第20話  教会からの刺客




フェリちゃんの母親から病巣を『吸収』した後、ルーナの『月光祝福ルナヒール』によって彼女は完全に体調を取り戻した。

そのおかげか、彼女とフェリちゃんから多大な感謝をされてしまい、その日はとても豪華な食事と一番良い部屋を取ってもらった。

大したことはしていないのに、なんだか物凄く悪い気がした。

だけど、断るのも失礼に値するので受け入れてしまったわけだが······まあ、一日だけなので良しとしよう。




「―――と思ってたけど······これは一体どういうこと?」




朝起きると、宿屋の中は昨日とは様子が様変わりしていた。

静かだった店内は人で溢れ返っていて、繁盛とはまた別のように感じた。




「何かあったのかしら?」




僕と一緒の部屋に寝泊まりしたルーナが、僕の隣で不思議そうに呟く。

何があったのか、僕も分からない。

呆然と立ち尽くす僕らを発見したフェリちゃんが、慌てた様子で駆け付けると申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。




「ごめんなさい、お兄さん!お姉さん!」


「フェリちゃん、これは一体······?」


「え、えっとね······」




フェリちゃんが説明したことを要点に纏めると、こういうことだ。

昨日、僕とルーナがフェリちゃんの母親を治したことが何処からか漏れたらしく、その噂を聞き付けた重病人たちがこぞって集まってきたのだという。




「なるほど、それでこの騒ぎか······」


「どうしましょうか、アヴィス?」




本当なら知らんぷりでもしておきたいところだが、あの人たちの顔を見てしまうと逃げ出す考えが失せてしまう。




「······はぁ、やるしかないか」


「ふふっ、あなたってお人好しよね」




僕は別に聖人君子ではない。

だからといって、この人たちを見過ごすほど僕は鬼畜でも人でなしでもない。

僕にも、一応義理と人情は持ち合わせている。




「ルーナ、手助けしてくれる?」


「ええ、もちろん。あなたのしたいことは、私のしたいことだもの」




ルーナはそこのところの気持ちを持っているというより、僕のやりたいことだけに力を貸してくれるみたいだ。

まあ、この際それでもいい。

ルーナの手助けがあれば、よりスムーズに事は終わる。

僕は意を決すると、重病人たちの前に姿を現した。




「おぉっ、もしかしてあんたかい!?フェノさんの病気を治したってのは······!」


「しかも無料で治したんですって?お願い、私の娘も治してほしいの!」


「待て、先に俺の息子にしてくれ!もう数日も持たないんだ!」


「わ、ワシもお願いしたいのう······」




僕たちの姿を見付けた重病人たちは、我先にと集まってくる。

視認する限り、40人近くは居るだろうか。

彼らが着ている服装は、ボロボロで身体も少し痩せこけている。

なるほど、おそらく彼らは『貧困街スラム』の住人のようだ。

『貧困街』は何処の街にも存在しており、そこに住む人々は難民やホームレス、重病人たちが集まる国の癌とさえ言われている場所。

そんな彼らに、教会にお布施をする金すら無いのは当然だ。

しかし、なおさら彼らを見捨てたくはない。

僕の敬愛するあの人なら、きっと僕と同じ行動をしてくれるに違いないから。




「わ、分かりました!順番に治していきますから、どうか慌てずに列を作ってください!」





とりあえず先程フェノさんと呼ばれたフェリちゃんの母親に許可を頂き、僕らは列を作った重病人たちを『鑑定』、『吸収』、『消失』、『月光祝福』と魔法を使うことで次々に治していった。

『吸収』はやはりどんなものさえも全て吸い取るみたいで、あらゆる病気を一瞬にして消し去ることが出来た。




「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!これで私の娘も救われました!本当にありがとうございます!」


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう!」




最後の親子を治療し終え、彼女たちは涙を流してペコペコと頭を下げてお礼を言って去って行く。




「はぁ~······疲れたぁ!」


「ふふっ、お疲れ様ね」




40人全ての重病人を治した頃には、さすがに僕の魔力も限界なのに対し、ルーナはピンピンとしていた。

さすがは伝説の魔法使い。桁が違う。

休んだはずなのに、また休まざるを得ない。

今日もまた泊まるかなぁと考えていると、不意に宿屋の玄関が開いた。




「あら、いらっしゃい······ませ······」




また重病人が噂を聞き付けて来たのかなと思ったのだが、フェノさんの様子がおかしい。

口を大きく開け、呆然と玄関のほうを見ている。

誰が来たのかなとルーナと二人で玄関のほうを見ると、甲冑を着た兵士たちが次々に入ってきた。

その中央から、一人の甲冑を着た美人が前に出てくる。




「失礼。我々は、セクリオンから来た『教会警備隊』だ。私は、隊長の『ラクリール・クライシス』。こちらに、『貧困街』の重病人たちの病気を癒した者たちが居ると聞いてな。確認のために参ったのだが······君たちがそうか?」





