第17話  ギルドマスターとの会談




「俺がギルドマスターの『アンウッド・バッド』だ。よろしくな、ボウズ共!」




ニッと笑ういかつい身体の中年男性が、僕らの前に現れた。

顔には大きな傷があり、まさに猛者と思わせる風貌と気迫。

確かに、ギルドマスターに相応しい品格を持っているようだ。




「えっと······アヴィス・クローデットです」


「その妻のルーナ・クローデットよ」




二人揃って、自己紹介をする。

というか、何気にルーナが僕の姓を名乗ったのは少し恥ずかしい。




「おう、お前さんらのことは受付嬢のシャンティから話は聞いている」




ギルドマスターのアンウッドさんがそう言うと、先程僕たちの対応をしてくれた受付嬢が笑顔を見せて手を振る。

なるほど、この受付嬢さんの名前はシャンティさんというのか。




「それでだ、ちょっとお前さんらに確認したいことがあってな。少し話いいか?」


「確認したいこと?」


「ああ、そんなに手間はかけさせん」




話とは、一体何だろう?

ギルドマスター直々に話ということは、結構大事な話かもしれない。

それに、僕からも聞きたいことはある。

だけど一人で決めることではないので、僕は隣に立つルーナに視線を向ける。




「別に急いでいるわけでもないんでしょう?私は構わないし、あなたに任せるわ」


「そっか······じゃあ、アンウッドさん。話を聞かせてくれますか?」


「そうこなくっちゃな。じゃあ、こっちに来てくれ。シャンティはお茶を頼む」


「はい、分かりました」




そうしてギルドマスターのアンウッドさんに連れられて来たのは、ギルドマスター執務室だった。

部屋の中には僕らしか居ない。

なるほど、内密な話というわけか。

僕らはソファーに腰を降ろし、シャンティさんの淹れてくれた紅茶を飲みながら、対面して座るアンウッドさんに目を向ける。




「さて、早速話をしようか。さっきちょいと小耳に挟んだんだが、そっちの嬢ちゃんが『月影の魔女』ってのは本当か?」




なるほど、さっきのシャンティさんとの会話を聞いていたのか。

さて、返答はどうしよう?

素直に言っても良いが、証拠がない以上信じてくれるかは怪しいところだ。

しかし下手に誤魔化せば、冒険者としての信用を失うかもしれない。

どうしたものかと悩んでいると、ルーナが不機嫌そうな顔を見せた。




「あら、そうだけど······私や夫を疑うの?」




瞬間、彼女から凄まじい殺気が放たれた。

その殺気に呑まれてしまった彼は、いくら歴戦のギルドマスターといえども冷や汗を流して顔を真っ青にするしかないようだ。





「疑うつもりはない!か、確認したかっただけだ!気分を損ねたのは謝るから、その物騒な殺気を仕舞ってくれ!」




アンウッドさんだけでなく、シャンティさんまでガタガタと震え出している。

さすがに少し可哀想だ。

仕方ない、ここは夫として妻を宥めよう。




「ルーナ、落ち着いて。それじゃあ、上手く話が流れないからさ。無関係のはずのシャンティさんまで怖がってるし······」


「······分かったわ、ごめんなさい」




僕が少し強く言うと、しゅんとしたような顔をして項垂れてしまった。

おかげで殺気は収まったわけだけど、さすがに言い過ぎたかもしれない。

後で、ちゃんと慰めてあげよう。

殺気が消えたおかげで、アンウッドさんやシャンティさんは心底ホッとしたように安堵の表情を浮かべる。




「ふぅ······まさか、この俺を圧倒させる殺気を放つとはな······。なるほど、『月影の魔女』というのは本当らしい」


「えっ?い、今の殺気だけで信じてくれるんですか······?」


「当たり前だ。これでも俺ぁ元Aランク冒険者で、巷じゃ英雄とまで呼ばれた男だぜ?そんな俺を殺気だけでここまで震え上がらせるたぁ、相当の化け物ってことさ。充分、信じるに値する」


