第1話 何もかも失った少年
「ただいま戻りました」
『栄光の支配』から追放された――正しくは離脱した――僕は、実家に帰宅していた。
しかし、帰ってきても心休まる場所では無い。
何故なら―――
「あら、帰ってきたのね。くたばったのかと思っていたのに、とても残念だわ」
この人が居るからだ。
この国で知らない者は居ないとされる大貴族、クローデット家の家長、『エルミオラ・クローデット』。
そして、僕の姉だ。
僕とはそこまで年が離れていないのに文武両道に長け、政治にも精通している彼女は若くして両親から家督を譲り受けた才女。
昔は弟思いで面倒見が良く、僕も好きで姉の後ろをくっついて歩いていたものだが、今ではご覧の有り様だ。
「私へ挨拶はどうしたのかしら?まさか、人の言葉を忘れたの?まあ、仕方ないわよね。何せあなたは家畜なんだから」
「家畜って······ぼ、僕は一応人間だよ」
「私に歯向かうの?豚の分際で生意気ね」
僕の一言が気に障ったのか、姉さんは冷たい目をして魔方陣を起動させた。
「氷よ、舞え。我が眼前の敵を縛り
「ぐあっ······!?」
姉さんが詠唱をして魔法を発動させると、僕の足元から徐々に凍り付き、次第に頭以外の身体全体まで氷によって身動きが取れなくなってしまった。
「この私に逆らった罰よ、良い気味ね」
クスッと笑う彼女はこの国随一の氷魔法のエキスパートで、『
だから、初級魔法しか撃てない僕なんかが敵う相手でもない。
そもそも姉さんに敵う相手が、この国に居るのかさえ分からないほどだ。
「ぐっ······ね、姉さん······!」
「何よ?顔だけ残してあげてるんだから、詠唱は出来るでしょう?ほら、あなたの腐った魔法を使ってみなさい」
「う、ぐっ······ほ、炎よ······球体となりて······敵を撃て······『
凍えた身体でようやく詠唱を唱えることが出来、氷に覆われた僕の手から小さな炎の球が放たれた。
それは氷を打ち砕きはしたものの、姉さんの氷と相討ちという形で消滅。
しかも、砕けたのは魔法が発動された右手のみ。
普通は炎を発動させれば氷なんて一気に氷解するものだが、それが出来なかったのは単純に技量と力の差。
僕では、姉さんの氷は全部は壊せない。
「はぁ、やれやれね······相性はあなたのほうが断然良いはずなのに、それしか壊せないだなんて······あなた、本当にクローデットの者なの?」
「ぐっ······」
僕の家、クローデット家に生まれた者は皆、本来強い魔力を持っている。
その中でも歴史上最高の魔力を持つ姉さんと、初級魔法しか撃てないほど弱い僕とではまさに天と地ほどの差がある。
だから、僕が彼女に勝てる道理なんて無い。
時間が経ってようやく氷は溶かれていき、身体が動かせるようにはなった。
「はぁ······床がビチャビチャじゃない。あなたがなんとかしないからこうなったのよ。ほら、動けるようにはなったんだから床を掃除しておきなさい」
「えっ······?ぼ、僕が······?」
「当たり前でしょう?あなたが残した不始末だもの。メイドにやらせるのも時間と労力の無駄。分かったら、なんとかしなさい」
「うっ、ぐっ······」
クローデット家の最高権力者である姉さんに何も言い返せない僕は、なんて弱くて惨めなんだろう。
浄化魔法が使えればあっという間にこの場は綺麗になるのだけど、浄化魔法は中級魔法だ。
僕は初級魔法の火、水、風、土、雷、光、闇の計七種類の魔法しか扱えない。
これは、この国の魔法学校に通う生徒なら誰でも使えるから、自慢にもなりはしない。
「やれやれ、本当にあなたは無能ね」
この国では、強者こそが絶対。
だから逆らうことは許されない。
僕はタオルで濡れた床を拭きながら、姉さんの暴言をただ黙って聞くしかなかった。
