第6話「椿奏の家出」
「…………………。」
「…………………。」
現在、夕方の18時。
俺の家の玄関前、目の前には聖皇女学院で幽閉されてるはずの友人、椿奏が困ったような顔で笑っていた。
「要件は?」
「泊めて?」
「………最近、明日葉の面倒ばかり見てたせいで、遂に奏の幻覚まで見えてきたか。明日食べるつもりだった鶏の香草焼きでも焼いて食って寝るか……。」
「待てぇぇぇいっ!!」
家に入ろうとしたところで腕を掴まれて阻止された。
ちっ、見なかった事に出来なかったか……。
気を取り直して奏に向き直り微笑む。
「やあ、奏。久しぶりだね。」
「お前今、しれっと無視しようとしたろ?」
「はてさて、なんの事やら……」
奏のジト目をさらっと流して家に上げる。どう考えてもこの後に面倒な事が起きる予感しかしないが、まあいいや。たぶん奏にしか被害行かないだろうし。
◆◆◆
「それで、いきなり泊めてって……、何があったの?」
リビングのソファーに座っている奏にお茶を出しながら気になった事を質問する。
別に泊めるのは構わないが、事情くらいは知っておきたいからだ。
まあ、いくら何でもトンチキな事を言ったりはしな……
「昨日、結月達が一緒に寝ないと襲うとか言いながら服を剥ぎ取ってきたから逃げてきた。」
「……………。」
言いやがったよ。
家に上げて早々、トンチキな事を言いやがったよ。
まあ、辛うじて理解出来る範疇なのが救いか。
俺は口の端を引き攣らせながら口を開く。
「………何で?」
「毎日添い寝コースになりそうだったから夜中にこっそり寝袋片手に毎日脱走繰り返したらそうなった。」
「…………何ていうか、お前が女子校に飛ばされる候補に選ばれたのが良く分かったよ。」
「いや、選ばれたくなかったよ。」
「うんうん。」と頷いて、奏の肩に手を置いてニッコリと微笑む。
奏が露骨に嫌な予感がする、という顔をしてるが無視だ。
「送り届けるから、帰ろう♪」
「いーや♪」
ご機嫌なテンションで可愛く言ってみたが、同じくご機嫌なテンションで可愛く拒絶された。
仕方ないか。たぶん、こういうやり取りも向こうでは出来ないんだろうし……。
ただ、アレだけは確認しないと……
「因みに奏。」
「んー?」
「泊まりの許可は取ったのか?」
「………と、取ったよ?」
「……………。」
前々から思ってたが、たまにコイツも明日葉並みに頭悪くなるな……。
その気持ちがわかる分、遥かに質が悪いが。
少しだけ悩んで、俺は溜め息を吐く。
「明日には帰れよ?」
「………すまん、恩に着る。」
(まあ、一応校長からの打診を断った内の一人である以上、コレくらいは助けてやんないとな……。)
本当に申し訳無さそうにしている奏に苦笑しながら、俺は食事の準備を始めるのだった。
◆◆◆
「……一つ、聞きたいんだけどさ。」
「ん、何だ?」
食事を終え、2人でぼんやりとテレビを眺めながら質問すると、奏は不思議そうに首を傾けた。
「奏って今、ハーレムじゃん?」
「ハーレム言うな!」
「いや、他にどう言えばいいんだよ。上級生2人、幼馴染、下級生に囲まれて皆に愛されてます、でハーレムでないは無理があるだろ。」
「いや、そうなんだがな……。」
反論したくても出来ない奏に意地悪く笑う。
気持ちは分かる。たしかに同じ立場ならハーレムなんて言われるのは嫌だ。
奏達ならばともかく、張間とか吉田に言われよう物なら容赦なくしばき倒すし、明日葉なら部室の飲み物を例の店、アクアインテンスでピーマン・スマッシャーを大量に買い込んでからそれに置き換える自信がある。
だからこそ、やりたくない事でも真面目にやろうとする奏にどうしてもコレだけは聞きたかった。
「奏はさ。美少女軍団に囲まれてる事、良しとしてるの?逃さないって宣言されてるの抜きで。」
「……………。」
その問いに奏は言葉で返すことはせず、困った様に肩を落とした。
ただ、嫌がってとかでは無いらしく、どう答えるべきか……、と悩んでるようだった。
「正直に言うとな、未だに分からん。」
「……………。」
「色々と考えるよ。世間体がどうのなんて、まず真っ先に浮かぶし、不誠実すぎるとずっと思ってるし、優柔不断と思われても仕方ない、とか、色々とな。」
そう言って奏はテレビを眺めた。どこか幼さを感じるその目は番組を見てるという訳ではなく、どう気持ちを整理するべきか悩んでいるようだった。
「逃げちゃえば?いっその事。」
「出来るか、そんな真似。」
俺が意地悪くそう言うと、奏はむっとした顔で即答した。悩んでいても、女子が絡むと途端にヘタレになったとしても、根が真面目な物だからそこは譲らないらしい。
「みんなの気持ちを聞いたんだ。納得出来ない、どうすればいいか分からない事ばっかりだけど………、それだけは蔑ろにしちゃいけない。自分なりに……、時間は掛かるかもしれないけど、しっかり答えは出す。それが、今の俺に出せる答えだよ。」
「そっか。」
俺は緩く微笑んでテーブルの上に置いた飲み物を口にした。
その時だった。
外が少しだけ騒がしくなり、何となく気になったので一人で玄関まで行ってから外を見て………、固まった。
「……圭一のやつ、早すぎだろ。」
「宗治、どうした?」
リビングにいた奏も気になって顔を見せに来たので、可哀想だなぁ……と思いながら扉を大きく開いて家の前の光景を見せる。
奏はやっぱりというか……引き攣った笑みを浮かべていた。
俺の家の前には、この辺りでは絶対に見ないような高級車……、リムジンが停まっており、中からはGWにお会いした人物が立っていた。
「冬木君、お久しぶりね。」
「お久しぶりです、六条先輩。」
銀髪碧眼の女性、六条先輩に挨拶を返すと、彼女は俺にお上品な笑顔で会釈をしたあと、その笑顔を俺の背後に向けた。
(目がまったく笑ってないんだよなぁ……)
爆笑の一つでもしたくなる気持ちを押さえて、背後にいる奏を見ると、案の定真っ青な顔で笑っていたので苦笑しながら口を開く。
「………今度は家出なんかじゃなくて、ちゃんと許可取ってから来なよ、奏?あと、俺はこの件に関しては何も関与してない。恨むなら圭一を恨め。」
「……あの野郎っ!」と奏が恨みの籠もった声で絞り出すが、六条先輩から「奏。」と短く呼びかけられ、ぴしりと固まってから、きりきりと音がしそうな動きで俺の背後を見た。
「………帰るわよ。」
「はい。」
「それと、帰ったら……分かるわね?」
「…………はい。」
「………あんまり心配させないの。」
「………………ごめん。」
しょげ返って反省した奏が荷物を取りに家の中に入っていく。
六条先輩が申し訳無さそうな顔をし、俺は困った様な顔をして微笑んだ。
「……本当にごめんなさい。冬木君。」
「大事にしてるんですね、奏の事。」
「家に戻って、家の者に車を出してもらうくらいには、ね。」
その言葉を聞いて俺は緩く微笑み、リビングから出てきた奏の背中を叩いた。
「……何だよ。」
「別に?しっかりお仕置きされてきなよ。」
そう言って俺は近所から集まってきたおばちゃん達と共に、リムジンに乗った2人を見送るのだった。
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