第22話 歪んだ聖女~聖女side~
「あぁ、行ってしまわれた······」
少しだけ散歩するだけのはずが、柄の悪い連中に囲まれてしまった。
しかし、そこを謎の少年が颯爽と現れて連中をあっという間に倒してしまい、名前も告げずにさっさと行ってしまった。
「名前、聞きそびれました。ろくなお礼もしていないのに······」
しかし、彼は冒険者ギルドを探していた。
なら、放浪の冒険者か新人の冒険者だろうか。
なんにせよ、ギルド繋がりなら再び会える可能性は高い。
その時に、改めて礼を尽くせばいい。
しかし、それ以前に先程から胸の鼓動の高まりが止まらなかった。
「こんな気持ち、初めてですね······」
小さい頃から教会より教育を受けていたため、ろくに外に出たこともなければ年の近い異性と話したこともあまりない。
そんな中、私を救ってくれたあの人はまさにヒーローだった。
特別な感情を持つのは当然だろう。
「キサラ様!ここにおりましたか!」
胸に手を当て物思いに耽る私の前に、双剣を腰に差した執事服の女性が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「リーザ······すみません、ご心配おかけしましたね」
「本当ですよ!一言私に言ってくれさえすれば、私も同行しましたものを······教会から勝手に居なくなるなど!教会上層部もカンカンですよ!?」
リーザ。私の従者だ。
男性用の執事服を着ているが、顔立ちは美少女と呼べる程に整っている。
そのギャップから、私より人気が高い女性だ。
「すみません。教会には、ちゃんと私から謝罪致します。ですが、収穫はありました」
「収穫?」
「ええ、それも伝説級の逸材をね」
「はい?」
リーザはさっきの場面を見ていなかったから、私の言っていることは理解出来ないだろう。
だが、私が言えばすぐに信じてくれるはず。
だって、長い付き合いなのだから。
「リーザ······もし、無詠唱に七······いえ、八属性の魔法を扱う者が居たらどうしますか?」
「は、はい······!?それは、まさに伝説級というか······正直信じられませんが······いえ、しかしあなたの言うことならば真実なのですね?」
「ふふっ······ええ、その方に助けられてしまいました」
「それは······なんというか、小説の話みたいですね」
「そうですね、さしずめ恋愛小説でしょうか?」
「は、はい······?」
リーザは困った顔をしているが、それを気にも留めずに私は思案に頭を支配された。
八属性の魔法は、火、水、風、土、雷、光、闇、そしてそれらに分類されないものが無で構成されている。
そしてそれらを同時に扱う者は、歴史上たった一人しか存在しない。
だが、私の目の前に伝説は居た。
しかも、全ての魔法を無詠唱してまで。
無詠唱をする『八属性所有者』。
こんな逸材を世界は無視しないだろう。
彼の存在価値は、私なんかよりも遥かに高いのだから。
国々が知れば、戦争の火種にもなる可能性がある。
それを阻止するには、一つしかない。
「リーザ······分かっていますね?」
「それは······ですが、本当によろしいのですか?」
「ええ。彼は私たち教会が保護し、管理致します」
「管理って······彼は、恩人でしょう?」
「だからですよ、リーザ。私は、あの方をどうしても手に入れたいのです。そしてその正体を誰にも知られぬよう、ずっと私の元に居てもらいます」
「はぁ······」
リーザが私の言葉を聞き、またかというような表情を浮かべた。
私は、昔から欲しいものは全て手にしてきた。
お金や地位、嗜好品。全てを手に入れた。
そして、狙ったものは決して逃がさない。
ましてや、初めて好意を寄せた異性ならなおさらだ。
「相当惚れ込みましたね、キサラ様」
「ええ、惚れました。ですが、すぐには動きません。彼の素性やプロフィールを調べた上で、じわじわと外堀から埋めていきます。リーザ、協力してくれますね?」
「今更ですね。幼少の頃から、あなたはそうでしたでしょう?」
「ふふっ、そうですね」
リーザと二人なら、いくら伝説級とはいえ容易く彼を手に入れられるでしょう。
なにせ、私にはそれだけの力があるのだから。
「あぁ、その前に······リーザ、そこの連中を拘束してください」
私が指差した方向には、彼が倒した柄の悪い連中が無様に倒れている。
リーザはすぐに理解したようで、即座に持ってきたロープで彼らを拘束した。
その間に、彼らは目を覚ましたようだ。
「てめぇ、何しやがる!あの男はどこだ!?よくもやりやがって······ぶち殺してやる!お前も!あの男も!」
どうやら相当気が立っているようだ。
しかし、今の私は怖くも何ともなかった。
何故なら彼らは言ってはいけない言葉を発し、この私を起こらせたのだから。
「······やはり、彼に比べたらなんて醜い連中なのでしょう。こんな連中、今すぐにでも八つ裂きにしてしまいたいくらいです」
「ひっ······お、お前······さっきとは同じ奴なのか!?ふ、雰囲気が······」
私の殺気を感じた彼らは、先程の威圧的な態度は消え去っていてビクビクと怯え切っていた。
リーザは慣れているのか、平然としている口調で呟いた。
「キサラ様、あなたが手をかける相手ではありませんよ。そのお立場をお忘れずに」
「······分かっています」
「キ、キサラ······!?ま、まさか······!な、なんであんたがこんなところにいるんだよ!?」
さすがチンピラでも、この国にいる限り私の名は知っているようだ。
だが、それがどうした。
こんなクズに認知されても、まったく嬉しくもない。むしろ不快だ。
だが、それでも彼らは愛すべきこの国の住人。
手荒な真似はしない。そう、私はね。
「リーザ、彼らを教会に連行しなさい」
「はい、処断は私にお任せください」
「ひぃっ!や、止めてくれ······!頼む······!」
あぁ、耳障りな懇願だ。
あの人を手に掛けるような発言をしたのだ、許されることではない。
ましてや、彼は私のもの。大事なものを傷付けられて、黙っている人はいない。
しかし、私自ら手をかける訳にはいかない。
だって、私はそんな立場にいるのだから。
「行きますよ、リーザ」
「はい、『聖女キサラ』様」
待っていてくださいね、私の大事な人。
きっと、すぐに会えますから。ふふふっ。
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