第9話 『吸収魔法』の使い方
「嘘······私ですら、修得に半月はかかったのに······たった数分で、しかもぶっつけ本番で成功するなんて······」
驚愕に目を見開き、唖然と僕を見る『月影の魔女』ルーナ。
その言い方だと、僕が『月影の魔女』より早く確実にこの無詠唱を修得したように聞こえるのだが、気のせいだろうか?
「凄いわ、あなた······才能があるわ」
「えっ?」
どうやら、気のせいではなかった。
僕みたいな『無能』魔法使いに才能があるだって?
誰も、そんなこと言ってはくれなかったのに。
「あなたに足りないものは、自信よ。それさえ持てれば、あなたは私を遥かに凌駕する実力を持てるわ」
「そ、そんなこと······」
「本当のことよ。だから自信を持ちなさい。ただし、自分の力に溺れないことよ。自信と驕りは違うわ」
確かに、彼女の言う通りだ。
自分の力に自信を持つことは大事だけど、それを決して過信してはならない。
驕り高ぶった者は、いずれ破滅の道を歩む。
そう考えれば、『栄光の支配』のメンバーたちや姉さんたちにもいずれ自滅が来るのだろうか?
まあ、今となっては僕には関係ないけど。
「あなたは、決して自分の力に酔わないこと。いいわね?」
「······はい!」
「ふふっ、良い返事ね」
『月影の魔女』の忠告を受け、僕は素直にそれを受け取った。
すると、ゆっくり動いていた這竜の爪が僕らに襲いかかってくるのを黙視して僕らは後ろへ跳んで回避をする。
「さて、それじゃあ無詠唱を修得したから、次は本格的に『吸収魔法』について説明するわね」
「はい、お願いします」
「まず、『吸収魔法』はあらゆるものを吸収することから、防御魔法と位置付けられているわ。でも、違う。さっきも言った通り、『吸収魔法』は剣にも盾にもなるの。まず、その盾の使い方からね」
そう言うと、『伝説の魔女』ルーナは右手で指を鳴らすと同時に、竜を縛っていたであろう闇の鎖の一本を動かした。
あれだけ何本もある闇の鎖を一本だけ巧みに動かすなんて、なんという正確なコントロールと魔力の操作だ。
やはり凄い、『月影の魔女』の名は伊達じゃない。
「今から私がこの鎖で、あなたを攻撃します。なので、あなたは『吸収魔法』で防ぎなさい」
「······はい?」
「よし、じゃあ行くわよ?」
いや、待って!
今のは疑問の返事で、肯定の意味で言ったわけじゃないんだけど!?
しかしそれを言う間も無く、彼女は鎖を僕に向けて放ってきた。
「うわぁっ······!?」
いきなりの攻撃に、僕は慌ててしゃがんで回避行動を取る。
鎖は僕の頭を掠め、背後の森林を薙ぎ倒す。
なんて威力だ。あれが当たっていたとなると、ゾッとする。
多分あれは本来攻撃用ではなく、相手を拘束するものだ。
「避けてはダメよ。あなたの魔法で対処しなくては、魔法の訓練にならないわ」
「い、いやいや!無理ですよ!僕の魔法で、あれを防御出来るわけが······!」
「出来なくば死ぬわよ?」
彼女はそう言い、再び鎖を僕に向けて放った。
どうする?また避けてもいいが、それでは根本的な解決にはならない。
彼女は言った。僕の中に眠る『吸収魔法』は剣にも盾にもなると。
ならば、盾として使わせてもらおう······!
「ッ―――!」
僕は迫り来る鎖に、右手を前に突き出した。
イメージだ、イメージをするんだ。
『吸収魔法』は、あらゆるものを吸収する。
ならば、この鎖も吸収出来るのでは?
鎖を右手に吸い込むイメージをする。
すると右手に魔法陣が起動し、僕に放たれた鎖は僕の中へと吸い込まれて消えた。
「えっ······?出来、た······?」
「ふふっ、おめでとう。あなたは『吸収魔法』の盾の部分、『
『吸収』。それが盾の力となる技。
これが、あらゆるものを吸収する力なのか?
自分の手を見るも、見た目に変化は無い。
だが、さっきまでと明らかに違う点があった。
「な、なんだこの魔力······!?」
鎖を吸収してから、僕の中から膨大な魔力が溢れ出してきたのだ。
これは、僕の魔力じゃない。まさか―――
「気付いたようね。そう、それは私の魔力。魔法は魔力によって形成されたものだから、吸い込めば当然私の魔力が奪われたことになるわ」
やはりこの魔力は、彼女のものか。
たった一本の鎖なのに、なんて濃密度の高い魔力だ。
しかもまだ這竜を縛る鎖はたくさんあるので、本当に彼女は規格外の存在ということが改めて思い知らされる。
「じゃあ、次ね。『吸収魔法』はただ守るためのものじゃないわ。次は剣の部分よ。これには、二つの使い方があるの。その一つは、その魔力で自身を強化出来るわ。試してみなさい」
『強化魔法』は、一般的に知られている魔法の一つだ。
僕はそれを会得していないし、『
「ふふっ、大丈夫よ。強化が出来るのは、その『吸収魔法』の技の一つなの。『強化魔法』とはベクトルが違うわ」
また心を読まれた。
本当に読心魔法を使っていないんだよね?
