第7話  スパルタな練習開始




「あなたの魔法はね、『吸収魔法』よ」




目の前の椅子に座る白銀長髪の美女、『月影の魔女』ルーナがそう言った。




「き、『吸収魔法』······?」




その名の魔法は初めて聞いた。

僕は昔から魔法には興味があったので、国立の魔法図書館に通って魔法について研究を重ねていた。

だから、一部の魔法(『月影の魔女』ルーナが見せた魔法)以外は、修得出来ないにせよほぼ全て熟知している。

にも関わらず、僕の知らない魔法が自身の中に眠っていたという事実に驚きを隠せない。




「あ、あの······それって、どんな魔法なんですか······?」


「えっ······?もしかして、この魔法が何なのか知らないの?」




訊ねると、逆に驚かれた。

そんなに有名な魔法なのだろうか?

僕の見聞も、またまだである。

だから無能なんて呼ばれるのだろう。




「いいわ。じゃあ、実戦も兼ねて教えてあげる。あなたの実力も知りたいしね」


「えっ?いいんですか!?」




きっかけがどうであれ、伝説の魔法使いと謳われた『月影の魔女』に教授していただけるのは、世界中の魔法使いにとってこの上なく最高の待遇と幸運だ。




「ええ、もちろん。そうね、ここでは狭すぎるし、表に出ましょうか」


「は、はい······!」




『伝説の魔女』ルーナに連れられ、外に出る。




「さて、アヴィス。あなたは『八属性所有者エイスコレクター』というのは、自分でも理解したわよね?」


「は、はい······」




素直に頷くが、今でも信じられない。

僕が普通だと思っていた『七属性所有者セブンスコレクター』が、実は世界でも珍しいらしく、さらにその上の『八属性所有者エイスコレクター』は世界でただ僕一人だけという説明を彼女から受けても、未だに他人事のように聞こえてくる。

シリオス帝国では『無能』『劣等』と呼ばれ、忌み嫌われてきた僕は、そんな大層なものじゃないと思う。

だけど、彼女の言葉は何故か信じられた




「ではまず、あなたの今の実力を知るために、あなたの七属性魔法を全て見せてちょうだい」


「す、全てですか······?」


「ええ、全てよ。じゃないと、あなたの実力を測りきれないわ」




確かにそうかもしれないけど、この伝説の魔法使いと呼ばれた彼女の前で、初級魔法しか使えない僕の実力を見せるのは恥ずかしい。

だけど、わざわざ僕のために教えてくれるんだから、我が儘は言っていられない。




「分かりました」


「ふふっ、良い返事ね。それじゃあ、ちょっと待っていなさい。―――『空間飛翔ディメンションルーラ』」




『月影の魔女』ルーナが笑いながら魔法を唱えると、瞬時にその姿を消してしまった。

またあの転移魔法だ。

詠唱破棄といい、伝説の魔法を息をするかのように使うといい、やはり『月影の魔女』の実力は底知れない。

そんな彼女より、僕のほうが実力が上だなんてやはり信じられない。

そんなことを思っていると、僕の目の前に再び彼女が現れた。




「うわっ······!?」


「お待たせ、アヴィス······って、どうしたの?」


「い、いや······いきなり目の前に現れたら、誰だって驚きますよ······転移魔法だなんて、僕以外の誰も信じられない魔法ですし······」


「ふぅん······私が森に住んで200年の間に、随分と魔法は衰退しちゃったのね」




なんだか寂しそうに呟く彼女。

もしかして、彼女もまた魔法が好きで魔法使いになったのかもしれない。

だとしたら、現代の魔法を見せたら余計に悲しむのではないのだろうか?

そう思うと、なんだかやるせなくなってくる。




「そんな悲しい顔をしなくてもいいの。これは、仕方のないことなんだから」




彼女は笑いながらそう言い、僕の頭を優しく撫でた。

あれ?僕、もしかして顔に出てた?

申し訳なさと恥ずかしさで見上げることが出来ずにいると、どこか遠くから音がしてきた。

それは時なりのように地面が響き、近付いてくる度に大きくなっていく。

な、なんだか嫌な予感がするな······。




「え、なに?この音······足音?」


「あら、意外に早かったわね」


「は、早かった······?も、もしかしてさっき消えたのは······」


「やはり察しが良いのね。そう、あなたの練習相手を連れてきたのよ」




そう言って彼女が指差す方向には、木々を薙ぎ倒して迫ってくる黒い竜の姿があった。




「あ、あれはまさか『這竜リムドラ』!?」




這竜リムドラ』は、その名の通り翼は無い地面を這うだけの竜で、先程の『混沌竜カオス・ドラゴン』に比べれば体格も小さい。

だが、それでもAランクの魔物であり、同じAランク冒険者でも一撃で死んでしまうほどの攻撃力と、並々ならぬ防御力を誇る。

そんな化け物をFランクである僕の練習相手に選ぶなんて何を考えているんだ、この人は!?




