第14話  城塞都市『アルドーバ』




「―――『放出リリース』!」




魔法陣が起動し、僕の手から魔物が放って『吸収』した攻撃をそのまま放つ。

その自分の攻撃を受けた魔物は、地に伏した。




「ふぅ、これで何体目かな?」


「そうね、15体目よ」


「そっか、大分狩ってきたね······」


「もう少しで出口だから、頑張って」




僕の後ろでAランクの『双毒蛇ツインスネイク』を狩っていた『月影の魔女』ルーナは、その獲物を担いでこちらに戻ってきていた。

二人で『死鬼の森』を進み、襲いかかってくる魔物を次から次へと駆除し、ようやく森の出口まで来た。




「よし、森を抜けた!」


「ここから先が魔導国家『セクリオン』。そして目の前の街が『アルドーバ』ね?」




『死鬼の森』は、いわば国境。

この森を抜ければ、魔法を使える者ならば誰であっても優遇されるという『魔法絶対主義』の国、魔導国家『セクリオン』であり、目の前に見える街が城塞都市『アルドーバ』。

そこを過ぎれば、この国の首都である『セクリオン』だ。




「先にこの街で、狩った魔物の素材をギルドに売却しましょう。そうすれば、多少は懐が潤うはずよ」


「そうだね、楽しみだよ」




確かに僕らは、あまりお金を所持していない。

だから魔物を狩るついでに素材を僕の『吸収魔法』で回収し、それを冒険者ギルドに売ってお金に代えようとしていた。

だけど、僕らが狩った魔物は全てAランクからSランクのものばかり。

それが果たしてどんな金額になるか、僕ですら想像付かない。

そんな楽しみにワクワクしながら街の検問所に近付くと、門番と目が合った。




「待て、貴様ら。人間か?どこから来た?」




別段怪しくはない格好をしているはずだが、門番の目は不審者を見るのと同等のものだった。

まあ、それはそうだ。

この街に来るには、『セクリオン』か『死鬼の森』から来るしか手段は無い。

『死鬼の森』方向から来た僕らに不信感を抱くのも無理はない話だが、さてどうしようか。

正直に言えば怪しさがさらに増すだろうし、下手をすれば入れてもらえない可能性もある。

僕が返答に悩んでいると、『月影の魔女』ルーナが一歩踏み出した。




「失礼ね。私たちは人間よ。どこから来たって、『死鬼の森』からに決まってるじゃない」




正直に言っちゃったよ、この人。

その発言を聞いた門番たちは、一斉に僕たちを訝しげに睨んだ。




「『死鬼の森』からだと?ふざけるな!貴様らのような弱々しい見た目をした者が、あの森を生きて踏破出来るとは思えん!怪しい奴らめ、引っ捕らえてやる!」




その一言で、門番の全員が持っている槍をこちらに向けてきた。

なんだかまずいことになった。

ここで冒険者ライセンスを見せても、僕のランクはF。

ますます不審がられるに違いない。

どうしたものかと慌てる僕だったが、『月影の魔女』ルーナは平然と立っていた。

さすがは伝説の魔法使い。いつだって冷静だ。




「へぇ、良い度胸してるじゃない。門番如きが私のみならず、旦那まで弱いと侮辱するのね」




違った。めちゃくちゃキレている。

ゴゴゴゴゴという効果音が聞こえそうなほどに、威圧している。

まあ、それはそうか。

いくら彼女でも、自分より格下の門番に馬鹿にされるのは我慢ならないのだろう。

彼女は伝説故、プライドも高いらしい。




「そんな愚か者共には、私自ら死を見せてあげましょうか?」




彼女がそう言い指を鳴らすと、巨大な魔法陣が彼女の上空で起動する。

それも、何個もだ。

さすがは伝説の魔法使い。同時にいくつも魔法陣を起動させるなんてお手のものだ。




「なっ······ま、魔法!?しかも、これほど巨大な魔法陣を······!?」




門番たちが慌てているのも無理はない。

彼女は規格外だ。

魔力も魔法陣も、何もかもが桁外れなのだ。

魔法使いではない彼らにも、それが嫌でも理解させられたらしい。

彼らは震え、武器を各々捨て始める者や両手を上げて降参の意思を見せる者が続出する。

