24
サダは、途中部屋から一回出たが、部屋の外で教官に、ことの詳細を話してからすぐ戻ってきた。二人は明け方の早朝訓練の事をすっかり忘れてしまっていた。
「ねえ、なんでこんな事になったのか聞いてもいい? 後で担当教官にも問い詰められると思うけど」
サダは処置をしながら優しく聞いた。それにシンエイが答える。
「涙を流すのかって試しで、サイカをくすぐってたらこうなった」
サダは呆れたようにため息をついた。
「シンエイ、それで昔もサイカが大暴れしたの忘れたの? それで結局、涙は流さなかったでしょう。 君たちはそういう設計で作られてるの。 人の気持ちも考えなさいと言いたい所だけど。 君たちは人の気持ちを深く考えられないようにされてるのよね」
エイキはシンエイを見たが、シンエイは目を合わせないし、サダに対して返答もしない。変わりにエイキは質問を投げかけた。
「僕たちが戦場で躊躇わない為に、だよね。 なんでそういう風に作ったのに、わざわざこんなに手間を掛けて傷を治すの? 所詮使い捨てなのにさ」
サダは手を止めずに、ただ自分の役目をこなす。それはサイカの未来を守る為でもある。
「君たちは、戦場で敵を殺す事を義務づけられ、それを生き甲斐として、喜びとして感じる様に設計されてる。 戦いが好きでしょう? 勝つことに悦びを感じるでしょう? そんな風に設計し操作したの。 だからこそ、君たちを戦場に送る時までは、最高のコンディションを維持して送り出して、思いっきり戦って欲しいのよ」
サダは、己の口から出た綺麗事に嫌悪した。どう繕っても、全てが綺麗事だ。ただの自己満足と自己嫌悪。自分たちはいい死に方はしないだろう。 ましてや子供たちを戦わせている最低な大人だと、声に出したかったが、己の存在に疑問を持たれる可能性がある言葉はご法度だ。
「なんか、よくわからないけど、確かにどうせ死ぬなら、ちゃんと戦場で死にたいかも。 それで、なんで今回は怒られるの? 僕が入校して殺した人たち、僕が殺したって分かってたでしょ? でも咎められた事なんてなかったよ」
サダはその問いに、答えるか躊躇し、暫く沈黙が続いた。だが、小さい声で呟くように言った。
「君たち三人が特別だからよ」
その言葉の意味を、二人は理解出来なかった。サダは慌てて繕うように言い直した。
「生徒同士の、いざこざが殺し合いになった、なんて事は思っているより珍しくないのよ。 君たちはチーム以外に関心がないから気付かないかもしれないけれど。 校内での争いは黙認されてるのよ。 諜報科の子が殺されるのは、その子が甘かったと判断されるわ。 人数はそれなりに補充されてきたけど、君たちの学級はもう予備が居ないから、それだけは頭の隅に置いておいてね」
シンエイとエイキは、お互いに見合わせた。シンエイに至っては五歳から在校しているのに、知らなかったのだ。大きな争いが起きた時は、嫌でも、誰が死んだ、補充された、などの話しは入ってくる。サイカ経由でだが。
「よし! やっと終わったわよ。 治療室に運ぶから手伝ってよ。 担架はいらないかな、シンエイがサイカを背負ってくれる? エイキはこの荷物もってね」
サダに言われるがまま、寮を出て校舎にある治療室へ移動した。サイカはベッドに寝かされ、点滴の輸液バッグが五つも下げられている。
「こんなに点滴必要なの?」
エイキは率直な疑問を口にした。だが、答えたのはシンエイだった。
「前回、同じような事があった時、鎮静剤の効きが悪くて半日経たずに目を覚ました。 サイカは何一つ覚えてなかったけど、俺の傷と自分の傷を見て発狂しかけて大暴れ。 押さえつけるのに苦労して、完治するまで五日間、目を覚まさないようにするのに必要だったのがこの量。 でもこれで半日分だけどな」
「今回も完治には五日かしらね。 傷跡まで綺麗に消えるのは時間かかるものね」
エイキは何か言いたそうだったが、空気を読む、というものを実践してみた。これ以上、立場が悪くなるのを避けたかったのだ。戦場から離され九坂学校に入れられた。自分は戦場に不要だと言われたのだ。では九坂学校にいられなくなったら?
エイキの脳裏には、破棄や処分、研究所送りの言葉がチラついていた。
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