「ちょ、『月影の魔女』さん!?さすがにこれが相手だと、僕死ぬんですけど!?」


「大丈夫よ、そうなる前に私が助けてあげるから安心しなさい」


「何一つ安心出来ないんですけど!?そもそもなんでアレが相手なんですか!?」


「えっ?君に全力を出してもらうためだけど?」




きょとんとした顔で、さも当然のように答える魔女ルーナ。

そんなことのために、あんなものを連れてきたのかと思うと少々呆れる。

というか、どうやってあんな奴を連れてきたのだろう?




「ほら、人間は死という絶望を前にすると、生きるために全力を出しやすいでしょう?それに、人は死に瀕した時には思いがけぬ力を発揮することもある。火事場の馬鹿力というやつね」




『伝説の魔女』ルーナは、スパルタだった!

とても満面な笑顔で、親指を立てている。

期待しているところ悪いんだけど、僕程度の力では傷一つ付きません。

だけど、彼女はヤバいときには助けてくれると言った。

なら、その言葉を信じて全力を出すまでだ。

それに、美人に良いところを見せたいのは、男として当然のことだ。

覚悟を決めろ、アヴィス・クローデット!




「分かりました、やってみます!」


「ええ、見せてちょうだい」




僕は迫り来る這竜に向き直ると、魔法陣を展開させる。

彼女の言う通り、全力でやってやる!




「風よ、我が敵を切り裂く刃となれ!『風刃ウインドエッジ』!」




風の刃が這竜に向かって飛んで命中するも、想像通り無傷だった。

だが、それは想定内。

全力を出すと約束した以上、僕の全部を見せてやる。




「雷よ、我が敵に衝撃を!『雷撃サンダーショック』!」




手から雷が迸り、這竜に直撃する。

しかしまったく効いていない。




「土よ、射抜く槍となれ!『土槍アースランス』!』




地面なら土で出来た槍を召喚し、這竜を貫かんと飛ばす。

だが、これも貫けずに槍のほうがボロボロに砕け散った。

やはり一筋縄ではいかない防御力だ。

このまま全ての魔法をぶつけたところで、傷一つ付けることすら困難だろう。

ならば、どうする?生き抜くためには、何をすればいい?

決まっている、頭を使えばいいだけだ。

這って来る竜に、僕は再度手を掲げて唱える。




「光よ、我が道を照らせ!『閃光フラッシュ』!」




竜の目の前に瞬く光を発生させると、這竜は動きを止めて目を閉じた。




「へぇ、普通は洞窟とか夜を照らすために使う『閃光フラッシュ』を目眩ましに使ったのね?」




感心したような声が背後から聞こえるが、これはただ動きを一瞬だけ止めるものだ。

だが、その一瞬の隙を僕は見逃さない。




「今だ!闇よ、辺りを黒く染め上げよ!『闇煙ダークフォッグ』!」




僕を中心として、周囲に黒い煙が広がる。

前回、僕はこれを逃げるために使用したが、今回は這竜の視界を完全に奪うために使う。

僕の目論み通り、奴は僕を見付けられないでいる。

地面を這うだけの竜で空は飛べないため、翼を使うことは出来ない。

おかげで煙幕はどんどん広がり、這竜の周囲を覆う。

ここで、一気に勝負をかける!




「ここだ!炎よ、球体となりて敵を撃て!『炎球フレイムボール』!」




僕の手から炎の球体が放たれ、這竜の頭にヒットする。

しかし、焦げすら付かない。

それでも、僕は諦めない。




「まだまだぁ!」




僕は居場所を特定されないよう移動しながら、連続で『炎球フレイムボール』を竜の頭に向けて放ち続ける。

その攻撃にさすがに頭に来たのか、這竜は尻尾を振り回した。

その攻撃は木々を軽々薙ぎ倒し、僕に迫る。

しかしそれをギリギリのところで伏せて回避し、僕は詠唱を開始する。

上手く行けば、これでダメージを負わせることが出来るはずだ。




「これならどうだ!?水よ、敵を撃ち抜く弾丸となれ!『水弾ウォーターバレット』!」




手から水の弾丸がいくつも発射され、這竜の頭に当たる。

普通ならこれもノーダメージのはずだが、這竜の頭から血が流れて悲鳴の咆哮を上げる。




「やった!ダメージが通った!」




作戦が通用したことで、思わずボクはガッツポーズをする。




「ふぅん、なるほど。『ヒートショック現象』を狙ったのね?」




煙で見えないはずなのだが、分かっている辺りさすが『月影の魔女』と言わざるを得ない。

そう、ヒートショックは、急激な温度差によって物が割れたりする現象だ。

それを狙い、僕は炎で竜を加熱させ、水で一気に冷やしたことで竜の硬い鱗から血が出るほどのダメージを負わせた。

倒すまではいかないにしろ、これで一矢報いたはず。

しかし這竜にとっては微々たるダメージで、人間に傷を付けられたことで怒り狂い、爪や尻尾で辺りを闇雲に攻撃し始めた。




「―――『闇呪鎖ダークジェイル』」




その攻撃が僕に当たる直前、『月影の魔女』ルーナが僕の前に現れ、魔法陣から何本もの黒い鎖が這竜を捕らえた。

這竜はピクリともせず、ただ大人しく鎖で縛られ捕まっている。

さすがは伝説の魔法使いだ。





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