第4話  現れた謎の美女の力




僕の人生はつまらないものだったと思う。

幼い頃から無能と虐げられ、それでも皆に認めてほしくて僕は努力に努力を重ねた。

師匠にも師事してもらい、おかげで僕は火、水、地、風、雷、光、闇の七種類の魔法を扱えるまでになった。

だけど七種類の魔法を使えるとはいえ、それら全ては初級魔法しか撃てず、僕の評価は変わることはなかった。


全てに裏切られて捨てられ、失意のまま国を出た僕は町を滅ぼせる魔物、『邪黒竜イービル・ドラゴン』に遭遇した。

そこにいた小さな女の子を助けることは出来たものの、僕は重傷を負ってしまう。

僕の命もこれまでかと諦めていたその時、希望という光が差し込んだ。




「へぇ、あなた······面白いわね?」




邪黒竜の爪の攻撃を軽々片手で受け止め、僕を見下ろす一人の女性。

透き通る白銀の長い髪とは正反対の黒き瞳、黒い服に身を包み黒い帽子を被っている変わった格好だが、僕が知っている中でダントツを誇る絶世の美女。

邪黒竜の攻撃を涼しい顔で受け止めるなんて、彼女は一体何者なんだ?




「あ、あの······あなたは一体······がふっ!」




あまりの突然の出来事に痛みを忘れていたせいで、気が緩んだと同時に血を吐いてしまう。

そういえば僕、内臓を潰されたんだっけ?

今思い出し、また痛みが身体中に広まる。




「あの竜にやられたのね?」




僕の姿を見たその女性は、竜の攻撃をあしらい僕の身体に触れて小さく呟く。




「―――『月光祝福ルナヒール』」


「えっ······!?」




呟いたと同時に魔法陣が起動し、僕の身体が光に包まれた。

そして気が付けば、僕が負っていた傷は跡形もなく一瞬で治っていた。

その技量は『聖女』と呼ばれる人の力と同等だが、僕はそれよりも驚くべきことに唖然とした。




「え、詠唱破棄·······!?」




普通、僕らが使用する魔法は一般的には詠唱を必要としている。

そうでないと、魔法陣が起動しないからだ。

だから才女と呼ばれる僕の姉、エルミオラ・クローデットでさえも詠唱する。

にも関わらず、今この人は詠唱を破棄して魔法を使用した。

それがどれだけ凄いことか。

あり得ない現象に呆然としていると、その女性は目を丸くして僕を見ていた。




「ふむ······?ちょっと失礼するわ」


「えっ?な、何を······?」




その女性は僕に顔をぐいっと寄せると、再び小さく声を漏らす。




「―――『鑑定アプレイザー』」


「また詠唱破棄······!?い、いや、それよりも、『鑑定』だって······!?」




『鑑定』は、高ランクの熟練者でも修得が困難とされている貴重かつ高度な魔法だ。

この魔法を修得しているのは『一国の王』や『聖女』、『鑑定士』といった限り無く上位の者たちだけ。

しかし、彼らでさえ詠唱は必要とする。

それを破棄した上に『鑑定』魔法を使えるなんて、本当にこの人は何者なんだ?

僕が驚いていると、それ以上に彼女が目を大きく見開いて驚愕していた。




「ッ―――!?あなた、これは一体······?人間の身でありながらこれは······いえ、でも『鑑定』は嘘をつかない。だとすると、これは······なるほど、実に興味深いわ······」




