第18話 VSギルドマスター
「よし、じゃあ始めるか!」
ギルドの訓練所にて、僕らは相対していた。
目の前で大剣を抜き、肩に担いで意気揚々とするギルドマスターのアンウッドさん。
別に始めるのは良い、諦めたから。
ただ、一つ解せないことがある。
「あの、このギャラリーは一体······?」
この場には僕とルーナ、アンウッドさんやシャンティさんだけでなく、大勢の冒険者たちや受付嬢、一般客も見に来ていた。
まるで見世物みたいだ。
「いやぁ、すまんすまん。俺がお前さんと手合わせすると言ったら、何故かこうなっちまった。まあ、気にしないでくれ」
「えぇ······」
まあ、元Aランク冒険者のギルドマスターと飛び級したAランク冒険者の僕の戦いだ。
しかも僕は、『月影の魔女』ルーナの夫。
気にならないほうがおかしいか。
アンウッドさんは気軽に言うが、こんな観衆の元で戦うなんて僕としては気乗りしない。
「いいじゃない。あなたはあなたらしく、普段のように落ち着いて戦えばいいのよ」
僕の後方で、笑顔で応援してくるルーナ。
仕方ない、こうなればもう破れかぶれだ。
「ふぅ······分かりました、お相手させていただきます、アンウッドさん」
「おう、いつでもきな!」
余裕の表情を見せるアンウッドさん。
なるほど、さすがにAランクとしての矜持は持ち合わせているようだ。
なら、僕も相応の敬意を以て全身全霊で相手をしよう。
「―――『
僕が魔法陣を起動させると、僕を中心として黒い煙が辺りを覆う。
「何ッ!?詠唱破棄だと!?」
アンウッドさんだけでなく、ルーナ以外の観衆全員がどよめいた。
だけどそれを気にすることなく、僕は煙に紛れて移動し、次の一手を喰らわすために魔法陣を起動する。
「―――『
煙に隠れながらの炎の球を放つ。
相手からは見えないこの死角からの攻撃は、容易にはかわせないはず。
これで決まってくれればいいのだが······。
「甘いなぁ!ぬぅん······!」
しかしアンウッドさんは大剣をぶんと思い切り振り回すと、辺り一面に覆っていた黒い煙が薙ぎ払われて霧散した。
ついでに『
「は、はぁ······!?で、出鱈目にもほどがあるだろ······!?」
普通の冒険者には出来ない芸当だ。
まさか、何らかの魔法を使っているのか?
そんな詠唱も素振りも見せなかったと思うが·······。
「ふふん、お前さんの詠唱破棄も相当出鱈目だと思うがな。なに、安心しろ。俺のは魔法じゃねぇ。ただの剣圧だ」
「け、剣圧!?」
剣圧とは、読んで字のごとく剣による風圧。
つまり、腕っぷしだけで初級魔法とはいえ、僕の『
これが、Aランクの冒険者······!