「むっ、人を化け物呼ばわりしないでほしいわね······」




確かにうちの妻を化け物呼ばわりされるのはあまり嬉しくないけど、強さが桁違いだからそう呼ばれるのも仕方ない。

というか只者じゃない威圧感を感じていたけど、アンウッドさんってやっぱり強い人だったんだ。




「すまないな、しかし正直な感想だ。それにこいつぁ、俺なりの賛辞だ」




なるほど、思った以上に不器用な人らしい。

まるで、師匠みたいだ。




「そんな化け物を妻に迎えたお前さんも、只者じゃない。なにせFランクだってぇのに、AランクやSランクの魔物を狩ったんだからな」


「は、はぁ······」


「Aランクに上げたのはその実力故にだが······一つだけ訊くぞ。お前さん、本当に何者だ?」


「えっ?」




今度は僕に疑いの目を向けるアンウッドさん。

彼だけでなく、シャンティさんも訝しげな表情で僕を見ていた。




「『月影の魔女』を妻に迎えるったぁ、普通じゃねぇのは確かだ。しかし、俺はお前さんにそこまでの覇気や実力があるようには見えねぇ······」


「は、はぁ······」


「······なに?うちの旦那にイチャモン付ける気かしら?」




再びルーナが殺気を放ちそうな雰囲気で、彼を睨み付ける。




「ま、待て待て!イチャモンってわけじゃねぇ!だから、殺気を放とうとするな!」


「こほん。まあ、ぶっちゃけた話······ギルドマスターはあなた方の実力が知りたいだけなんですよ」




慌てるアンウッドさんを尻目に、シャンティさんがそっと僕らに耳打ちをした。

しかし彼にも聞こえるような音量だったので、アンウッドさんは照れくさそうに叫んだ。




「おい、シャンティ!余計なことを言うな!」


「何ですか?おっさんのツンデレなんて萌えないんですから、素直になれないなら黙っていてください」


「おっさ······!?」




シャンティさんの鋭い言葉に、アンウッドさんはショックを受けたように顔を青くした。

確かに良い年した男のツンデレなんて、あまり需要がないと思う。

しかし、シャンティさんって意外と毒舌キャラだったんだ。




「ギルドマスターは今は一線を退けていますが、こう見えて戦闘馬鹿なんです。だから、アヴィスさんたちの実力が気になるんですよ」




シャンティさんが捕捉してくる。

つまり、アンウッドさんはただ僕らと戦いたいだけらしい。

まあ、いかつい身体と顔からそんな感じに見えてたけど。




「ごほん!ま、まあ、なんだ······つまりは、そういうことだ。俺がお前たちの実力を確かめたいっつーわけだ。どうだ、俺と戦ってくれないか?」


「う、う~ん······」




正直、戦いたくないのが本音だ。

僕は魔物となら戦えるが、人と戦ったことはあまり無い。

だからどうなるのか分からなくて、少し不安なのだ。




「もちろん、これは俺からお前たちへの依頼になる。だから、報酬ははずもう。そのほうがお前たちにとってもメリットはある。どうだ?」




まさかの名指し依頼だった。

そこまでして戦いたいのか、この人は。

しかし、やはり気乗りしない。

断ろうかなと悩んでいると、ルーナが僕の腕を掴んで言った。




「良いわ。その勝負、受けて立ちましょう」


「おぉっ!」


「ちょっ、ルーナ!?」




ルーナが承諾するとは思わなかったので、僕は慌てて彼女に訊ねる。




「この勝負受けて何になるの!?」


「あら、私たちにもちゃんとメリットはあるわ。私たちの実力がギルドマスターに知れれば、今後変な輩も襲ってこないでしょう?面倒事になる前に牽制したほうが良いわ」


「そ、それはそうかもだけど······でも······」


「それに、あなたの実力を世界に轟かせる良いチャンスよ」


「へっ······!?」




僕の実力を世界に轟かせる?

そんなことをして、一体何になるというのか。

目を丸くする僕とは反対に、ルーナの目は爛々に輝いている。




「ふははっ!なるほどな、奥さんは意外と野心家だったのか!うむ、分かった。俺に勝てたら、アヴィスの名を国中に宣伝してやろう」


「ちょっ······!?」


「あら、あなたも意外に話が分かる男ね」


「えっ······!?」




唖然とする僕をよそに、二人はニヤニヤしながら握手を交わす。

シャンティさんはやれやれと溜め息を吐き、僕の肩に手を置いて言った。




「アヴィスさん、諦めてください。こうなった以上、勝負を受けたほうが賢明です」


「えぇっ!?シ、シャンティさんまで!?」




確かにこの空気は、とてもじゃないが止められる雰囲気ではない。

僕は深い溜め息を吐き、未だニヤニヤする二人を呆然と見つめることしか出来なかった。




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