第8話  無詠唱魔法を習得する




僕は今、闇の鎖で縛られた這竜を前にして、『月影の魔女』ルーナに指導を受けている。

この光景を見れば、誰しも『なんだ、その状況は!?』と突っ込むだろう。

そりゃあ、そうだ。

僕だって、今更ながら信じられないほどだ。




「さて、一通りあなたの『七属性魔法』全てを見せてもらったわけだけど······」


「は、はい······」




一応、這竜にダメージを入れることは出来たが、いかんせん威力が弱すぎて微々たるものだ。

その証拠に、今は鎖で縛られた状態だが、這竜の僕に向ける殺気と威圧は先程から微塵も変わっていない。

その迫力に逃げ出したくなるが、彼女が居てくれるおかげでなんとか堪えている。




「あなたの魔法、何故初級魔法しか撃てないんだと思う?」


「えっ······?そ、それは······七属性を扱える『容量キャパシティ』が無いから······ですか?」


「あら、ちゃんと私の言ったこと覚えてるのね?偉い偉い」




『月影の魔女』ルーナは優しく微笑むと、僕の頭を撫でた。

なんだか子供扱いされているようで少し癪だけど、なんだかとても嬉しい。

誰かにこんな風に認められたのなんて、『あの人』以来だ。




「それでも私の『鑑定』によれば、あなたは『七属性魔法』を操るだけの『容量』はあるの。この膨大な容量は、おそらく私以上よ」


「そ、そんなこと······」


「いいえ、これは事実よ。あなたの『容量』なら、『七属性魔法』を全て上級以上まで使えるはず。それが使えない理由、分かるかしら?」


「······もしかして、それが『吸収魔法』と何か関係が······?」


「ふふっ、正解よ。本当にあなたは察しが良くて助かるわ。良い子良い子」




また撫でられた。本当に恥ずかしい。

だけど、この温もりは好きだ。




「じゃあ、本格的にあなたの『吸収魔法』について教えるわね?」


「は、はい······」


「『吸収魔法』はその名を示す通り、あらゆるものを吸収してしまう魔法よ」


「あ、あらゆるものを?」


「そう、この世全てのものを吸収してしまう、非常に強力で、でもとても恐ろしい魔法なの」




それを聞いて、僕は恐怖した。

この世の全てを吸収してしまう―――それはつまり、人間すらもその対象に成りかねないということだ。

僕は自分の魔法を人に向けて撃ちたくない。

例えどんな悪党が相手だろうと、相手は僕と同じ人間なのだから。




「ふふっ、誰かを殺したくない?」


「うっ······も、もしかして読心魔法でも使ってるんですか?」


「言ったでしょう?私が使えるのは『時間』、『光』、『闇』の魔法だけよ。そんなの使わなくても、あなたの顔を見れば分かるわ」




そんなに僕は顔に出やすいのだろうか?

全て見透かされているようで、かなり恥ずかしい。




「大丈夫よ。『吸収魔法』は確かに恐ろしいけど、あなたがちゃんと使いこなすことが出来ればそれはあなたの強き剣にも盾にもなるから」


「そう······ですか?僕なんかに、そんな強大な魔法を扱いきれるんでしょうか?」


「やる前に諦めないで。あなたは『無能』や『劣等』なんかじゃないわ。この私が認めた男は、そんなチャチな称号を与えられていい人間じゃないの。だから勇気と覚悟を持って、私の期待に応えなさい、アヴィス」




何故だろう、彼女の言葉は他の誰よりも暖かくて、僕が欲しい言葉を言ってくれる。

彼女の目は、僕を信じ切っている目だ。

ならば、僕も彼女の言葉を信じてやるだけのことはやらなくてはならない。

それが僕を認めてくれた彼女への恩返しだ!




「分かりました、やってみせます!」


「ふふっ、良い返事ね。じゃあ、さっきの話の続きね?『吸収魔法』は、確かにあらゆるものを吸収する。それは魔法とて例外じゃないわ」


「つ、つまり······?」


「他の『七属性魔法』を初級し扱えない理由。それは、あなたの『吸収魔法』が無意識に他の属性の魔力を吸っているからなの」


「ほ、他の魔法の魔力を吸っている?」


「詳しく説明するわね?」




『月影の魔女』ルーナが言うには、魔法を使うには魔力を有するのが前提条件らしい。

まあ、そこは誰もが知っていることだ。

別に驚きもしない。

だけど、僕の『吸収魔法』は勝手に自身が扱う魔法の魔力を吸収してしまっているのだという説明には心底驚いてしまった。




「じゃ、じゃあ······僕が初級魔法しか使えなかった理由って······!」


「ええ。中級以上を扱うだけの魔力を、あなた自身が吸収していたからなの」




そんなことがあり得るのだろうか?

