第5話 月影の魔女 ルーナ
その一連の光景は、お伽噺そのものだった。
町を滅ぼせる邪黒竜の爪を片手で受け止め、ブレスを楽々防ぎ、見たことも聞いたこともない魔法で竜の動きを止めた上に軽々と屠る美女。
こんな場面、誰に話しても信じてはもらえないだろう。
ただし、当事者を除いてはだが。
「す、凄い······」
再び称賛の声が漏れた。
竜を討伐した美女は、その白銀の髪を揺らして僕に向き直る。
「さて、これでゆっくりと話が出来るわね······って、尻餅ついてどうしたの?」
「は、はは······あ、安心したら腰が抜けちゃって······」
「あら、可愛いわね。ふふっ」
誰だってこんな場面を見たら、腰を抜かすに決まっている。
竜を瞬殺する人間なんて、見たことがない。
もしや、この人は人間ではないのか?と思っていると、彼女は不思議そうに訊ねてきた。
「······あなた、私が怖くないの?」
「怖い······?どうして······?」
「だって、普通の人間は竜なんて屠れないわよ?それどころか傷を付けることすら難しい。誰だって、私の力を見れば恐怖を抱くはずなのに······どうして?」
気まずそうに僕から目を逸らして、小さい声で呟く美女。
僕の目には、その顔はどこか悲しげに映った。
(この人、もしかして······)
あぁ、そうか。そういうことか。
この人も、僕と同じなんだ。
彼女もまた、この世界に絶望している。
直感で、そう確信出来た。
「は、ははっ······」
「な、何が可笑しいの?」
「い、いえ、あなたに対して笑った訳じゃないんですけど······気に障ったなら謝ります、ごめんなさい」
そう、僕は別にこの人に対して笑った訳じゃない。
僕と同じ目をした人間が、こんなに出鱈目な強さを持っているこの不平等な世界に笑ったのだ。
神様は、なんて理不尽なんだろうと。
「そう、それなら別にいいの。それより、私はあなたと話がしたいのだけどいいかしら?」
「僕と話、ですか······?」
「あぁ、警戒しないで。あなたに何かするつもりはないわ、安心してちょうだい」
「はい、分かりました」
素直に頷くと、彼女はまたもきょとんと目を丸くした。
あんなに強いのに、なんだか可愛らしい反応ばかりする人だ。
「い、意外と素直なのね。それに、私の言葉を信じすぎてはいないかしら?」
「いや、僕を助けてくれた人にそんな失礼で恩知らずなことは出来ませんよ。それに、あなたの実力なら、僕なんて抵抗できずに殺せますしね。わざわざ話とかけつけて、何かする手間はいらないと思います」
「·········」
僕の言い分を最後まで聞いた美女はポカンと口を開いていたが、急に顔を崩して笑い始めた。
「ふっ、あはっ、あははははははははっ」
「えっ?何か可笑しなこと言いましたか!?」
今度は僕が聞くと彼女はひとしきり笑った後、何か吹っ切れたような笑顔を浮かべて返事を返す。
「いえ、ごめんなさい。あなたみたいな人が、そんなことを言うだなんて思ってもみなくてね······あなた、変わった人だわ」
どういう意味だろう?
それを訊ねようとする前に、美女は未だに尻餅を付いている僕に手を差し伸べてきた。
「あなたのこと、もっと知りたくなったわ。だから、場所を移して話さない?」
「は、はい······」
確かにこんな危険な森で、ゆっくり話なんか出来っこない。
まあ、竜すらソロで倒すこの人が居れば、怖いものなんてないけど。
それでも、もっと落ち着いた場所でこの人と話をしたい。
僕も、この人のことをもっと知りたいから。
だから、僕は迷うことなく彼女の手を取って立ち上がる。
「決まりね。それじゃあ、私の手は離さないでね?」
「えっ······?それってどういう······?」
「―――『
瞬間、僕らの足元に魔法陣が起動する。
そして気が付くと、僕の目の前の景色が一瞬で変わっていた。
いや、正確には見知らぬ場所に移動していた。
「こ、ここは······!?というか、今のはまさか『転移魔法』!?」
「あら、良く知っているわね。ふふっ、博識な子は好きよ」
『転移魔法』は、歴代に名を残す偉大な人物でさえ修得することはおろか、その構成も理論も解き明かせなかった伝説級の魔法の一つだ。
幻かと疑いたくなるほどだが、今こうして場所が変わっている点から信じざるを得ない。
やはり、この人は只者じゃない。
「さあ、入って」
僕の目の前には木造の古びた家が建っており、美女は玄関を開けて案内する。
僕は言われるがままお邪魔すると、家の中は極々普通の間取りと内観だった。
「ふふっ、何を驚いているのかしら?」
「あっ、いえ······普通だなぁ、と······」
「本当に正直な子ね。さあ、座って。今、お茶を淹れるわ」
「あ、お構い無く······」
遠慮無く椅子に座って、僕はふと気が付いた。
あれ?そう言えば僕、女性の部屋に入るの初めてじゃない!?