しかしそれでも彼女は止めようとはせず、冷たい眼差しで彼らを見続け、魔法を放とうと口を開こうとする。




「喰らいなさい。―――『ホワイト―――』」


「ま、待って!さすがにやり過ぎだよ!」




さすがにそれ以上は見ておられず、僕は身体を張って彼らと彼女の間に割って入る。

僕の姿を見た『月影の魔女』は、魔法陣を消滅させて笑顔を向けてきた。




「ふふっ、大丈夫。ちょっとした脅しよ」


「······お、脅し?」




にしては、見るからに殺る気満々のような顔を見せていた気がする。

まあ、大事にならなくて良かった。




「ま、まさかあなた方は魔法を使えるのですか?」




さっき僕らに捕らえろと命じた門番の一人が、怯えながらも訊ねてきた。

これ以上怖がらせるのもまずいと思い、僕は笑顔を作って答える。




「はい、僕と彼女は魔法使いです」


「そ、それは失礼致しました!どうぞ、中へお入りください!」




さっきまでの様子とは一変し、彼らは僕たちに敬礼をして道を作った。

な、なんだ?この貴族や王族に対する扱いは?

『魔法絶対主義』の国とはいえ、少し大袈裟な気もする。




「ふん、苦しゅうないわ。ほら、あなた。中へ行きましょう?」


「わっ、ちょっと!?」




呆然とする僕をよそに、彼女は満面な笑顔で僕の腕を組み歩き出した。

つられて僕も歩くが、なんだか悪い気分だ。




「ここが『アルドーバ』かぁ······!」




何はともあれ街の中へ入れた僕たちは、その街並みに目を輝かせていた。

普通の街とあまり変わらない風景だが、初めての街とはやはり嬉しいものである。

特に僕の隣に立つ『月影の魔女』ルーナは、まるで子供のように目を爛々と輝かせていた。




「久しぶりだわ、この喧騒。やはり森の中とは全然違うわね」




そうか、彼女は200年もの間ずっと一人で森で暮らしていたんだ。

こんな喧騒溢れる街中は、やはり新鮮で面白いものかもしれない。

連れてきて良かったなと、初めて思えた。




「さてと、まずはギルドに行って素材を換金しよう。それから改めて依頼を受けようと思うんだけど、ルーナさんはどうします?」


「それは良い考えだと思うけれど······一つ、納得がいかないことがあるわ」




不満そうに僕を睨む『月影の魔女』。

なんだろう?僕、何か変なこと言ったかな?

焦る僕だったが、彼女は僕の肩を掴むとぐいっと顔を近付けてきた。




「何故、私のことをさん付けで呼ぶの?」


「へっ······?」


「それに敬語!あなたは、私の何?」


「えっ?えっと······お、夫かな······」


「そう、あなたは私の旦那!なのに敬語とさん付けなんておかしいじゃない!私はそんなの嫌よ!まるで他人行儀だわ!」




そんなことでご立腹だったのか。

なんだか、子供みたいで少し可愛い。

そうか、言われてみればそうだよね。

夫婦関係でもさん付けや敬語を使う人は世界にはいるけど、彼女はそれを嫌いとしているように見えていた。

ましてや、彼女は僕と対等と見ている。

そんな彼女に、僕は畏れ多いからという理由で畏まっていた。

でも、それじゃあダメだ。

夫婦は対等でなくてはならない。




「分かった······じゃあ、ルーナ。改めて、これからよろしくね?」


「ふふっ、当然よ。この私のハートを射止めたあなたに、どこまでも付いていくわ。それが例え、地獄であってもね」




満足そうな笑顔を向けてくる妻だが、地獄は勘弁してほしい。

というか僕、いつの間に彼女のハートを射止めたのだろう?

甚だ残る疑問だが、それはそれとして。




「じゃあ、素材を換金しに行こうか、ルーナ」


「ええ、そうしましょうか。あなた」




僕らは腕を組み、街中を歩く。

そうだ、ここから変わるんだ。

僕らの関係も、僕らの冒険も、僕らの人生も。

ここから始めよう、全てを。




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