ラクリールと名乗った美人隊長が、僕らに視線を向ける。

なんだか微妙にまずい雰囲気かもしれない。




「ねぇ、アヴィス。どうなってるの?」




ルーナが訳が分からないといった感じで、僕に耳打ちをしてくる。

僕は、人を助けるあまり失念していた。

魔導国家『セクリオン』は『魔法至上主義』と謳われるだけあって、魔法を使える人が偉いとされている。

しかし『治癒』に関しては、国は無償で人を助けることは認めてはいないと聞く。

何故なら、教会でお布施を頂いてから『聖女』や『治癒師』が動くのが一般的だからだ。

つまり、無償で助けた僕らは彼女たちの仕事を奪ったことになるのだ。

そのことを良く思わない教会連中が僕らの噂を聞き、確認した上で教会に連行していこうとしているのだろう。

その上で、詰問やら拘束やらされるかもしれない。

なんたって、僕たちは詠唱破棄が出来る。

それだけで拘束される価値はあるだろう。

それを小声で彼女に伝えると、ルーナは不満そうに舌打ちをした。




「チッ······これだから私利私欲な人間は嫌いなのよ······」


「ま、まあまあ······彼らの仕事を奪ったのは、紛れもない僕らなんだから」




こそこそと話していると、ラクリールと名乗った隊長は僕らの行動に疑惑を持ったのか、訝しげな顔で睨んできた。




「何をこそこそと話している。すまないが、君たちに連行命令が敷かれている。よって、我々と共に来てもらおうか」




やはり、教会からの命令だろうか。

しかし、本当に面倒な事態になった。

教会に連行されると、取り調べや色々と調査が入るのは間違いない。

そのせいで時間を取られるのは嫌だし、上から目線で連行されるのもなんだか癪だ。

そんな僕と同じ気持ちを抱いたのか、ルーナは不機嫌そうな顔で僕に再び耳打ちをする。




「······ねぇ、アヴィス。面倒そうだし、ここは逃げましょう?」


「に、逃げるって······どうやって?」


「私に任せなさい」




なにやらルーナに案があるようだ。

どのみちこの場で逃げても、僕らはそこまで重い罪を背負った訳ではないので指名手配などはされないはず。

連行されても、あくまでも事情聴取だ。

ただし、任意では無いが。

そんな面倒なことは出来るだけ避けたい僕は、素直にルーナの言葉に頷いて返す。




「何をまたこそこそと話している。さあ、一緒に来たまえ」




ラクリール隊長が合図をすると、僕らの周りを彼女の部下たちが囲んでくる。

本当に上から目線の奴らだ。

僕は、何処まで行ってもこういう奴らと出逢う運命にあるらしい。

そんな運命、こっちから願い下げだ。




「こんな脅しみたいなやり方で、私たちが素直に頷くわけがないでしょう?もっと民を大事に扱ったらどうかしら?それとも、命令だからと民を無理矢理連行するのが好きなの?」


「······なんだと?」




ルーナも気に入らないとばかりの言葉を並べ、ラクリール隊長に喧嘩腰に話す。




「どちらにしろ、あなたたちみたいな人間に、私たちが従う義務は無いわね。というわけで、ここはさようならよ」




ルーナが何をしようとしているのか分かった僕は、フェノさんとフェリちゃんに宿賃が入った袋を投げ渡して笑顔を向ける。




「お世話になりました。二人とも、お元気で」


「お兄さん!お姉さん!」


「何をする気だ!捕らえろ!」




フェリちゃんの言葉の後に、ラクリール隊長が何か察したように部下たちに命令をする。

だが、一足遅かった。




「―――『空間転移ディメンションルーラ』」




ルーナが魔法を唱えると、魔法陣が起動して僕とルーナは一瞬にしてこの場から消えた。

その際、ラクリール隊長が「なっ······!?」と声を上げて驚いていたのには、少しだけざまぁと思ったのは内緒だ。





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