第25話  吸血鬼の王リザリス




城内を警戒心を保ったまま探索していると、僕の目の前には扉が視界に映った。

他に通路は無いため、この扉の先に謎の魔物が居ると推測される。

だが、一人で行くと何があるか分からないため、まずルーナに確認を取る必要がある。




「ルーナ、聞こえる?僕のほうは扉を発見した。おそらく、この先に魔物が居ると思う」


『なるほど、了解したわ。こっちはどうやら行き止まりのようだし、すぐにそっちに向かうわね』




そこで通信は途絶えた。

ルーナなら、すぐに合流してくるに違いない。

彼女が来るまで待とうとしていたが、不意に扉が音を立てて開いた。




「えっ······?」




思わず視界をその先に移す。

扉の向こうは広間となっており、その中央奥の椅子に一人の女性が座っていた。




「ようこそ、我が城へ。歓迎するぞ、客人」




血のように赤く長い髪、射抜くような鋭い瞳、漆黒のドレスに身を包んでいる見た目は、完全に人間のようだ。

魔物なんて、何処にも居やしない。

しかし、僕は本能的に分かった。

彼女から溢れ出る威圧感。これは、並の魔物以上だ。




「迷子、というわけではあるまい?何しに、我が城へ来た?」




その声からは、何も感じない。

恐怖も、威圧も、迫力も······何一つの感情を汲み取ることが出来ない。

しかし、何故だか僕は焦りを感じていた。

そして本能的に悟る。

彼女は······人間の皮を被った化け物だと。

おそらく、彼女が謎の魔物だ。




「ッ······許可無く立ち入ったことは謝るよ。でも、こちらも依頼として来たんだ······単刀直入に言うよ、君が冒険者たちを襲った魔物か?」




本能的恐怖に抗うように、僕は彼女に問う。

なんとか時間を稼いで、ルーナが来るのを待ってから二人で対峙したほうが良いと判断したためだ。




「ふん、冒険者か······確かにそのような連中が城に入ってきたことはあったが······妾の城を無断で入ってきた上に襲いかかってきたのでな。返り討ちにしただけじゃ、他意は無いわ」




確かに、彼女の言うことにも一理はある。

自分の住み処に無断で侵入されては、いくら温厚な人だって怒るに決まっている。




「なんじゃ、お主も冒険者か。依頼でも受けたのかは存じぬが、見逃してやるからとっとと引き返すが良い」




こちらのことは、どうやら筒抜けのようだ。

しかし、だからといって引き返す訳にはいかない。

依頼内容は、『調査と討伐』だ。

詳しいことは何も分かっていないのに、のこのこと引き返したんじゃ信用に関わる。




「残念だけど、引き返す訳にはいかない。こっちも仕事で来ているんだ」


「ふん、他の冒険者と同じことを。それで?妾を討伐でもするか?」




チラッと後ろを見るが、まだルーナは来ていないようだ。

なら、もっと時間稼ぎをする必要がある。




「いや、少し話をしよう」


「話······じゃと?」


「僕が受けたのは調査だからね。君が何者なのか聞かせてくれないかな?」




何者かさえ分かれば、選択肢は広がる。

それに魔物かどうかは分からないが、僕は女性をあまり傷付けたくはない。

フェミニストではないのだが、敵意が無い彼女を討ち取りたくはないのだ。

そんな僕の心情を察したかどうかは分からないが、彼女は僕の発言にポカンとした。




「······ふ、ふはは······ふはははははははははは!正気か、お主?妾と話がしたいじゃと?そんなことを言ってきた輩は、お主が初めてじゃ!」




何が面白かったのかは分からないが、彼女は大声を上げながら笑っていた。

訳がわからないが、僕の発言で彼女の警戒度が下がったのなら結果オーライだ。




「ふぅ、こんなに笑ったのは久方振りじゃのう。良いじゃろう、妾が何者なのかお主に特別に教えてやろう」




そう言うと、彼女は椅子から立ち上がって叫んだ。




「妾の名は、『リザリス』!悠久の時を生きた吸血鬼の王じゃ!」




ふっと笑う彼女から、再び威圧感が迸る。

『吸血鬼』。

亜人族の一種で、その名の通り他者の血を糧に生きる種族。

以前、幼馴染みのユリナから吸血鬼はとうの昔に滅びた伝説の種族と聞かされていたが、まさか生き残りが居たなんて思わなかった。




「吸血鬼の王······リザリス」


「そうじゃ。分かったのなら平伏せ。妾に忠誠を誓うのであれば、大事な食料として傍に置いてやっても良いぞ?」




やはり、彼女の原動力は血のようだ。

吸血鬼は、血が無ければ生きていけない。

逆に血があれば、何百何千年と生きることが出来る。

彼女は言った、悠久の時を生きたと。

つまり、彼女は数え切れないほどの犠牲者を出してきたということだ。

だが、ここで疑問が残る。




「······何故、冒険者たちを生かして帰したんだ?」


「簡単じゃ。再びここへ来ることを見越してのことよ。数が増えれば増えるほど、妾のご馳走も比例して増えるからの。それに、戯れに遊ぶのも良い暇潰しになる。だから、血を吸う際に記憶を操らせてもらったのじゃ」




なるほど、これで冒険者たちが記憶を無くしているのにも納得がいった。

記憶を無くした彼らは、リベンジのため再び向かったり数を増やすなど対抗するだろう。

それは、彼女にとってはご馳走がご馳走を連れてくるという解釈に他ならない。




「人間の血というのは美味での。妾は、人間の血が無いと生きていけぬのじゃ。だからといってあまり吸って殺してしまえば、世界中の人間を絶滅に追い込む可能性がある。だから妾は、記憶を操作して生かしておるのじゃ」




自慢げに語る吸血鬼の王は、尊大な性格にも関わらず意外に先のことを見据えているようだ。

しかしそれはあくまでも自分の食料枯渇を回避するためであり、人間を思いやった行動ではない。

同情はするけれど、容赦は出来ない。





「さて、ひとしきり話したところで再度訊ねよう。お主、妾の食料になる気はないか?」




だから、僕の答えは決まっていた。




「断る!僕は、君を討つ!」




と同時に、僕の背後から闇の弾幕が彼女目掛けて襲いかかった。




「アヴィス!大丈夫!?」




時間稼ぎは成功したようで、背後からルーナが駆けてくる。

闇の弾幕は彼女にヒットしたが、煙が晴れると彼女は無傷だった。




「ふむ、仲間がおったのか。これはしてやられたわ。しかし、妾にとってはご馳走が増えたのも同然じゃな」




ルーナはそんな彼女に臆することなく、再び魔法陣を起動させる。




「―――『闇呪鎖ダークジェイル』!」


「おっと······!」




幾本もの闇の鎖が彼女を捕らえようと襲いかかるが、リザリスは大して驚きもせずにふわりとそれを回避した。

さすがは吸血鬼。動体視力や反応速度が人間以上だ。




「ふん、詠唱破棄か。お主、なかなかやるようじゃな······」


「アヴィスに手を出させないわよ」


「ハハハッ、面白い!では守ってみせよ!だが、お主たちが敗けたら先の冒険者たちと同様、血を戴いた後に記憶を操作させてもらうがのう!」


「やれるものなら、やってみなさい。行くわよ、アヴィス」


「ああ、分かった······!」




こうして僕とルーナは、吸血鬼の王リザリスと戦闘を開始した。




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