僕自身の手で、自分の中級以上の魔法を殺していたということだ。

それを自分の無力さだと誤解して諦めていた。

なんて滑稽な話だ。

僕は本当に『無能』じゃないか。




「けど、そんなに悲観することじゃないわ。それは、あなたの『吸収魔法』が強力過ぎる証拠なんだから」


「そうですか······?」


「うーん、あなたはどうも自信が無いというか、自分を過小評価し過ぎよね······じゃあ、まずは魔法の基本的なことから教えるわね?」




彼女はそう言うと、指を鳴らした。

と同時に、這竜を縛っていた鎖が解かれた。




「ちょっ、何してるんですか!?」


「何って······言ったじゃない、これはあなたの練習相手よ?死ぬ気でやらないと、あなたの為にすらならないわ」




この人、本当にスパルタだ!

けど、彼女は本気で僕を鍛えようとしている。

その熱意だけは、ちゃんと伝わってくる。




「大丈夫よ、動きは制限しているから。証拠にほら、行動がゆっくりだわ」


「た、確かに······」




落ち着いて良く見れば、這竜の手足と口には鎖でしっかりと縛られていて、こちらに向かってくるスピードが物凄く遅い。

これなら、落ち着いてやれそうだ。



「あなたは聡い子だから、私の言う通りにすればきっと成功するわ。だから自信を持って相対しなさい」


「は、はい······!」


「まずは本当に基本的なことからね。あなた、詠唱を唱えていたでしょう?あれは止めなさい、時間効率が悪すぎるわ。そんなの唱えてる間にやられちゃうわよ」


「そ、そんなこと言われても無理ですよ!?」




魔法を使うには、詠唱を必要とする。

それは世界一般常識であり、覆ることはない。

あ、違った。例外が居たか。

目の前の『月影の魔女』という特例が。

彼女はあらゆる魔法を詠唱無しで、どんどんと使っていた。

いや、しかし―――




「普通、詠唱破棄なんて出来ませんよ!?」


「あら、あなたは普通じゃないから出来るわよ。安心しなさい」




何を安心しろというのだろう。

あと、普通じゃないと言われたら少し傷付く。

僕、普通の人間なんだけどなぁ。

今だって、伝説の魔法『吸収魔法』が自分の中にあるなんて信じられないくらいだし。




「大丈夫。私の言う通りにしなさい」


「······はい」


「まず、心を空っぽにしなさい。無にするの。雑念や余計な感情が入ったら、魔法そのものが稚拙なものになるわ」




僕は目を閉じた。

心を無にする。それは簡単だった。

日々虐げられてきた日々に僕が何故怒り狂わないのか、それは何を言われても我慢出来るように自身の感情を無にしてきたからだ。

だから、心を無にすることなんて容易い。




「次に大切なのは、イメージよ。魔法を頭の中で想像するの。そして、それを飛ばすイメージを頭の中に浮かべなさい」




イメージ。魔法を頭でイメージする。

そんなこと考えたことも無かった。

魔法は詠唱すれば発動する。

それが常識だと思っていた。

だけど、そうじゃない。

彼女は俺に、魔法の根底を覆す奇跡を見せてくれた。

常識が常識ではなくなった。

彼女は僕に言ってくれた、『あなたなら出来る』と。

ならば僕はその言葉を信じ、期待に応えるために頑張るだけだ。




「力んじゃダメよ?もっとリラックスしなさい。誰も一回で修得しろだなんて言ってないわ。自分のペースでやればいいの」


「······はい」




そうだ、焦っては事を仕損じる。

今一度、心を無にする。そしてイメージだ。

荒ぶる火が球体を作って飛ぶイメージをする。




「ッ―――」




なんだか手が熱い。だけど、火は出ていない。

もっとだ。もっとイメージを固めるんだ。

どんな火だ?どんな熱さだ?どんな形だ?

どんな速さで撃てばいい?

それら全てをイメージするんだ。


気が付くと僕は魔法陣を起動させ、右手を前に出して呟いていた。




「―――『炎球フレイムボール』」




すると、イメージ通りの炎の球が出現し、這竜に向かって飛んで命中した。

それは本当に微々たるダメージだが、そんなことは気にしなかった。

それよりも―――




「で、出来た······む、無詠唱魔法が使えた······」




信じられなかった。

『無能』だ『劣等』だの言われて、それでも努力してきたのに報われなかった僕が、不可能とされていた無詠唱魔法を放つなんて誰が想像出来ようか。

不信感と達成感が入り交じる感想を抱きながら、僕は『月影の魔女』ルーナに目を向けると

彼女は何故か目を見開いていた。




「嘘······私ですら、修得に半月はかかったのに······たった数分で、しかもぶっつけ本番で成功するなんて······」




······んん?僕、なんかやっちゃいました?




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