第3話  危険な森での遭遇




「ここ、か······」




僕は生まれ育ったシリオス帝国を抜け、ある森へと足を運んでいた。

まだ昼間なのに太陽の光があまり差し込まず、闇を彷彿させるような薄暗い場所。




「ここが、『死鬼しきの森』······」



『死鬼の森』。

シリオス帝国と魔導国家セクリオンとの国境に位置するこの森は、普通の人のみならず冒険者もあまり立ち入ろうとしない。

それは何故か、答えは簡単。

この森が大多数の国々が認める危険区域エリアだからだ。

高レベルの魔物がうようよいて、高ランクの冒険者パーティでなければ突破することは出来ないと言われているほど。

だが必ず通れないと言うわけでもなく、魔物避けの魔法や魔法具を使えば、普通の人間でも問題なく通れたりする。




「なけなしの財産で買ったこれを使えば、僕でも通れちゃうんだよね······」




僕が取り出したのは、『魔除けのこう』。

これを焚けば、魔物の認識を阻害出来る便利な魔法具だ。

しかし効果があるのはAランク以下の魔物だけで、それ以上の魔物には通用しない。

まあ、安かったら仕方ないけど。




「でも、さすがにSランク級の魔物には出くわさないでしょ······」




Sランク級の魔物は、単体で町の一つや二つを簡単に滅ぼせるほどの力を持つ。

しかし、遭遇したとされる事例はほとんど無い。

何故なら、Sランクの魔物は個体数が少ない貴重な存在だからだ。




「それじゃあ、行くか······」




僕は『魔除けの香』を焚き、森の中に入る。

いくら魔物避けとはいえ、さすがに物音や声を出せば気が付かれる可能性はある。

慎重に歩みを進め、時には休憩をして森の中を歩く。




(ふぅ、あと少しで出口かな······?)




歩いて数時間。

この森は広大すぎるが一直線に歩けばそれほどでもなく、僕はようやく森の出口直前まで辿り着いた。




(良し、ここを抜ければすぐにセクリオンだ)




逸る気持ちを抑えて進もうとした、その時突如地震のように地面が大きく揺れた。




『GYAOOOOOOOOOOOOOOO!!』




と同時に、大気が震えるようなけたたましい咆哮が森中に木霊した。

そこら辺にいた鳥獣は逃げ出し、高ランクと思しき魔物たちもこぞって逃げ出している。




(な、なんだ······!?)




今までにない初の事態に遭遇し、僕は戸惑いを隠せなかった。

けれど本能が警告を鳴らす。

この森に居ては危険だと。

何かがこの森で起きているのは確実だ。




(早く、この森を抜けなきゃ······!)




慌ててこの場から逃げ出そうとすると、何処か遠くから声が聞こえてきた。




「助けて······!誰かぁ······!」


「ッ―――!?」




気のせいでも何でもない。

女の子の悲鳴が確かに聞こえた。

本来なら、この森に人が居るはずがない。

けれど、今も聞こえているこの声は幻聴ではない。

誰かが助けを求めている。




「くそっ······!」




気が付けば、僕はその声がした方向へ走っていた。

頭の良い奴なら、この場は放っておいて逃げるのが吉だ。

他人を助けようとして、自分が死んだら世話しない。

冒険者だって、自分の命が何より大事だ。

だけど、僕には出来なかった。

『魔法で人々を助けたい』。

それが小さい頃からの僕の夢なんだから!




「何処だ、声の主は······!?」




遠くから聞こえたといっても、声が届く距離は限られている。

その場所に向かって走り続けると、森の中であはあるが広大な草原に出た。




「あ、あれは······!?」




その丁度中心に、悲鳴の持ち主であろう幼い女の子が怯えながら座り込んで上を見上げている。

その方向に視線を向けると、僕は目を疑い息を飲んだ。

身体は黒い鱗に覆われ、その翼は禍々しく歪な形をしており、その大きさは山と見間違うほどに大きく、極めつけは血の色を彷彿させるような赤く鋭き双眸。




「なっ······!?あ、あれはもしかして······『邪黒竜イービル・ドラゴン』!?」




まさしく、それは魔物の頂点にある竜だった。

邪黒竜イービル・ドラゴン』。危険度はS。

Aランクの冒険者が数人がかりでようやく倒せるであろうレベルの存在。




「な、なんでそんな奴がここに······!?それに、なんであの少女を狙っているんだ······!?」



それに、何故この危険ランクの森にあんな幼い少女が徘徊している!?

疑問点は山ほどあるが、邪黒竜はあの少女を狙っているようだ。

そうなってくると、今考えている余裕はない。




「くっ、助けなきゃ······!」




だけど、当然だが僕が敵う相手ではない。

僕は最低ランクのFだ。Sランクの竜に敵う道理は無い。

だけど、ここで見捨てることが出来るほど僕は鬼畜でも人でなしでも無い。

僕は、人を助けるために冒険者になったんだ!




