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 まるで重量がないかのように、窓のヘリに足の指を引っ掛けて跳躍すると、ゆうに六階分は飛び上がる。


 校医は出来事に慌てていたが、この行動には、実際はとても落ち着いている。普通の人間と言っても、この学校にはまともな感覚的を持ち合わせた人間は誰一人としていない。


 ものの数分で壁を登り終え、部屋に駆け付けた校医は、サイカたちの事をよく知る研究所の人だった。四十代半ばの女性でサダと言う名前だ。


「あなた達、一体何していたのよ。 もうこんな時間から、本当に最悪よ。 ああ、癒着が始まってるじゃない。 移動してたら間に合わないからここで手術するわよ。 二人とも手伝いなさい」


 手際良く処置を始めたサダは、予備で持ってきていた冷凍の腕を一部切り取り、それをシンエイに投げた。


「ありがとう。 サダ先生」


「あんたの為でもあるけど、サイカの為だからね。 一周回って自分の為だけど」


 サダは冗談で自分の首が飛ぶかもしれないというニュアンスの発言をしたが、少し経ってこの子達には通じない話しだったなと思う。

 シンエイは、血が止まって塞がりかけている食いちぎられた腕を、今度は自分で食いちぎって新しく傷を作り、貰った腕の一部を嵌め込み包帯で固定した。


 第三世代の自然治癒力は促進剤を使用せずとも、ヒビ程度の骨折は数分で治る。だが、無くなったものを再生する力はなく、今回のように肉を噛みちぎられると、その部分は再生されず、傷口だけが塞がる。

 傷口が塞がれば、後付けで肉を継ぎ足してもくっつくことはない為、新しく傷を作り直さなければならない。


「ちょっとエイキ、手が空いてるなら手伝って。 関節は嵌めたし、肋骨もうまい具合にくっついたけど、腕の骨が変にくっついちゃったし、細かい骨が、ぐちゃぐちゃに癒着しちゃってるのよ。 足はまだ間に合うから、先に足をやるわ。 腕の癒着した骨を剥がして」


 エイキは困惑した。こんな経験をする機会がなかったのだ。味方が死ぬ寸前なら証拠隠滅で自分が手を下す。重症でも治る見込みがあれば、適当に形整えて治癒促進剤で治す。


 綺麗に治療するなど、戦場ではありえない。立ち竦んでいると、シンエイが処置の手伝いを始めた。


 骨が折れる鈍い音が二回響き、細かく癒着した部分の肉や骨を削る。

 シンエイは慣れた手つきで、サダの手伝いをしている。


 エイキには理解が出来なかった。綺麗に治療して、何の意味があるんだろうか。対して長生きもできない。いずれ戦場に出て死ぬ。初任務で死ぬ奴もいれば、しぶとく生き残る奴もいるが、所詮遺伝子操作された改新軍人は、四十歳まで生きられたらいい方だ。

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