第10話 伝説の旦那になりました
「さて、これで『吸収魔法』のレッスンはおしまいよ」
「はい、ありがとうございました」
僕は『伝説の魔女』ルーナに自分の中に眠る魔法、『吸収魔法』の技を身に付けた。
『吸収魔法』には四種類の技が存在し、相手の攻撃を全て吸い込む『
これら全てを会得したわけだが、今更ながら凄い魔法が僕の中に眠っていた事実には驚く。
「多分、『吸収魔法』には他にも技が存在すると思うの。ただ、私が調べた限りではその四つしか分からなかった。ごめんなさい」
「そ、そんな!あなたが悪い訳じゃないです!むしろ僕に色々教えてくださり、ありがとうございました!」
深々と頭を下げられてしまい、僕は慌てて制止する。
伝説の魔法使いと呼ばれる『月影の魔女』に頭を下げさせるなんて、一介の魔法使いには身に余りすぎる。
というか、激しい罪悪感に襲われる。
「ふふっ、本当にあなたは良い子ね。それで、アヴィス。あなたはこれからどうするの?」
そう言われて、ハッと気が付く。
そうだ、僕は元々魔導国家『セクリオン』に向かう途中で、この死鬼の森に入ったんだった。
「そうですね、とりあえずは『セクリオン』に向かおうと思います。あそこなら、『シリオス帝国』とは違って魔法に差別はありませんから」
「そう······この森を出て行くのね」
僕の言葉を受け、彼女は寂しそうな顔をする。
しかし少し考える素振りを見せた後、何か決意したような目で僕を見て言った。
「それなら、私も付いていっていいかしら?」
「えぇっ······!?」
突然の申し出に、驚愕に目を見開く僕。
彼女はこの死鬼の森で、ひっそりと暮らしていたはず。
その慣れ親しんだ生活を捨ててまで、僕に付いてくる価値があるのだろうか?
でもそんなことを考えている一方で、僕も彼女に付いてきてほしいというのが本音だった。
「本当に、良いんですか?」
「ええ、もちろん。この200年で世界がどう変わったのかも気になるしね。いわばこれもまあ知的好奇心よ」
確かに森で過ごしてきた彼女にとって、それは気になることだろう。
まあ、誰も『月影の魔女』が実在しているなんて思いも寄らないだろうし、彼女が外に出ても問題は無いか。
しかし、別の問題が生じる。
それは彼女が綺麗すぎるということだ。
絶対、ろくでもない男たちが彼女に言い寄ってくるはず。
それは、僕としてはあまり嬉しくない。
「ふふっ、大丈夫よ。そんなことは心配しなくてもいいわ」
「えっ!?もしかして、顔に出てました!?」
「いいえ、顔にではなく声に出ていたわよ?」
な、なんということだ。
無意識のうちに声に出していたなんて。
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
こんな失態を隠したくなった僕は、話題を変えようと彼女に質問をしてみる。
「え、えっと······だ、大丈夫とはどういう意味ですか?」
「慌てちゃって······可愛いわね」
「うぐっ······」
クスクスと笑う彼女に、何も言い返せない。
この人には嘘はつけないなぁ。
「話を戻すわね。大丈夫と言った理由だけど、私があなたの妻になればいいのよ」
「······はい?」
つ、妻?この人は何を言っているんだろう?
僕はあまりの突拍子もない発言に思考が停止し、呆然と彼女を見ることしか出来なかった。
「やだ、そんなまじまじと私を見て······は、恥ずかしいじゃない······」
そんな僕の視線を受け、頬を赤く染めてくねくねと悶える『月影の魔女』ルーナ。
あんなにクールだったのに、何故だか人格崩壊しているような気がする。
いや、そもそもこれが本来の彼女の姿なのかもしれない。
イメージが崩れたのはショックだけど。
「え、えっと······じ、冗談ですよね?」
「あら、私なにか間違えたこと言ったかしらら?下手に言い寄る男を相手にするより、私は人妻だと教えたほうが効果覿面よ?」
なんだか頭が痛くなってきた。
この人、知的そうに見えて全然そんなことはなかった。
まあ、200年も森の中に暮らしていたんだし、この世界のことを知らないのも無理はないか。
なら、僕が恩返しとして世界の常識を教えてあげるとしよう。
「あの······盛り上がっているところ悪いんですけど、それは多分逆効果になりますよ?」
「あら、どういうことかしら?」
「この世界、一夫多妻制です」
「······えっ?」
そう、この世界には一人の男が何人もの女性を妻に出来る制度がある。
つまり、簡単にハーレムが出来たりする。
だから、言い寄ってきた軟派な男に『私は人妻だ』と言っても、そんな言葉が通用しない。
「―――というわけなんです」
そのことを説明したが、彼女の目はさっきとまるで変わらなかった。
「ふぅん······そんな世界になっていたのね。うん、なら尚更この森から出なくちゃならないわ」
「な、何でですか?」
「知的好奇心よ。200年の間に世界は変わった。その世界を、私は知りたい。知り尽くしてみたいの」
「な、なるほど······」
さすがは魔女。知識は欲しいわけだ。
ただそれは人から聞いたものではなく、自分が直に見て知ることに意味があるのだろう。
僕も魔法使いの端くれだ、その気持ちは分かる。
分かるのだけど―――
「じゃあ、僕の妻でいる必要は無くない?」
別に知的好奇心を満たすためなら、僕が彼女の夫でいる必要性はまったくないはず。
しかし彼女は、「ふふっ」と意味深に笑った。
「果たして、そう断言出来るかしら?」
「ど、どういう意味です?」
「あなた、実は私に惚れているんじゃない?」
「ッ―――」
その言葉に、僕の心臓はドキッと鼓動した。
惚れている。確かにそうかもしれない。
こんな僕に優しくしてくれて、助けてくれて、褒めてくれる。
そんな彼女の心と容姿に惹かれていた。
あぁ、そうだ······僕を認めてくれたこの人に、僕は惚れてしまっている。
「で、でも僕たち今日初めて知り合ったんだし······」
「あら、時間なんて関係あるの?好きになるのに時間は必要無いわ。好いた惚れたは、自分の勝手。それを他人にとやかく言われる筋合いは無いんじゃない?」
「そ、それはそうかもしれないけど······」
「それとも······私が妻だと嫌かしら?」
泣きそうな顔をして、こちらを見つめてくるのは反則じゃないだろうか?
そんなことをされると、惚れた身としてはさすがに引けなくなる。
「い、嫌なわけ無いじゃないですか······す、好きな人が妻になったら、嬉しいに決まってますよ······」
「本当?なら、良かったわ。私も、あなたのこと好きだし、婚姻成立ね。これで私たちは、夫婦となったわ」
「は、はい······ん?」
今、さらりと聞き捨てならないことを言ったような気がする。
彼女が僕のことを好き?なんで?
僕は彼女に好かれるようなことは、何一つしていない気がするんだけど。
「それじゃあ、早速だけど旅の準備をしなくちゃね。アヴィス、あなたも手伝ってくれる?」
「えっ?えっと······わ、分かりました······」
「うふふっ、いわゆる初めての共同作業ね······あなた?」
色々聞きたいことがあったはずなのに、彼女のその一言でどうしようもなく嬉しくなり、どうでも良くなってしまった。
まあ、改めてちゃんと聞けばいいか。
こうして今日、幼馴染みたちから追放されて家族からも切り捨てられ、ギルドから見捨てられた僕は、自身の中に眠る『吸収魔法』を教えてもらった伝説の魔法使い、『月影の魔女』ルーナと婚姻を果たしたのだった。
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