってなどおらんわ。さて、妾のほうは準備万端じゃ。覚悟は良いな?」




自身から流れた血を舌で舐めながら言うリザリスは、ルーナに向かって手を伸ばした。




「射殺せ、我が血を以て―――『血矢ブラッディアロー』」




瞬間、流れていた血から幾本もの赤い矢が形成して発射された。

その矢はルーナ目掛けて襲いかかるが、当の彼女は至って冷静なままだ。





「―――『聖光護盾セレナフィール』」




ルーナの周りに光の壁が作り出され、血の矢を防ぐ。




「ほう、闇と光の相反する属性を持つか。しかも、我が矢を通さぬほど強固な壁とは恐れ入るのう」


「あなたこそ規格外の魔法を使うじゃない。さすがは吸血鬼の王といったところかしら?」




皮肉にも似た賛辞を並べる二人。

だが、互いに余裕の表情は崩さないままだ。




「では、もう少し本気を出すことにしようか。舞え、我が血の刃よ―――『血刃ブラッディエッジ』!」




僕が扱う『風刃』にも似た血の刃がルーナに襲いかかる。

しかし『聖光護盾』はドラゴンブレスにも無傷で耐えたほど頑丈なため、刃が通らないのは自明の理。

にも関わらず、彼女は刃を撃ち続けていた。




「バカの一つ覚えかしら?こんなもの、何発撃ったところで私には通用しないわ」


「······はて、それはどうかのう?」




無敵にも等しい彼女の結界があるにも関わらず、リザリスの余裕は未だに崩れなかった。

その余裕が気になった僕は、注意深く観察をする。

そして気が付いた。

ルーナの『聖光護盾』が、端から少しずつではあるが赤く侵食されていることに。




「っ······ルーナ、結界を解いて下がって!」


「ッ―――!?」




僕の声を聞いたルーナは、すかさず結界を解き後方へ下がる。




「アヴィス、どうしたの?」


「······ルーナの結界が端から赤く染まっていたんだ。これは僕の予想に過ぎないけど、おそらく彼女の血はただの血じゃない」




そうルーナに返すと、リザリスは「ほう······」と感心したように相槌を打った。




「なるほどなるほど。お主、大した観察眼をしておるのう。その通りじゃ、妾の血はただの血ではない。『王血おうけつ』と言っての。妾の血に触れしものは、悉くその存在を朽ち果てさせる」


「『王血』ですって······?」


「ルーナ、知ってるの?」


「······古い文献で読んだだけだけどね。吸血鬼の中でもさらに稀少な『上位吸血鬼ハイヴァンパイア』。彼らに流れる血は、それぞれ特別な力が宿るとされているわ」


「それが『王血』······?」


「ええ。対象を朽ち果てさせる血······厄介ね。こちらがいくら攻撃しても、彼女は血で相殺出来るということよ」




伝説の魔法使いにそこまで言わせるということは、それほど厄介な代物ということだ。

その血に触れたものを朽ち果てさせる。

確かに厄介なものだが、ここで僕は一つ疑問を感じた。

それは、まさしくその『王血』のことだ。

その血は彼女の腕から流れ続け、床にも滴り落ちているが、その存在は朽ち果ててはいない。

彼女の言うことに嘘はないと思った僕は、ここである可能性に気が付いた。

ひょっとしたら、その血は彼女自身で対象を朽ち果てさせることが任意で選択出来るのではないか、と。

つまり『王血』は無差別に対象を朽ち果てさせるのではなく、彼女自身がそれを選択するかを決めることが出来るのではないか?

ならば、付け入る隙は充分にある。




「······ルーナ、ちょっと作戦があるんだけど、いいかな?」




僕はルーナに、こっそりと耳打ちをする。

僕の作戦通りにいけば、きっと彼女は倒せる。




「―――って感じなんだけど、どうかな?」


「······なるほど、試してみる価値はあるわね」


「ただ、囮としてルーナを使っちゃうんだけど······」


「構わないわ。その分、後でたっぷりと甘えるから覚悟しておいてね?」




ウインクしながらそう言うと、ルーナは再びリザリスに向き直った。




「ほう、我が血の威力を見ても怖じ気付かぬとは······大した女よのう」


「ふん、当然よ。こんなので降参なんてしたら、『月影の魔女』の名に傷が付くわ」


「ほう、お主が伝説の魔法使いだと?ふははっ、なるほどなるほど。確かに詠唱破棄や魔法の威力などを鑑みれば、自然と納得はいくわ。嬉しいのう、こんなに心踊る相手は初めてじゃ!」




まるで子供のようにはしゃぐリザリス。

その様子を見れば、彼女は今まで対等と思える相手に巡り会わなかったのだろうと容易に想像出来る。

それが何よりも嬉しいのだろう。




「さあさあ、まだまだ踊ろうぞ!妾を満足させてみよ、『月影の魔女』!」


「後悔しないことね、吸血鬼の王!」




こうして、両者が再び相対した。

その間、僕は着々と準備をする。

全ては、この吸血鬼を屠るために。




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