「やるしかない!炎よ、球体となりて敵を撃て!『炎球フレイムボール』!」




手のひらサイズの火の玉を作り出し、僕は全力の魔力を込めた一撃を竜に向かって放つ。

命中はしたものの、その黒い鱗には傷や焦げが一切付かなかった。

だけど、それは想定内。

そもそも僕なんかの初級魔法が通じる相手ではないことは、僕自身が一番良く分かっている。

しかし、この一撃により竜は僕の存在に気付き、その赤き目をこちらに向けた。




『GYAOOOOOOOOOOOOOOO!!』




そして、再び咆哮を放つ。

その雄叫びはビリビリと身体を震わせ、一気に死を連想させる。

迫る死の恐怖に、僕は身動きが取れない。

だが、これでいい。

少なくとも、奴の注意はあの子から反れた。




「そこの君!動けるなら逃げて!僕が時間を稼ぐから!」


「えっ······で、でも······」


「いいから早く!長く持ちそうにない!」




少しでも彼女が逃げ出せる時間を作らなくちゃと、僕は魔法陣を起動させる。




「ダメ元だ!風よ、我が敵を切り裂く刃と化せ!『風刃ウインドエッジ』!」




風の刃を生み出し穿つが、奴にとってはそよ風同然だろう。

だけど、これでいい。

もっと僕を見ろ!僕を狙うんだ!




「雷よ、我が敵に衝撃を!『雷撃サンダーショック』!」




火、風、雷の魔法を当てたが、やはりどれも無傷だった。

僕の全力の魔法は、奴にとってはただの児戯以下だろう。

混沌竜は僕に狙いを定めると、その腕を上げて爪を振るってきた。




「くっ、まずい!土よ、我を守る盾となれ!『土壁アースウォール』!」




奴の攻撃に対し、咄嗟に地面から土の壁を作り出すも、その防御も虚しく爪で軽々と引き裂かれた。




「うわっ······!」




それでも一応姿を隠せたため、その爪が僕に当たることはなかった。

あの子は逃げたしたかな?

そう思い探すも、彼女の姿は何処にも無かった。

良かった、どうやら無事にここから逃げ出すことに成功したようだ。




「次は、僕が逃げなくちゃ······!」




とは言うものの、無策で逃げたら死ぬ。

背中を見せたら、爪で引き裂かれるかブレスで死ぬだろう。

だったら、姿を隠して逃げ出すより他に方法は無い。




「それなら、これでどうだ!闇よ、辺りを黒く染め上げよ!『闇煙ダークフォッグ』!」




僕の起動した魔法陣から、黒い煙がもくもくと僕の周囲から広がっていく、

この魔法は、いわゆる煙幕だ。

竜の攻撃がどんなに凄くても、当たらなくては意味がない。

奴の攻撃は大振りだ。姿を隠せば当たるリスクは低くなる。

まあ、辺り一面を焼き尽くすブレスが来たら、さすがに終わるけど。

だけど竜は知性があり、誇り高くプライドが高い生き物。

僕なんかの格下にブレスを吐くのは、竜としてはプライドが許せないはず。

そこが狙い目だ。




『GRUUUUUUUUU······』




どうやらそれは当たりのようで、僕の姿を探そうとキョロキョロと目を動かしている。

この隙に逃げなくては!

僕は闇に紛れて走り出す。しかし―――





「GRUAAAAAA!」




竜はその巨大な翼を用い、風を起こして煙を全て吹き飛ばした。




「なっ······!?」




そして僕の姿を見付けると、巨大な尻尾を振り回してきた。




「がぁっ······!?」




僕はその尻尾にまともに当たり、思い切り飛ばされて転がる。

痛い、物凄く痛い。

内蔵が潰れたのか大量の血が止めどなく口から溢れ、骨も折れて息が苦しくなり、視界も狭窄きょうさくする。

本来なら即死の攻撃だ。

しかし僕が生きているのは運が良いからではなく、この竜が遊んでいるからに他ならない。




「がはっ······ごほっ、く、くそ······っ!」




それでも僕は生きたくて、必死に己の身体を引きずる。

奴にとっては無駄な抵抗だが、一秒でも長く生きたいんだ。

しかしその希望は潰え、竜は再びその巨大な爪を振るってきた。




「あぁ······ダメだ。死んだな、これは······」




僕は死を覚悟した。

これが当たれば、間違いなく死ぬ。

結局、僕の人生はこんなものか。

僕の脳裏に、走馬灯が浮かぶ。

幼馴染みたちに裏切られ、家族からも見限られ、ギルドから見捨てられ、国からも愛想を尽かされた。

本当に、ろくでもない人生だった。

けど、最後にあの少女を救い出せた。




「はは······それだけでも、満足だ······」




それだけでも、僕は報われた気がした。

もう思い残すこともないと、僕は目を閉じて訪れる死を待つ。

―――その時だった。




「あら、それで果たして満足なのかしら?」




凛とした声が聞こえた。

幻聴かとも思ったが、ゆっくりと目を開けて見たその光景を見て、僕は目を疑った。




「えっ······?」




僕の視界に映ったのは、竜の爪を軽々と片手で受け止めている、まるでこの世のものとは思えないほどの美人だったからだ。




「間一髪ってところね、大丈夫?」




彼女は、僕に向かってそう言った。

それが彼女と僕の出会いだった。




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