今まで幼馴染みたちとパーティを組んではいたけど、もちろん宿などは別の部屋を取っていたし、実家でも姉の部屋に入ることは許されなかった。
しかも美女の部屋に二人きりなわけで、妙に落ち着かなくそわそわしてしまう。
「お待たせ。口に合うかは分からないけれど、良かったら飲んでね?」
「あ、はい。いただきます」
とりあえず飲んで落ち着こうと、ありがたくお茶を口に含む。
その味はとても美味しく落ち着いた味で、僕の緊張が一気に解れたように思えた。
「あ、美味しい······」
「ふふっ、なら良かったわ」
僕の言葉に、優しく微笑んで喜ぶ美女。
やっぱりさっきの竜を倒した人とは、別人のように思えてならない。
だけど、そんなことは関係ない。
ここはちゃんとお礼を言って、恩を返さなくては。
「僕はアヴィス。アヴィス・クローデットと言います。この度は僕の命を救ってくれて、ありがとうございました」
「あら、別にお礼なんていいのに」
「そうはいきません。あなたのおかげで、僕は救われました。だから、何かお返ししなくちゃ気が済まないんです。だからどうか、何か僕に出来ることでしたら、何でも言ってください」
「随分と律儀な子ね」
当然だ、恩を仇で返すような人間にはなりたくない。
僕に出来ることなんて限られているけど、それでも命を救ってくれた恩に報いたい。
そんな僕の意図を汲んでくれたのか、彼女は何か考え込むように「う~ん」と唸っていた。
「分かったわ。じゃあ、聞きたいこともあるし、あなたのことを全部教えてくれる?」
「ぼ、僕のことですか?」
「ええ。私の知的探求心を満たしてくれること。それを礼として受け取るわ。どうかしら?」
「は、はぁ······それくらいでいいなら······」
「ふふっ、ありがとう」
そして僕は彼女に語った。
僕が無能な魔法使いのため、幼馴染みたちからパーティを追放されたこと、家族から見捨てられたこと、それが国絡みでもあること、ギルドからも相手にされなかったこと。
仕事を見付けるために国を出て魔導国家セクリオンへ向かう途中、この森に入ったこと。
何もかもを洗いざらい全てを話した。
「―――ということであの邪竜に遭遇して、あなたに助けてもらったんです」
「なるほどね······そういうことだったの」
最後まで茶化すこともなく真剣に聞いてくれた彼女だったが、聞き終わると深い溜め息を吐いた。
「はぁ~······相変わらず、あの国の連中は腐っているのね。いえ、人の価値観が分からない屑共と言ったほうがいいのかしら······?この子を認めてあげないなんて、死と同じくらいの同罪だわ······」
「お、お姉さん······?」
そう言う彼女の言葉には、なんだか怒気が含まれているようだった。
というか、最後妙に気になることを言っていたような······?
困惑する僕にハッと気が付いた彼女は、こほんと可愛らしい咳をして僕の顔を見る。
「なるほど、そういう事情があったことは理解したわ。色々と大変だったわね」
「いいんです、僕が無能なのは分かり切っていることですし」
僕が無能なんて最初から分かっていた。
だから、あの人たちに何も言い返せなかったんだ。
「あなたが無能?それは違うわ。あなたの価値が分からない国の連中が無能なのよ」
「えっ······?」
「アヴィス君、あなたはとても強いわ。もっと自信を持ちなさい」
「べ、別に僕は強くなんか······」
「自覚が無いのかしら?でも、これは本音よ。この私、『ルーナ』が言うんだから間違いないわ」
「ル、ルーナ······?」
その名前には聞き覚えがあった。
そんな、まさか·····いや、だとしたら納得がいくけど······それでも、そんなはずは······。
頭の中で自問自答を繰り返していると、彼女は柔らかい笑顔をこちらに向けた。
「そういえば、私の自己紹介がまだだったわね。それじゃあ、改めまして。私はこの死鬼の森に住む、『
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