第5話「歯車の世界」

むかしむかし、小さな歯車の世界に3にんの人形がいました。


少年の姿をした人形の名前はカレンデュラ。

黄色の貴族服を着た癖っ毛だけど、優しいカレンデュラ。


双子の人形、お姉さんのカランコエ。

白いドレスを着て、2人を見守るカランコエ。


そして双子の人形、妹のスターチス。

ピンクのドレスを着たスターチス。カレンデュラの恋人のスターチス。


「今日も2人は仲良しね。」


仲良しな2人を見て、幸せそうに笑うカランコエ。


「当然さ。僕らはいつでも仲良しだ。」

「当たり前よ。カレンデュラもカランコエもいて、私はいつでも幸せよ。」


それに応えるように、カレンデュラとスターチスも幸せそうに笑います。

3人はいつまでもこの幸せな時間が続く、そう思っていました。




……けれども、幸せは長く続きませんでした。




カレンデュラは悲しそうな顔でスターチスを見て叫びます。


「行かないでくれ。」


それに続くように、必死にカランコエも叫びました。


「お願いだから戻ってきて。」


スターチスは首を振って、寂しそうに微笑んで言います。


「行かなければならないの。」


そうして、スターチスは長い旅に出ました。


残された2人は、いつまでも帰りを待ちます。


歯車がカチカチと鳴る中で、いつまでも。


散って尚、咲き誇る桜の春も

ウンザリする暑さの夏も

モミジの金色と茜色で森が染まる秋も

凍えるほど寒い銀世界の冬も


何度四季を繰り返しても、カレンデュラとカランコエは待ち続けました。


ピンクの色が抜け落ちて尚、歯車の止まらない世界で、2人はいつまでも……




◆◆◆


「……よし、出来上がってる分だけだけど、ここまででいいかな。明日葉も美羽も、純もお疲れ様。」


夏休みでクーラーのよく効いた部室……

俺は出来上がってる分の台本を置いて3人を労う。


明日葉が書いた分の台本を

ナレーションを俺が

カレンデュラを純が

カランコエを明日葉が

スターチスを美羽が


それぞれの役になって演技をしていた。


「ありがとう、宗治さんもお疲れ様!」


台本を置いて軽く伸びをする純に「サンキュー。」と返す。


「随分悲しいところで終わってるけど、このあとどうなるのかな?と言うより、2本も練習やって文化祭間に合うの?」


スターチス役を終えた九重美羽(ここのえみう)が不思議そうに、そして後味が悪そうに首を傾げる。


「まあ、それは台本出来上がってからのお楽しみ、でね。あと、これは何か不備が無いか試しにやってるだけで、俺らが使う台本じゃないから、そこは大丈夫。」

「そうそう。構想自体は出来てるから、後は私と宗治で書き上げるだけ。出来上がったらまたお願いね、美羽ちゃん。」


明日葉がそう言うと、美羽は更に不思議そうな顔をする。


「え、使わないってどういう事?これはこれで面白そうだから、使わないの勿体ないと思うけど。」

「……実は、ちょっと明日葉宛に『こういう台本用意して欲しい』って、お願いがあってね。明日葉には悪いんだけど、こうして書いてもらってる訳。」


「私は平気だけどねー。」とカラカラ笑っているが、負担を掛けてるのは間違いないので、コレばかりは感謝するしかない。


「そう言うことならいっか。じゃあ、続き出来たら教えてね。バイバーイ。」

「ボクも時間だから行くね。また明日ー!」

「ああ、2人とも手伝ってくれてありがとう。帰りは気を付けて。」


そう言って部室を出ていく2人を見送る。

あとには俺と明日葉が残った。


「……ねえ、宗治。」

「なに、明日葉?」


2人になるのを待っていたとばかりに明日楽が口を開いた。

言いたい事は分かってるけど、敢えて知らないフリをする。


「これ、書いていいの……?」

「……本当なら断りたかったよ。ただ、何ていうか、どうしてもってお願いされたからね。」


用途が用途なので、明日葉は躊躇っているのだろう。

実際、知り合いが絡んでくる話なので、あまり受けたくなかった。ただ……


「あとは……そう思ったんでね。大丈夫だと思うけど、何かあったら俺のせいにしてよ。」


自慢じゃないが、こういう勘だけはよく当たる。

それで何かあっても、俺が責任を取ればいいだけなのだ。


「さあ明日葉、俺達も帰ろう?台本書いてくれてるんだ。コンチネンタルのケーキセットくらい奢るよ。」


そう言って緩く微笑み、明日葉と共に部室を出るのだった。

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