第13話  対『黒牛鬼』戦




「さて、行きましょうか」


「う、うん······」




僕、アヴィス・クローデットは『月影の魔女』ルーナと共に彼女が住む家を出た。

今更ながら信じられないが、この人は僕の旅に付き合うと言っただけでなく、僕の妻になると宣言した。

『月影の魔女』が相手というだけでなく、この綺麗な人が僕の奥さんだなんて、本当に信じられない。

だけど、夢ではなかった。




「あの、本当に良いんですか?長くこの森に住んでたのに、僕なんかのために出て行くなんて······」


「あら、そんな悲しいこと言わないの。自分を卑下にしたら、あなたを選んだ妻の私の見る目が無くなっちゃうでしょう?」


「うっ、ごめん······」


「うーん······どうもあなたは、自分にまだ自信を持てないようね。仕方ないか······じゃあ、『セクリオン』に向かう前に、妻である私が自信をつけてあ・げ・る♡」


「えっ······?」




思春期だからか、彼女の酷く妖艶な声にドキドキしてしまった。

一体、何をされるんだろう?













「何をされているんだ、僕はぁっ······!?」




僕は、必死に森の中を走りながら叫んでいた。

その隣で、『月影の魔女』ルーナは同じ速度で走りながら呆れたような顔をして話しかけてくる。




「逃げてはダメよ。言ったでしょう?私が、あなたに自信を持たせるって。なのに逃げてどうするの?」


「そりゃ逃げるよ!だって、あんなのが相手だなんて聞いてない!」




そう、僕は背後から迫ってくる魔物からひたすら逃げていた。

彼女は僕に自信を持たせると言って、旅の道中で魔物を狩りながら進むという提案をした。

『月影の魔女』が傍に居るからと安堵してしまった僕は、それを安易に了承してしまった。

それが失敗だった。

忘れていた、ここは世界でもトップクラスに危険な『死鬼しきの森』。

そんなところに出没する魔物なんて、決して楽な相手ではない。




「ほら、相手はただの牛よ?」


「ただの牛な訳ないじゃないですか!あれは、『黒牛鬼ベヒーモス』ですよ!」




僕たちを追いかけてくる魔物は、Aクラスの『黒牛鬼ベヒーモス』。

巨体で鈍重ではあるが、パワーが桁外れに強く並の冒険者はその爪で引き裂かれたり、角で突き刺されたりして絶命することが多い。

もちろん、Fランクの僕は一瞬でミンチになってしまうくらいに力の差はある。

あれを相手にしろだなんて、自殺行為に等しい。




「大丈夫、あなたには最強の魔法『吸収魔法』があるんだもの。あんなのイチコロよ」


「僕のほうがイチコロになりかけてるんですけど!?」


「安心しなさい。あなたが死なないように、私がちゃんと守ってあげるから」




笑顔でそんなことを言われると、何故だか安心してしまう。

そうだ、彼女が僕のためのことを思ってこんなことを提案したんだ。

それに、彼女は僕を守ってくれると言った。

彼女は僕に期待して、自信を持たせようとしている。

ならば、そんな彼女の気持ちを裏切る真似はしたくない。




「······分かった、やってみる!」




僕は走るのを止めて振り返り、『黒牛鬼ベヒーモス』と対峙する。

『月影の魔女』ルーナも、僕より少し離れた場所で足を止めた。




「ふふっ、頑張ってね?」




彼女が応援してくれる。

こんな風に応援してくれるのは、婚約者だった『シリオス帝国』の第三王女、シェリア・ヴィ・シリオスとその付き人のフィア、そして僕の弟のユリウスくらいなものだったから、それがとても嬉しい。

彼女の声が、言葉が僕に勇気をくれる。




「やるしかない!」




イメージをするんだ。

黒牛鬼ベヒーモス』は、炎に弱いと聞く。

しかしおそらくあの巨体には、僕の『炎球』なんてダメージすら負わないだろう。

それならば、傷一つでも付くようにイメージをする。

球ではなく、硬く鋭い槍をイメージだ。

イメージが具体的になると、魔法陣が起動した手から炎の槍が出現した。




「へぇ······初級とはいえ、『炎槍フレイムランス』を無詠唱で作り出すとはね」




炎槍フレイムランス』。

炎球フレイムボール』と同じ初級魔法だが、槍というだけあって貫通力は高い。

とはいっても、やはり初級は初級。

ダメージはそこまで無い。




「くらえ!」




それを投げて『黒牛鬼ベヒーモス』に足に命中するものの、やはり貫通はおろか焦げ跡すら付かない。

だが、それは予想済みだ。

もっとイメージだ。イメージを強くする。

槍一本じゃダメだ。もっとたくさんの槍を。




「―――『炎連槍フレイムランサーズ』」




何本もの槍を出現させ、同時にではなく次々に先程と同じ箇所に投擲する。

その結果、『黒牛鬼ベヒーモス』の足に一本の『炎槍フレイムランス』がようやく貫通し、奴は悲鳴を上げながらその場に倒れ伏す。




「へぇ、動きを止めるためにわざと足を狙い続けたのね。というか、同じ箇所に狙うなんてとても精密さがあるわ。でも、一時的に動きを止めても奴はすぐに向かってくるわよ?」




『月影の魔女』ルーナのご指摘は尤もだ。

もちろん、この程度が通用するなら僕のランクはFではない。

ならば、どうする?

