第19話  宿屋を探します




「さて、次は宿屋を見付けよう」


「賛成ね」




冒険者ギルドでルーナの登録を済ませ、素材を換金して僕のランクアップも済んだ。

次にやるべきことは、宿屋を見付けてしっかりと休息を取ることだ。




「一日限りとはいえ、ゆっくり休めて食事も美味しいところが無難かな?」


「そうね。お金はあるのだし、探してみましょう」




ルーナは僕の腕を組み、先に歩き出す。

僕も引っ張られて歩くが、この気恥ずかしさはなかなかに慣れない。

それでも二人で探し回っていると、視界の先に見覚えのある人物が歩いているのを目撃した。




「あの子は······」




その子は、『死鬼の森』で『混沌竜カオス・ドラゴン』に襲われていた幼女だった。

『死鬼の森』から無事に脱出出来たらしい。

こんなところで再会するのも、また運が良い。




「どうしたの、アヴィス?まさか、あんな幼女に反応してるの······?······ロリコン?」


「ち、違うよ!」




ルーナがジト目で僕を睨んできたので、僕は慌てて否定する。

そんな濡れ衣を着せられたら堪ったものじゃない。

僕はそれを証明するため、あの子と出会った時のことを詳しく説明した。




「······なるほど。まあ、一応は納得するわ」




ちょっと不機嫌になりつつも、どうやら僕の説明に一応は納得してくれたらしい。

そこはまあ、良かったと思うことにしよう。




「あの子、『兎人族とじんぞく』ね」




『兎人族』とは僕ら人間族とは違う種族、亜人族の一種で、大きい兎の耳が特徴の種族だ。

身体能力は人間族より少し高く、特筆すべきはその聴覚だ。

結構離れた場所で木の葉が落ちる音が聞こえるくらい、『兎人族』の聴覚は優れている。

そのせいか、その子は僕らの会話が聞こえたのか、こちらに顔を向けた。

そして僕の顔を見ると、泣きそうな顔をして走り寄って来た。




「お兄ちゃん!無事だったんだね!」


「うぉっ!?」




遂には泣き出してしまい、僕の胸元に抱き付いてきた。

いきなりのことで呆然とする一方、ルーナはまたジト目で僕を睨んでくる。




「······やっぱりロリコン?」


「違うから!」




どうもルーナは、僕がロリコンだと疑っているらしい。

僕は抱き付いてきた子を引き離すと、しゃがんで頭を撫でた。




「君も無事で良かったよ。君は、この町出身かな?」


「う、うん。生まれも育ちもここだよ」




なるほど、これは好都合だ。

彼女がこの町で暮らしているのなら、良い宿屋を知っている可能性がある。




「じゃあさ、ここら辺で宿屋はあるかな?」


「うん、あるよ!わたしのお家が宿屋なの!」




これはまたなんとも出来すぎな幸運だ。

宿屋を探す手間が省けるというもの。

僕は了解を得るべく、ルーナに顔を向ける。




「良いんじゃない?一々探すのも面倒だしね」




未だに少し不機嫌ではあるものの、なんとか了承を得た。

後で、ちゃんと誤解は解いておこう。




「分かった。それで、えぇと······君のお名前は何かな?」


「わたし、『フェリ』だよ!」


「そうか。俺はアヴィス。こっちはルーナだ。フェリちゃん、宿屋まで案内してくれるかな?僕たち、宿屋を探してたんだ」


「うん、こっちだよ!」




僕はフェリちゃんに手を引かれ、歩き出した。

その後ろで、むっと頬を膨らませたルーナが追いかけてくる。

本当にこれは、後でちゃんと構ってあげないとヤバいことになりそうだ。













「ここがわたしのお家!」




着いた先は、なかなか見映えのある小綺麗な宿屋だった。

名前は、『精霊の宿り木』。

なるほど、名前のセンスもなかなかだと思う。

中に入ると、シンと静まり返っていた。




「他のお客さんは居ないのかしら?」


「う、うん······」




ルーナの言葉に、フェリちゃんがビクビクしながら答えた。

もしかして、ルーナを怖がっている?

それを感じたのか、ルーナは少しショックを受けたような顔をした。




「えっ?わ、私······そんなに怖く見える?」




同意を求めるように、僕を見つめてくる。

目尻に涙を浮かべてるのは少し不謹慎だけど、素直に可愛い。




「いやいや、怖くないよ。ね、フェリちゃん」


「う、うん。ルーナさんは怖くないよ」


「そ、そう······それなら良いんだけど」




露骨にホッとした様子を見せるルーナ。

それならば、フェリちゃんのこの落ち着きの無さは何なのだろうか?