僕を『鑑定』した女性は、興味津々といった形で何かぶつぶつと呟きながら僕を見て考えていた。

一体何なんだろうと思っていると、邪黒竜が僕らに向かってブレスを吐いてきた。




「ブレス······!?まずい······!」




弱者には吐かないと思われたブレスが、僕らに向けて放たれた。

いや、正確には僕ではなく、この女性に向けて放ったのだろう。

竜の爪を軽々受け止めたことで、彼女を危険と判断したのかもしれない。

その広範囲に及ぶブレスは、瞬く間に僕らを焼き殺さんと迫ってきた。




「くっ、防御魔法が間に合わない······!」




竜のブレス相手には焼け石に水程度の土の魔法で防御をしようとするが、明らかに間に合わない。

しかし焦る僕とは対照的に、女性は目を細めて忌々しそうに邪黒竜に向き直った。




「ちっ、トカゲ風情が······私の考え事を邪魔するなんて、良い度胸してるじゃない」


「えっ······?」


「―――『聖光護盾セレナフィール』」




またも彼女は詠唱破棄して魔法を使用すると、僕らの周りに球状の光り輝く膜が張られ、ブレスによる攻撃を難なく防いだ。




「も、もしかして······これは、結界?」


「あら、なかなか鋭いのね。ふぅん、頭も悪くないわ」




僕が呟いた言葉が嬉しかったのか、女性は感心したように頬を緩めた。




「その結界の中に居なさい。間違っても、外に出たらダメよ?命が惜しくなければの話だけどね······」




僕は必死に頭を縦に振る。

僕だって自殺願望があるわけじゃない。

ここは、素直に彼女の言うことを聞く。




「さて、私の邪魔をした報いを受けてもらうわ。覚悟は良いかしら?」




そう冷たく言うと、女性はゾッとするような威圧を放った。

いや、これは正しくは殺気だ。

失神しそうな恐怖に怯えたが、彼女は僕に振り向き優しい笑顔で言った。




「すぐに終わるから、待っていなさいね?」




そう言うと、彼女は魔法陣を起動させる。




「ダ、『二重魔法ダブルマジック』!?」




僕は驚きを隠せなかった。

本来、魔法は二重に放つことは出来ない。

しかし彼女は結界を張り続けている上、さらに別の魔法を使用しようとしている。

僕らが使う魔法陣とは異なり、見たこともない巨大な魔法陣が展開された。




「―――『闇影杭弾ダークストライク』」




上空に展開された魔法陣から、巨大な黒い闇の杭のような弾が無数に発射される。

その闇の弾は物凄い速さで邪黒竜に命中し、奴の硬い鱗がバラバラに砕け散り血が噴出する。




『GAAAAAAAAAAAA!!』




相当のダメージを喰らったせいか、邪黒竜は彼女から距離を取るために上空へと飛んだ。

そして彼女に向け、口を開ける。




「ヤバい、またブレスだ!」




僕の一言を聞き、女性は鼻を鳴らして上空を見上げた。




「ふん。トカゲはトカゲらしく、地面に這いつくばりなさい。―――『闇呪鎖ダークジェイル』」




女性は左手を掲げると魔法陣を展開、そこから無数の巨大な黒い鎖が出現して邪黒竜をあっという間に絡め取った。




『GOAAAAAAAAA!?』




そのまま地面に叩き落とされた邪黒竜は、何が起こったか分からないといった顔をする。

僕も、何がどうなっているのか分からない。

だけど、実力差は圧倒的なことだけは分かる。

しかし邪黒竜は諦めることはなく、再び口を開けてブレスを吐く。




「まったく、火遊びも程々にしなさい。―――『聖光護盾セレナフィール』」




今度は自分自身にも単結界を発動し、ブレスから身を守った。

その強固な結界は、ヒビ一つすら入らない。




「す、凄い······なんて凄いんだ······!」




語彙力の無い賛辞が口から漏れるが、本当にそれ以外の言葉が出てこないほど凄い光景だ。

あの邪黒竜をまるで赤子の手を捻るように軽くあしらうどころか、『二重魔法』を使用するだけではなく、竜のブレスにも耐える結界魔法を使うなんて。

まるで、お伽噺を生で見ているかのようだ。

そんな僕の素直な称賛に、彼女は嬉しそうに微笑む。




「うふふっ、お褒めの言葉ありがとう。まあ、あなたのほうが凄いんだけどね」


「えっ?今、なんて······?」




後半のほうは声が小さく聞き取れなかったが、彼女は会話を終了して邪黒竜に向き直ったため、返事が返ってくることは無かった。




「さて、そろそろ終わらせましょうか。彼とのお話がまだ残っているからね」




そう言うと、彼女は自身の結界を解き、両手を翳して魔法陣を起動させた。

その光景に、僕はこれ以上なく驚く。




「ト、『三重魔法トリプルマジック』!?」




まるで夢を見ているようだ。

まさか、実現不可能とされている『二重魔法』のさらに上、もはや伝説とさえ言われる『三重魔法』をこの目で見ることが出来るなんて。




「『月の洗礼』。『影の洗礼』」




彼女の右手には巨大な球状の光が、左手には同じく球状の闇が同時に出現。

それを彼女はあろうことか二つの魔法を合成し、光と闇を混合させて超巨大な球を作り出す。




「『合成魔法ユニゾンマジック』!?それも、光と闇の属性魔法を······!?」




『合成魔法』は、その名の通り複数の属性魔法を組み合わせて放つ魔法だ。

これ自体は難しいが修得可能で、威力は桁違いのものとなる。

しかし火と水という相反する属性は、互いに反発し合って合成出来ない。

もちろん、光と闇も例外ではない。

それが常識のはずだが、今見ている光景によってそれがひっくり返された。




「―――『月影極叡知ライトアンドダークネス』!」




その光と闇を司る巨大な球は邪黒竜に向けて放たれ、命中すると邪黒竜は悲鳴を上げる暇もなく一瞬で消滅した。

おそらく、命中した対象を一瞬で分解してしまうほどの威力を誇る魔法なのだろうが、そんなもの今まで見たことも聞いたこともない。

あっという間の出来事に、僕は腰を抜かして尻餅を付く。

あの邪黒竜を、軽々屠るなんて。

しかも、見たこともない魔法で。

彼女は、一体何者なんだ?




「月と闇の洗礼に裁かれなさい、トカゲ」




そう言い放つ彼女は、とても綺麗だった。







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