「詠唱破棄にゃ驚いたが、所詮は初級。これくらいなら何とかなるぜ。さあ、次はどんな手で来るんだ?あんな魔物たちを狩れる腕だ、こんなもんじゃないだろう?」
まるで玩具を見付けた子供のように、アンウッドさんは目をキラキラと輝かせている。
戦闘好きというより、ただ単にその人物の実力に興味があるようだ。
ならば、その期待に応えてみようかな。
「では、僕も本気を出しますね」
「おう、来いや!」
元とはいえ、相手はAランク冒険者。
僕もAランク冒険者とはいえ、実力は圧倒的に劣る。
ならば、僕の本当の魔法で勝負を仕掛けるしかない。
「―――『
僕らの周りを再び黒い煙が覆う。
「あん?また煙幕か?芸がないな。こんなもん、俺がまた斬り飛ばしてやるよ!」
そう、アンウッドさんに対してこんな煙幕など意味を成さない。
だけど、僕にとっては大いに意味はある。
「―――『
僕は自身の身体目掛け、雷を放つ。
そしてすかさず手を前に出し、魔法を唱える。
「―――『
『雷撃』は僕の手の中に吸い込まれていき、僕は更なる魔法を発動する。
「―――『
これで僕の身体能力は高まったはずだ。
僕は未だ覆っている煙の中を走る。
本来なら僕も相手の姿は見えないが、『強化』のおかげで五感も強化されており、嗅覚でアンウッドさんの場所を特定出来た。
「ふん、しゃらくせぇ!」
アンウッドさんは再び大剣を振るい、煙幕を振り払う。
だが、その一瞬の隙を突いた僕は彼の背後に回っていた。
「何ッ―――!?いつの間に背後に!?」
「でやぁあああっ!」
僕はありったけの拳をアンウッドさんに振るうが、彼はニヤッと笑うと僕の強化された拳を大剣で難なく受け止めた。
「っとぉ、危ねぇ!やるな、お前さん!魔法使いのはずなのに、そのスピードと拳の重さは並じゃねぇな!」
「くっ······!」
僕は自身の拳を防がれて焦り、一旦距離を取るべく離れる。
次はどうする?まさか『強化』された僕のスピードに反応しただけでなく、拳を大剣でガードされるとは思わなかった。
さすが一線を退いたといっても、元Aランク。
Aランクに成り立ての僕とは雲泥の差だ。
まあ、当然だろう。
『栄光の支配』と同じランクだ、只者じゃないわけがない。
「さて、もう打つ手は無しか?」
考えろ、どうすれば一矢報いることが出来る?
―――そうだ、一回の『吸収』と『強化』だからダメなんだ。
もし、『吸収』した回数に応じて『強化』が加算されるとしたら······?
無謀かもしれないし意味がないかもしれないが、やってみる価値はある。
「まだまだ······これからが本番ですよ」
「ほう?面白い······さあ、来な!」
「行きます······!―――『
自分が持てる火、水、風、雷、土、光の攻撃魔法をそれぞれ、自分に向けて放つ。
「何ッ―――!?な、七つの属性!?まさか『
端から見れば、気が狂ったと思われても仕方がない行為。
だけど、僕の仮説が正しければこれら全てを一度に『吸収』出来るはず。
なにせ、ドラゴンブレスさえも全て『吸収』したのだから。
「―――『
僕が自分に向けて放った魔法は、思った通り全て僕の手の中へと吸い込まれていく。
周りから見れば消えたとしか思えないその光景に、アンウッドさんや他の観衆たちも騒ぐ。
「なっ······き、消えた!?」
「行きます!―――『
魔法を唱えた瞬間、先程とは比べ物にならないほどのエネルギーが僕の身体中を駆け巡っているのが分かった。
おそらく、数段強化されたのだろう。
これならば、イケる······!
「はぁあああっ!」
「ちっ······!」
僕は彼に向かって駆け抜け、拳を思い切り振るう。
アンウッドさんは舌打ちをし、僕の拳を防ぐために大剣を構えるが······僕の拳は大剣を粉々に破壊してしまった。
「は、はぁあああっ!?お、俺の大剣を拳で打ち砕いただぁ!?」
アンウッドさんは、驚愕に顔を青くして叫ぶ。
確かに魔法使いが大剣を拳で砕くなど、どう考えてもおかしい。
しまった、少しは手加減しておくべきだった。
「え、えっと······あ、あはは······。そ、その武器が傷んでたのかもしれませんよ?」
「い、傷んだって······お前、そりゃ······いや、何でもねぇ。お前さんの実力は分かった」
何かを言いかけたアンウッドさんだが、諦めたように言葉を遮った。
何が言いたかったんだろう?
気にはなるが、答えてくれなさそうなので僕は聞かないことにした。
「文句なしの実力だ。観衆も、お前さんの力に納得しただろう」
「当然よ。なんたって、私の旦那様だもの」
いつの間にか、ルーナが僕の傍までやって来てドヤ顔で自慢していた。
「はははっ、そうだな。もう充分だ。これからも頑張ってくれや」
そう言い、アンウッドさんは歩き去っていく。
何はともあれ、勝てたようでホッとした。
さて、これでようやく宿屋を探しに行けそうだ。
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