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 シンエイは、二人の様子を見ながら、研究所で遊んでいた時の事を思い出していた。まだ訓練が始まる前、三歳頃である。くすぐりあって遊んでいた事があったが、サイカは確かにくすぐったい感覚に弱かった。

 幼い頃からシンエイの方が身長も高く、体格がいい。サイカが負けることはよくあったが、一瞬、嫌な記憶が過ぎったが、思い出せずにいた。


「押さえるの変わるからさ、シンエイもしなよ」


 エイキはシンエイと押さえるのを代わり、くすぐり始めたが、サイカは糸が切れたように抵抗するのを辞めた。シンエイは、腕を押えなくてよくなったかわりに、前傾姿勢から重心は少し後ろに移動した。隙ができたかと思ったが、流石に抜けられないように足で嵌められている。


 サイカは二人に悟られぬよう、静かに怒りと殺意を募らせていたが、まさにこの状況はサイカにとって拷問である。拷問訓練とは違う不快。研究以外で体を弄られる不快感と、生まれた時から一緒にいるシンエイから受ける屈辱に、我慢という言葉は消え去り、殺意は一瞬にして爆発寸前になる。


 怒りの中で、サイカの心配な事と言えば、腰椎と胸椎が折れ、治癒不可能になってしまうかもしれない可能性だが、仲間から拷問を受けてまで生きている理由はサイカには存在しない。自死できない状況ならば、軍人として使い物にならなくなり、研究所で研究の役に立った方が本望である。


 シンエイの足の間に嵌っている腰を、骨が折れるのを覚悟で力技で捻ると、重心が不安定だったシンエイは、後方に体勢を崩すが、すかさず体勢を立て直す。


 サイカは押さえられている腕を利用して後転し、そのままエイキの肩に着地、太ももで頭を挟み込んだ。


 ほんの二秒足らずの出来事だった。いつもの状況ならば、反撃をこんなにまともに受ける隙などなかっただろう。気を抜いていた二人にだから通用した荒業にすぎない。


 サイカは口から服の切れ端を吐き出したが、言葉を発さない。その怒りと殺気は、尋常ではなく、サイカ自身も、かつて経験したことの無い怒りと殺意、更には高揚感に支配されていた。


 エイキもかつてない程に、恐怖し高揚していた。頭蓋骨が軋んでいるのだ。僅かでも動けば頭を潰される恐怖。頭を挟んでいるサイカの両足は、異常に筋肉が膨れ上がり、頭を圧迫している。反撃の隙があるとすれば、目の端に映る、ゆらゆらと揺れている、異様なシルエットの腕である。


 そんな二人を前に、シンエイは研究所でのくすぐり合いの結末がサイカの暴走だった事を、この瞬間に思い出した。


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