第12話 その頃のクローデッド家~ユリウスside~
「······今、何と仰いました?姉さん」
「あら、聞こえなかったの?」
僕、『ユリウス・クローデット』は目の前で呑気に茶を飲んでいる実姉、『エルミオラ・クローデット』が言った言葉が信じられず聞き返していた。
「アヴィスは追放した。よって、婚約破棄した第三王女のシェリア姫には、あなたを宛がうことにしたの」
「追放······?アヴィス兄さんを······?」
「ええ、そうよ。あんな無能が王家との婚約なんて、恥知らずも良いところだわ」
姉さんは、いつも兄さんを目の敵にしていた。
理由は単純明快。
兄さんはこの世界でも珍しい、七つの属性を同時に持ち操る『
それを知った時、『クローデット家』の前家長でもある父がそれをいたく気に入って兄さんを褒めまくった。
それが気に入らなかったらしく、家長を継承する際も本当は兄さんのはずだったのに、姉さんが強引に奪い去った。
家長になった姉さんは、それから兄さんをいびりまくった。
『
まあ、言うなればただの醜い嫉妬だ。
だけど、僕はそれでも認められようと毎日頑張る兄さんが誇らしかった。
兄さんのようになりたいと頑張り続け、遂には帝国の近衛騎士団の団長に任命されるほどまで地位を上り詰めた。
そうして兄さんに褒められるかと思って久々に帰宅してみれば、この有り様だ。
「厄介払い出来て、本当に良かったわ」
やれやれと、さっぱりした顔で言う姉さん。
昔からこの人は傲慢で不遜で、誰かを見下すのが好きなどうしようもないクズだ。
やはりこの人に、家督を譲るべきではなかった。
兄さんが継いでいたら、きっとこの家はもっと繁栄していただろう。
虚栄心と自己満足、そして嫉妬に満ちた姉さんには、この家の舵を取ることは出来ない。
もう、兄さんの居ない家には興味はない。
「姉さん······悪いけど、僕はその縁談は断らせてもらうよ」
「·········は?」
僕の言葉が予想外だったのか、姉さんは目を丸くして硬直した。
その反応に、少しだけスカッとする。
「あ、あなた······今、なんて?断るって言ったの······?」
「そうだよ、断る。何故僕が、兄さんの婚約者であるシェリア様と結婚しなくてはならないのですか。恥知らずはどちらでしょうね?」
「ぐっ······あ、あんな無能にシェリア様が妻になるなど勿体無いじゃない!あんな無能が王族に選ばれるなんてあり得ないわ!」
再び嫉妬に満ちた言葉を叫ぶ姉さん。
本当に、この人にはうんざりする。
『
強さだけを求めるこの人には、兄さんの価値は一生分からないだろう。
呆れていると、この部屋のドアがノックされた。
「誰よ!こんな時に!」
僕の言葉で不機嫌になった姉さんが叫ぶと、姉さんの返事も待たずに勝手にドアが開く。
そこに現れたのは―――
「あら、私に対して随分な口の聞き方ですね?エルミオラ・クローデット」
「なっ······シ、シェリア様!?」
僕も驚いた。
訪れたのは、兄さんの婚約者でこの国の第三王女、『シェリア・ヴィ・シリオス』本人だった。
その隣には、メイド長のフィアさんも居た。
間違いなく本物と察した僕は、敬礼をする。
そんな僕の姿に、シェリア様は気付いた。
「あら、ユリウス。あなた、何故ここに?」
「ハッ、休日なので実家に帰省していました」
「なるほど。では、私たちの話は聞き及びましたか?」
「はい、姉の身勝手さには呆れております」
「私もです·······父の愚考には、ほとほと愛想が尽きました。まあ、そんなことより······エルミオラ・クローデット」
「ッ―――は、はい······」
シェリア様の登場に、それまで不遜な態度を見せていた姉が一気に顔を青ざめて跪く。
さすがの姉も、自分より上の権力には勝てないようだった。
そんな姉に、シェリア様は冷たい目をして見下すように問う。
「アヴィス・クローデットを追放したとのことですが、それに適当する理由があるのでしょうね?」
「そ、それ、は······あの男は、無能です。この『クローデット家』には相応しくない······」
「そんな理由で、私とアヴィスの婚約の破棄に同意したと?」
「ッ―――」
僕ですら恐怖を抱くシェリア様の威圧に、姉さんはより一層顔を青くした。
だが、それで黙る姉さんではなかった。
「お言葉ですが、王女殿下。奴は無能でした。あなたのような気品があり尊い方には、不釣り合いです」
止めておけばいいのに、自尊心が高い姉さんはそんな言葉を吐いた。
姉さんにしてみれば、正しいと信じている自分の意見を述べただけに過ぎないのだろう。
しかしそれは、この場にいる僕やシェリア様、そしてメイド長のフィアさんを激怒させる発言に他ならなかった。
「―――フィア」
「かしこまりました、シェリア様」
シェリア様がフィアさんの名前を発すると、彼女は何やら呟いた後、その姿を消した。
と同時に姉さんの背後に立ち、彼女の首にナイフを突き立てていた。
おそらく魔法を使ったのだろうが、僕には何の魔法が検討も付かなかった。
「なっ······い、いつの間に······!?」
「それ以上動かないことをお勧め致しますわ、エルミオラ様。指一本動かせば、あなたの首は胴体とさようならです」
「くっ······メ、メイド如きが······!私に触れるなど、不敬にも程があるわよ!?」
「あら、私のメイドを馬鹿にしないでほしいのですけど?不敬はあなたでは?」
激昂する姉さんに、シェリア様が冷たい眼差しを未だに送っていた。
「私のアヴィスを無能だと罵った挙げ句、私のことを知りもしないで気品があるだの尊いだのと······吐き気がします」
「なっ······!?」
人が変わったように暴言を吐くシェリア様に、姉さんだけでなく僕も驚いた。
しかし、フィアさんだけは無表情のままだ。
ひょっとすると、これがシェリア様の素なのかもしれない。
兄さんはこのことを知っているのだろうか?