「こんな無能魔法使いが私の弟だなんて信じられないわ。おかげで、同情する声が私に届くのよ?」
「······ごめんなさい」
「まあ、それも今日までだけどね」
「······えっ?」
床を拭き終わって見上げると、姉さんはニヤッと嗤った。
なんだか嫌な予感がする。
「アヴィス。あなたから、クローデットの家名を剥奪させていただきます」
「なっ······!?」
それは、まさに僕にとっては死刑宣告みたいなものだった。
家名を剥奪するということは、事実上この家から追放されるということだ。
「ね、姉さん!そんな横暴な······!」
「横暴?私にそんな口を聞いていいのかしら?これはね、シリオス王からも正式に許可を頂いているものよ?」
「そ、そんな······!」
それ即ち、シリオス王は僕を貴族から除名し、このクローデット家から除籍することを許したということ。
これに反抗するということは、王国に背く国家反逆罪を意味する。
この国での国家反逆罪に対する処罰は、死刑。
つまり、逆らうことは許されない。
目の前が真っ暗になる。
貴族という肩書きには興味も未練も無いけど、帰る場所すら奪われたことに目の前が真っ暗になる。
「シェリア姫も、それに賛同したの······?」
「ええ、これは王家の総意らしいわ」
「そ、んな······」
『シェリア・ヴィ・シリオス』。
この国の第三王女であり、僕の婚約者。
初めて会ったのは王家主催のパーティーで、僕は彼女と話す機会があったのだが、何故か気に入られた。
それ以来、彼女はちょくちょく僕を呼び出しては会話したり、お忍びでデートもした。
無能魔法使いと罵られる僕が傍に居ても、彼女は嫌な顔一つせずに笑ってくれていた。
この人とならこの先ずっと一緒に生きていける、そう思っていたのに。
「追放されるのだから、王女とあなたは身分違いで結婚なんて出来ないわ。でもまあ、安心しなさい。第三王女にはあなたの弟、ユリウスを宛がうから」
『ユリウス・クローデット』。
クローデット家の次男で、若くして王家に忠誠を誓う近衛騎士団の団長。
その優秀さと人望から王家もいたく気に入っていて、国中からも人気がある自慢の弟だ。
「ユリウスは?それに賛成しているの?」
「それはわあなたには関係ないことでしょう?まあ、安心しなさい。あなたみたいな無能が居なくなったところで、何も変わりはしないわ」
姉さんはそう言うと、懐から巾着袋を取り出して僕に投げつけてきた。
それは僕の頭に当たり、床に落ちるとジャラッと音を立てた。
「それは、せめてもの餞別よ。それがあれば、何日かは生きていられるわ」
「······手切れ金ってことですか?」
「あら、無能のくせに良く分かっているじゃない。それなら、早く出ていく準備をしなさい。あぁ、当然だけど二度と顔を見せないでちょうだい。クローデットの名を語るのも、今日で終わりなんだから」
クローデット家の名前に、執着は無い。
それでも、僕はショックを隠しきれなかった。
しかし、反抗は出来ない。
この命令には従うしかないのだから。
「······分かり、ました。今まで、お世話になりました」
「ふん」
僕はその金を持ち、さっさと準備をして家から出た。
振り返ると思い出が蘇ってくるので、僕は二度と振り返らない。
「は、ははっ······僕、何のために生きてたんだろう·····?」
誰かに認めてもらいたくて、一生懸命頑張ってきたつもりだ。
だけど僕には、味方が一人も居なかった。
仲間も、家族も、婚約者も、名字すら失った。
ただのアヴィス。追放された無能魔法使い。
それが、今の僕だ。
なんて惨めだ。なんて不幸だ。
この世界は、僕にとっては生き辛い。
死にたくなる気持ちを抱え、僕はフラフラと歩を進めた。
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