そうだ、確か彼女が僕に見せてくれたあの光と闇の『複合魔法』。

あれなら、どうだろう?

『複合魔法』は、熟練した魔法使いでも修得が困難とされている。

でも今、『黒牛鬼ベヒーモス』を倒すにはそれしか無い。




「イメージだ······!」




再び、頭の中で思い浮かぶ。

さすがに今の僕には、光と闇といった反発する属性を複合するイメージは湧かない。

ならば、炎と風ならどうだろう?

荒ぶる炎が風によって巻き起こるイメージ。




「ッ―――!この魔力······まさか、『複合魔法』を使用するつもり!?止めなさい!今のあなたには荷が重すぎる!」




確かに、これは想像以上にキツい。

イメージし切れないのか酷く頭痛がし、魔力がごっそりと持っていかれる。

だが、ここで止めるわけにはいかない。

自分に自信を持つため、そして彼女の期待に応えるためにも!




「ぐ、うぅ······っ!」


「止めなさい、アヴィス!」




彼女の制止の声が聞こえるが、気にしない。

それよりもイメージと集中だ。

荒ぶる炎が風によって逆巻くイメージ。

すると、僕の目の前に魔法陣が起動して炎の旋風が出現して『黒牛鬼ベヒーモス』に向かった。

その炎の竜巻は命中し、奴を炎が包む込む。




「う、嘘·····初級魔法しか使えないはずなのに、複合魔法『炎台風フレイムストーム』を成功させるなんて······」




先程の魔法は、『炎台風フレイムストーム』というのか。

初級と初級を合わせても所詮は初級だが、威力は僕が持つ魔法の中でも最上位なので覚えておこう。

ただ、魔力がごっそりと持っていかれるのと頭痛がするというデメリットがあるので乱発は出来そうに無い。

しかし奴にはこれでも大したダメージにはならなかったらしく、炎に巻き込まれてもなお僕に食らい付こうともがいてくる。




「ぐっ·····これでもダメか······どうすれば······」


「あなたは充分よくやったわ。あとは、私に任せて休んでおきなさい」




そう言って、『月影の魔女』ルーナが僕の前に立とうとする。

先程の『炎台風フレイムストーム』のせいで大幅に魔力を削られ、初級魔法はそんなに使えなくなった。

今撃てるのは、精々魔力消費の少ない『雷撃サンダーショック』か『炎球フレイムボール』くらいだろう。




「······待てよ?」




そういえば、僕にはまだ切り札とも言える最強の魔法『吸収魔法』があった。

これは『月影の魔女』曰く、防御系とカウンター系に特化した魔法らしい。

だが、これを攻撃魔法に出来ないか?

そう思った瞬間、良いことを思い付いた。




「待って、もう少しだけやらせてください!」


「何を言っているの?あなたは、既に限界近いのよ?」


「分かってます······だけど、これだけは試しておきたいんです······!」




そう言うと、僕は再び奴の前に立つ。

これもまたイメージだ。

だが、次はそんなに難しくはない。

雷が僕に向かって落とされるイメージをするだけだ。




「―――『雷撃サンダーショック』」


「なっ、自分に向かって······!?」




案の定、雷が僕に向かって落ちてきた。

狙い通りだ。あとは、本来の僕の魔法の出番だ。




「―――『吸収アブソーブ』」


「じ、自分の魔法を吸収!?······そうか、そういうことね」




さすがは『月影の魔女』。

僕がやろうとしていることは、すぐにお見通しになったらしい。

僕は自身が放った『雷撃サンダーショック』を吸収すると、次にこう唱えた。




「―――『強化アップ』」




すると、僕の身体が数段強化されるのが自然と感じた。

よし、目論みは成功したらしい。

自身で魔法を放ち、それを吸収して強化する。

単純だが、これが意外に難しい。

僕は強化した足で駆けて跳躍し、『黒牛鬼ベヒーモス』の頭目掛けて拳を振り下ろす。

拳が頭にヒットすると、奴は悲鳴を上げながら倒れた。

今度こそ、絶命したらしい。




「や、やった······僕がAランクを倒したんだ······あ、あれ?か、身体が······」




喜ぶのも束の間、僕は貧血に似たような眩暈を起こし、フラフラと倒れそうになるが、そこを『月影の魔女』ルーナが支えてくれた。




「もう、無理は禁物よ?」


「す、すみません······ちょっと、張り切りすぎました······あはは」


「でも、正直驚いたわ。この僅かな時間に『複合魔法』に自身の魔法を吸収する技を身に付けるなんて······さすがは、私の旦那様ね」




『月影の魔女』に褒められると、やっぱり凄く嬉しい。

僕も、少しは自信が付いたようだ。

これで、少しは彼女の隣に相応しい男になれたかな······?




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