しかしシェリア様は気にも留めず、さらに続けて言う。
「それに勘違いしているようですが、あなたはアヴィスの実力を見誤っています。アヴィスは初級魔法しか扱えないにせよ『七属性所有者』。しかし、私にはそれ以上の実力があると見抜いています」
「な、何をバカなことを······無能のあいつに、そんな力があるわけ······ぐっ!?」
「シェリア様がまだお話中です。また遮るようなら、次は容赦なく首を飛ばしますよ?」
フィアさんがナイフに力を込めたのか、姉さんの首が少し切れて血が流れ出した。
彼女は本気だ。それが分かった姉さんは悔しそうに唇を噛み締めた。
そこで静かになったので、シェリア様はさらに続けて言う。
「愚昧なあなたに、一つ良いことを教えましょう。私は、『神眼』を所有しています。この意味、分かりますか?」
「し、『神眼』ですって······!?」
姉さんの目が驚愕に見開いた。
僕もその単語には聞き覚えがある。
『神眼』。
本人ですら把握し切れないほどのあらゆる能力を秘めた特殊能力を持ち、王家にごく稀に誕生すると言われている。
それは魔法でなく、単に自身に備わる能力だとされているが、不確かな謎が多い。
だが、判明しているその能力の一つが『他人の本質を見抜く』こと。
他人の善悪や言葉の真偽さえも見抜くという、まさにある意味で最強の力。
それが、シェリア様に備わっているという。
「ま、まさか······」
「そう。彼には途方もない力が秘められていると、私の『神眼』が見抜きました。それが何かは分かりませんが、この国······いいえ、世界を大きく変えると私は予想しています」
自慢げに話すシェリア様の言葉に、姉さんの顔は真っ青になっていた。
さすがの姉さんも、『神眼』持ちである姫様の言葉を信じたようだ。
しかし、さすがは自慢の兄さんだ。
「そんな······そんなはず······だって、あいつは無能がなのに······!」
「『神眼』は嘘を付きません。あなたがどんなに言い繕うが、これは紛れもない真実。エルミオラ・クローデット。無能は、あなたのほうでしたね?」
「う、嘘よ······絶対、嘘······!」
「ふん······フィア、行きますよ」
呆然自失となった姉さんは独り言のように呟き、そんな姉さんにもう話すことはないのかフィアさんに声をかけて二人で部屋を後にした。
僕は姉さんに声をかけることはなく、二人の後を追う。
「シェリア様、お待ちください!」
「あら、ユリウス。なんでしょう?」
「シェリア様は、何故こちらをお訪ねに?」
「あぁ、そういえばお話しませんでしたね。私が訪れた理由は、二つ。一つは、アヴィスの行き先を知らないか訊ねるため。まあ、あの様子では知らないようでしたが······」
「もう一つは?」
「アヴィスを無能呼ばわりして婚約破棄に同意したあの女に、少しざまぁしたくなりましてね。お陰でスッキリしました」
小悪魔のように微笑むシェリア様。
だが、その気持ちは痛いほど良く分かった。
アヴィス兄さんのために、自らお越しになって自身の能力を打ち明けてまで汚名返上してくれた。
その強さと優しさに感極まり、僕は再び敬礼をした。
「ありがとうございます、シェリア様!兄のために······」
「いいんです。それでは、私たちはやることがあるので失礼します。ごきげんよう」
シェリア様は踵を返し、フィアさんと共に歩き去っていく。
そんな彼女たちを、僕は敬礼をしたまま涙を流して見送っていた。
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