第6話  『八属性魔法所有者』




「あぁ、そういえば私の自己紹介がまだだったわね。それじゃあ、改めまして。私はこの死鬼の森に住む、『月影の魔女ルーナ』よ」




彼女は、確かにそう言った。

その名前を聞いて、僕は驚愕した。




「つ、『月影の魔女』······だって······!?」


「あら、知っているの?」


「し、知っているも何も······!」




その二つ名は、この世界の住人なら誰もが熟知しているほど有名なものだ。

『月影の魔女』。

そう呼ばれるものはこの世全ての知識を有し、彼女が持つ魔法は大賢者と呼ばれる者よりも圧倒的で、世界最強と呼ばれるほど。

しかしその姿を見た者は無く、今や物語としてその名は語り継がれている。




「あ、あなたが······!?本当に!?」


「あら、信じられないといった顔ね?」


「ッ······そ、それは、まあ······」




彼女の言う通り、まるで信じられなかった。

何故ならその『月影の魔女』伝説は、200年と前の遠い過去の話で、仮に生きていたとしてもその人はかなりの年齢のはず。

なのに目の前のルーナと名乗った女性は、どう見ても明らかに20代だ。

だけど、僕は彼女が『月影の魔女』だと認めつつあった。

竜を単独で屠る実力、見たこともない魔法。

転移魔法やそれらの魔法を詠唱破棄するなんて場面を見たら、信じたくなくても信じざるを得ないからだ。




「本当に、あなたが『月影の魔女』なんですか?そんなに若いのに······」


「ふふっ、そうよ?私、これでも220歳なんだから」


「220歳!?そ、そんな風にはとても······」


「そんなの、『不老の魔法』を使えばいいだけじゃない。簡単なことよ」


「ふ、不老の魔法!?」




さらっと彼女は言ったが、『不老の魔法』もまた伝説とさえ呼ばれつつある魔法の一つだ。

自身の現在時間を固定することでそれは為されるらしいが、あくまでも理論であり歴代の魔法使いたちが研究してもその境地に辿り着けなかった。

ということは、やはり彼女こそが『月影の魔女』なのか······?




「信じられないって顔ね。じゃあ、あなたには特別に見せてあげる」




そう言うと、『月影の魔女』ルーナさんは机に置いてあるお茶の入ったコップを掴むと、おもむろに逆さにひっくり返した。

当然、コップに入ったお茶は地面に溢れていく。




「な、何して―――」


「―――『時間停止クロノアルター』」




彼女がまたも詠唱破棄して魔法陣を起動させると、あり得ない現象が僕の目に映った。

なんと、溢れたお茶が地面に付かずにその場でと止まっていた。




「なっ······!?こ、これは······!?」


「ふふふ、驚くのはまだ早いわ。見ていなさいね?―――『時間逆行クロノリバース』」




再びルーナさんが魔法を唱えると、次は空中で止まっていたお茶が瞬時にコップの中へ戻っていった。

僕はその光景を見て、開いた口が塞がらなかった。




「ま、まさか······『時間魔法』!?」


「ふふっ、正解。やっぱり頭が良いのね、君」




その言葉は、もはや皮肉にしか聞こえない。

『時間魔法』。

この世界を作り出したと言われている『原初の魔法』と呼ばれる伝説の魔法の一つで、さっきの『不老の魔法』もこの魔法の応用で出来たものだとされている。

その『時間魔法』は、『月影の魔女』が最も得意としていた魔法だとされている。

もはや、疑う余地は何処にもない。




「ほ、本当にあなたが『月影の魔女』だったんですね······」


「最初からそう言ってるじゃない。信じてもらえなかったのは、ちょっとショックだわ」


「いや、普通は信じられませんよ。あなたは、今や伝説と呼ばれている存在なんですからね······」


「伝説、ねぇ······そんな大層なものじゃないけどね」




そんな謙遜を言っているが、実際は本当に大層なものである。

無能と呼ばれた弱小魔法使いの僕が、気安く話をしていい存在じゃない。




アヴィス」


「ぼ、僕······?」




僕は、今度は耳を疑った。

伝説の存在が、自分よりも僕のほうが上だと言っているように聞こえたのだが、気のせいだよね?




