25

「ちょっとエイキ、この機械の前に立って。 動かないでね」


 サダはエイキに向かって、健康診断に使うハンドスキャナーを起動させた。


「もういいわよ。 でもまだ帰らないでね」


 四つの大型モニターが設置されたパソコンを起動させると、サイカの状態が映し出され、サダがキーボードを鳴らすと、3Dホログラムが浮かび上がり、今スキャンしたエイキの体が映し出され、レントゲン、MRI、CTの順に並んでいた。

 サダがホログラムに指で触れると指で触った箇所が拡大された。


「ほら、こことここ。 さっき頭蓋骨と腕を骨折してたでしょ、ちゃんと言わなきゃ駄目よ。 もうくっついてるし、特に目立つ変形も異常もない、脳も大丈夫だけど。 もう入校して九坂の生徒になったんだから、たとえ温いと思っても慣れなさいよ」


 エイキの頭に、サダの手が乗せられた。頭を撫でられたのだ。撫でてくれたのは二人目だった。サダの手は一人目の武骨で大きな手とは違って小さかったが、エイキの手よりは大きくて、繊細な暖かい手だった。


「さあ、怪我人は部屋でゆっくりしてなさい。 今日は一日休みよ。 教官命令だからね。 後で呼ばれると思うけど、それだけはちゃんと行ってね。 さあ帰った帰った、先生は忙しいのよ」


 校舎から寮の部屋まで、野次馬の生徒たちからの視線が煩わしく、エイキは辟易したが、シンエイは仕方がないと思っていた。

 死体はたまにあるが、怪我人の治療の方が珍しいからだ。まして明け方に、校医が校舎外に出る事態である。


 慌てて出た自分達の部屋は、開けっ放しだったが、確認してもトラップや盗聴器の類いは一切ない。

 開けっ放しのチャンスを逃す諜報科に疑問だが、開けっ放しの罠と捉えられたのかもしれない。エイキもシンエイもそう思った。


「シンエイ。 そういえば治療室の盗聴器調べるの忘れてたよ」


 部屋の確認をしながら、エイキは自分が思いのほか疲弊し、注意散漫になっていることに気が付く。


「治療室と手術室は問題ない。 常にジャミングしてあるから」


「だから機械は全部有線だったのか」


 その言葉を最後に、無言で部屋の確認をした後、至る所に飛び散った血を拭き取ったりと、なかなか休める時間は訪れない。


 エイキは片付けをしながら、サイカとの極限状態の事を思い出していた。トランス状態になる事や、死に直面する場面は何度も経験はあったが、今回ほどに、狂気的な高揚を経験した事はなかった。


 もう一度経験したいと思う欲もあるが、それと同時に初めて感じる、感じたくない程の恐怖という感情を知り、身震いした。


 エイキが今まで知っていた恐怖は、恐怖はこんな感じであるだろうと、自分で作り上げた虚構の感情であった。


「ねえシンエイ、いくつか聞いていい? サイカが居ないうちに」


「ああ」


 シンエイは短く返事をした。不機嫌な訳ではなく、シンエイも疲弊しきっていた。


 久しぶりの怪我という怪我、部分移植に自然治癒の膨大なエネルギー消費を侮り、促進剤を使わなかったことが大きい。


「僕が来たからチームが三人になったんじゃないよね。 元からずっと二人で、補充なんてされたことなかったんじゃないかな」


「ああ」


「前に同じような事があったって、その出来事って、第四世代が消えた事と関係あるんでしょ」


「ああ」


「血涙童子と彼岸葬花の噂、あれって実は逆だよね。 シンエイは誤魔化す為に相手の」


「違う」


 シンエイが言葉を遮り、大きな声を出した事にエイキは驚愕した。現世代は狂気と穏和のように、人格が変わるような二面性を備えているが、シンエイに関しては三面、四面あるように感じられる。


「ごめん、大きな声出した。 サイカが居たら本当の第四世代の話しできねえから、今話してやる。 片付けもこんなもんでいいだろう、ちょっと休憩しようぜ」


「いいね、僕も休憩したかったところ。 枕そっちにあるから、投げて」


 シンエイは前回と同じように枕を投げたが、今回はちゃんと受け取った。


「ちょっと、血がついてるじゃん。 枕カバーは真っ白だから目立つんだよね」


 エイキは文句を垂れ流しながら、枕カバーを外してベッドに寝転がった。

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