しかし、強化か。これもイメージで出来るのだろうか?
「強化は魔力で身体を覆うことで、初めてその力が発揮されるの」
魔力で身体を覆う。そのイメージをしてみる。
すると、淡い光が僕の身体全体を包んだ。
まさか、これが強化?
「そう、それが『吸収魔法』で魔力を吸い取ることで発動する技の一つ、『
「な、殴る······!?」
「ええ、物は試しよ。やってみれば分かるわ」
竜を殴る魔法使いだなんて聞いたことがない。
殴って戦う職業といえば、拳闘士か格闘家くらいなものだ。
でもこの魔力で強化されたなら、もしかしたら少しはダメージを負わせることが出来るかもしれない。
僕は深呼吸し、竜に向かって駆け出す。
「えっ······!?」
瞬間、僕は驚いた。
少し走る程度なのに、いつの間にか僕は竜の前まで接近していた。
まるで瞬間移動したような感覚だが、本能的に理解する。
身体全体が強化されたことで、僕の脚力が尋常ではないスピードを生んだのだと。
これなら、もしかしてやれるかもしれない。
「う、おぉおおおっ······!」
僕は脚力に任せ、ジャンプをする。
やはりそのジャンプ力も強化されており、竜の頭を軽々越えてしまった。
そして僕は力の限り、竜の頭に向けて拳を放つ。
『GUOOOOOO······!』
僕の拳がヒットし、這竜は悲鳴をあげながら頭を地面に打ち付けた。
拳が当たった箇所からは、血が滴っている。
「す、凄い······僕の拳が竜に通じた······」
「ふふっ、まあまあね。初めてだし、こんなものかな?体術も教えなくちゃダメね。それじゃあ、もう一つの剣となる技を教えるわ。これが『吸収魔法』のとっておきよ」
『月影の魔女』が僕にそう言う中、殴られた這竜が僕たちに向けて大きく口を開いた。
「ッ―――ま、まさかあれはブレス!?」
「あら、どうやらあなたに殴られたことが奴のプライドも傷付けたようね。最後の訓練はあの竜にしてもらう予定だったし、丁度良いわ。アヴィス、竜のブレスを吸収しなさい」
「えっ······!?ブ、ブレスを······!?」
「ええ。私の魔法を吸収出来た今のあなたなら、余裕でイケるわ」
そうは言うが、魔力密度が高くても鎖は吸い込めるほどの大きさだったのに対し、竜のブレスは広範囲型攻撃だ。
いくらあらゆるものを吸い込めるとはいえ、さすがに範囲がでかすぎるのでは?
そんな思いを込めて『月影の魔女』を見ると、彼女は笑顔を僕に向けた。
「大丈夫、私を信じなさい」
その笑顔で、僕の不安がかき消えた。
彼女の言葉で、勇気付けられる。
そうだ、僕に出来ることはただ一つ。
僕を信じてくれる彼女を信じて、全力を尽くすのみだ。
覚悟を決めて這竜の前に立つと、竜はブレスを吐いてきた。
ブレス自体には鎖が無いため、本来のスピードと威力が襲ってくる。
しかし僕は、さっきと同じように右手を前に突き出して呟く。
「―――『
さっきの鎖を吸い込んだ時と同様、竜のブレスは全て僕の右手に吸い込まれていった。
凄い、あれだけのブレスを瞬時に全て吸い込むなんて。
しかし先程と違うのは、竜のブレスは魔力を帯びない純粋な攻撃のため、僕の中に魔力が満ちないことだけだった。
「上手く吸い込めたわね。その吸い込んだ力を 無へ返す技、『
「は、はい······」
『消失』。それもまた盾の技の一つだろう。
無へと返す技。なんだか恐ろしいな。
「吸い込んだ右手とは反対の左手を前に突き出して、竜のブレスを出すイメージをしなさい。相手の攻撃をそのまま返す技、それが『
「は、はい······!」
相手の攻撃をそのまま返すイメージ。
右手に吸い込んだブレスを、左手から放出させるイメージを作り出す。
「―――『
すると左手に魔法陣が現れ、先程吸い込んだ竜のブレスがそのまま這竜に向けて放たれた。
『GYAAAAAAAAAAAA······!』
さすがの這竜でも自身が出した攻撃には耐えられなかったのか、自らのブレスを喰らって地に倒れ伏す。
「も、もしかして僕······竜に勝った······?」
「やったわね、見事よ!」
「うわっ······!?」
勝ったことに信じられず呆然とする僕に、彼女は笑顔で抱きついてきた。
恥ずかしいが、今はそれよりも勝利した優越感と達成感に心が震えていた。
凄い、これが『吸収魔法』。
僕の中に眠っていた、本当の力か。
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