「あ、あはは······ルーナさん、随分と面白い冗談を言うんですね?」


「冗談?」


「僕みたいな無能魔法使いが、あなたより上なわけないでしょう?」




そう自虐的に言うと、ルーナさんは困ったように「はぁ~」と大きく溜め息を吐いた。

なんだ?僕、間違ったこと言ったかな?




「さっきも言ったように、あなたは無能じゃないわ、アヴィス。あなたのその力は私以上なのよ」


「へっ?い、いやいや、冗談キツいですって。僕、あの竜に傷一つすら付けることが出来なかったんですよ?それどころか、初級魔法しか使えないのに······」


「······なるほど、そういうことね」




僕の言葉を聞き、ルーナさんは納得したように腕を組んで目を閉じた。





「へっ?い、いや、知ってますけど······」




何を言うんだ、この人は?

自分の魔法を知らないだって?

知っているに決まっている。

だって、僕のこの魔法は努力して得たものなのだから。

しかし彼女の目は確信めいた色を宿しており、「いいえ」と首を横に振った。




「おそらくあなたは、自分の本当の魔法を知らないの」


「僕の······本当の魔法······?」




なんだ、それは?訳が分からない。

本当の魔法ってなんだ?




「アヴィス。あなたは今、習得している魔法は言える?」


「は、はぁ······え、えっと、火、水、風、土、雷、光、闇······ですけど」


「······やっぱりね。あなたの本当の魔法はそれらじゃないわ。なのに、それだけの魔法を覚えているなんて······私より規格外よ」


「き、規格外······?」



伝説の魔女に、呆れられながら規格外なんて言われるなんて思わなかった。

僕の本当の魔法とやらは、この七つの属性じゃないのか?




「当たり前よ。『七属性所有者セブンスコレクター』というのも珍しいのに、その上の『八属性所有者エイスコレクター』だなんて。私ですら、三属性しか操れないのよ?」


「······えっ?」




その言葉を聞き、また僕は唖然とする。

普通、魔法を扱える人間は属性は原則一つと決まっており、それを高めることで魔法の真髄を極めていくものである。

『零氷の女帝』と言われている姉さんが良い例だ。ちなみに姉さんは氷魔法を上級まで扱えることが出来る。

対して僕は、幼い頃に火魔法を修得したものの何故か初級魔法しか覚えることが出来なかった。

だからせめて役に立てればと努力を重ね、七つの属性を獲得した。


だけど、彼女の話が本当ならばその事実は根底から覆されることになる。




「君も薄々は気が付いてるだろうけど、魔法を扱える人間には皆、『容量キャパシティ』というのが存在するの。この容量は増やすことは出来ないため、魔法は一つしか覚えられないのが原則」


「『容量』······」


「だけど、私のように『容量』が桁外れの場合、稀に二つ以上の魔法を最大限まで扱える人間が現れる。あなたの場合は、その本当の魔法を既に修得している状態で、七つの魔法をさらに修得出来ちゃったほど『容量』が化け物並みなのよ」




伝説の魔女に化け物なんて言われたよ、僕。

でも、そっか。これで納得した。

何故どんなに努力を重ねても、中級以上の魔法を修得出来なかったのか。

それは中級魔法を覚えられないほど、僕の『容量』が限界を越えていたからだ。

そりゃあそうか。八つの魔法を覚えていて、さらに全てを極められるわけがない。

それが出来たら、神と呼ぶに相応しい存在だ。




「な、なんだか納得しました。でも僕、本当の魔法とやらを修得した覚えはありませんよ?」


「そこは、私も『鑑定』で調べた時かずっと引っ掛かっていたわ。あんな魔法、私ですら修得不可能だったのに、あなたみたいな子供が修得出来ているなんて信じられないもの」




あぁ、それであの時、妙に驚いていたんだ。

しかし、『月影の魔女』すら覚えられなかった魔法が、僕の中に眠っているとはこちらも驚くべきことだ。

そんなの、いつの間に覚えていたんだろう?

全然、記憶に無いんだけどなぁ······。




「あの、ルーナさん。ちなみになんですが、僕が持っている本当の魔法って一体······?」


「あぁ、そうね。自分ですら知らなかったようだから教えてあげる。心して聞きなさい」




そこまで言うからには、よほどの魔法なのだろう。

当然か、『月影の魔女』すら覚えられなかったのだから。

ということは、どれだけ凄い魔法が······?

僕は息を飲み、彼女の次の言葉を待った。




「あなたの魔法はね、『吸収魔法』よ」





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