「フェリちゃん、お母さんやお父さんは?」


「あっ······えっと······」




僕の質問に、フェリちゃんが言葉を濁す。

どうやら聞いてはいけない部分を聞いてしまったようだ。

だけど、気になるものは気になる。

フェリちゃんは悩んでいる様子を見せた後、遠慮がちに呟いた。




「パパはわたしが生まれる前に死んじゃって······今はママと暮らしてるんだけど、ママは······」




そこまで言うと、奥から誰かがやって来た。

フェリちゃんと似たような容姿に、兎の耳。

どうやらこの人がフェリちゃんの母親らしいが、どうも具合が悪そうだ。




「あら、フェリ······おかえりなさい」


「ママ!まだ寝てなくちゃダメだよ!」


「私なら大丈夫よ。······そちらの方たちはお客様かしら?」




フェリちゃんの母親が頭を下げ、申し訳なさそうに口を開く。




「ごめんなさいね。歓迎してあげたいところなんだけれど、私は病弱で······部屋の案内などはフェリに聞いてもらえると助かります」




見た目通り、彼女は病気のようだ。

それを聞いたフェリちゃんも、なんだか泣きそうな顔になって呟いた。




「ママの病気を治すために、『治癒草』がほしくて······あの『死鬼の森』に咲いてるって聞いて、それで······」




なるほど、それであの危険な森に一人で······。

親を思う気持ちは分かるが、それでもなんて危ないことを······。

なんとかしてやりたいところだが、僕は治癒の魔法を持っていない。

だが、彼女なら何とか出来るかもしれないと、僕はルーナに耳打ちをする。




「ルーナ、君の魔法で治してあげられない?」


「無理よ。私が持つ『月光祝福ルナヒール』は怪我は治せるけど、病気までは完治しないわ」


「そ、そっか······」




やはり彼女でも無理なのか。

病気などの回復は、『聖女』や『治癒師』が得意とする分野だが、それには教会にお布施をする必要がある。

つまり、治してもらうには金が必要ということだ。

そんな金があるなら、彼女はとっくに治っているだろう。

世話になる以上、なんとかしてやりたいところだが、こうなれば僕たちには何も出来ない。

なんて無力なんだと心中で嘆いていると、ルーナは「だけど······」と呟いた。




「もしかしたら、あなたなら治せる可能性はあるわ」


「えっ?僕、治癒魔法は持ってないよ?」


「そうじゃなくて······あなたの『吸収魔法』なら何とか出来るかもしれないってことよ」




そう言われて、僕は思案する。

確かルーナの話だと、『吸収魔法』はあらゆるものを吸収すると聞いた。

それならば、もしかしたら部分的にも吸収することは可能かもしれない。

ルーナが言っているのは、そういうことか。

だけど、果たして上手く出来るのだろうか。




「大丈夫よ、失敗して彼女を丸ごと吸い込んでしまっても、すぐに『放出リリース』すれば問題無いわ。だから、救いたいなら試してみなさい」


「······分かった」




僕はルーナの言葉を聞いて決心すると、フェリちゃんの母親に近付いた。




「すみません、少し試してみたいことがあるんですけど······ご協力願いませんか?」


「わ、私に······?」


「はい。すぐに済みますので」


「は、はぁ······」




僕は一応母親の許可を取ると、ルーナに視線を向けた。

すると僕の言いたいことが分かったのか、彼女は頷くとフェリちゃんの母親に目を向けた。




「―――『鑑定アプレイザー』」




彼女の目に魔法陣が起動し、フェリちゃんの母親を『鑑定』し始める。




「え、詠唱破棄!?そ、それに『鑑定』!?」




フェリちゃんの母親は、僕が初めてルーナの魔法を見た時と同じ反応をした。

まあ、誰だって驚くよね。

フェリちゃんは良く分からないといった顔だ。

それを気にせず、ルーナは『鑑定』をし続けている。




「······なるほど、腎臓に病巣が巣食っているわね。それも重病······このままだと、長くは持たない。普通の魔法じゃ、まず治らないわ」


「えっ······!?」


「そんな、ママ······」




親子二人は、ルーナの診断を受けて絶望に満ちた顔をした。

まあ、誰だってこんなこと言われたらショックを受けるのも当然だ。




「だけど、私の旦那なら救える。あなたたち、彼に賭けてみなさい」


「えっ······?」


「お兄ちゃん······ママを治せるの!?」




なんだかルーナのせいでハードルが上がった気がしないでもないけど、僕は元から救いたい気持ちはあった。

僕に出来ることがあれば、やれるだけのことはしてあげたい。

何よりも、フェリちゃんの期待に応えたい。

僕は目を閉じ、魔法を唱える。




「―――『吸収アブソーブ』」




魔法陣は起動するが、まだ魔法自体は発動していない。

このまま発動すると、彼女を吸収しかねない。

集中するんだ。彼女の中の病巣だけを吸い上げるイメージを頭に思い浮かぶ。

そして魔法は発動したが、特に変化は無い。

ただ一点だけ違うのは、フェリちゃんの母親が吸収されていなかったこと。

魔法は間違いなく発動した。ということは―――




「ルーナ······」


「ええ。―――『鑑定アプレイザー』」




ルーナが再びフェリちゃんの母親を『鑑定』する。

そして、俺に向けて笑顔を向けて言った。




「さすがは私の旦那様ね。彼女の病気、綺麗さっぱり無くなってるわ」




それを聞いた瞬間、僕よりもフェリちゃんや彼女の母親が喜んだのは言うまでもない。




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