第3話「楔と切れ端」

そこには大切な物が鎮座していた。

時に優しく、時に厳しく、星と大地、植物、動物、人……考えうる限りの全てを繋ぐ楔がそこにあった。


時に鬱陶しく感じるも、それでも人々はその楔に対して感謝を忘れた事はない。

楔に意思など無いし、彼らの気持ちが通じることなど無い。

それでも、命の源であるその楔を彼らは敬い、崇め、そして感謝した。


けれど、そんな時だ。

その神とも呼べる楔が砕け、消え去ったのは。


後に残ったのは混乱する世界。

光は失われ、空から星は消え去り、植物は枯れ果て、凍り付く。

緩やかな終わりは、急速な滅びへと姿を変えていく。


「どうしてだ!」

怒り狂う人々。


「これからどうすればいい。」

失われ、更にこれからも刻々と失われていく物に絶望する人々。


「これからは、自分達の手で道を切り開くんだ!」

失った物は戻らない、しかし、それでもと諦めずに立ち向かう人々。


皆はどうにか結束し、迫りくる大いなる絶望に立ち向かった。

けれど、そんな事は無意味だと思い知らされる。


恐ろしい姿を怪物が出たわけでも、光の様な白い翼を持った天使が現れた訳でもない。

その必要すら無かっただけかもしれないが。


彼らの祈りも、努力も、希望も、何もかもが虚しく凍結して消え去っていく。

全てが冷たい氷に包まれ、消えていく。


そうなるはずだった。


何千も遥か先の話。

新たな楔が現れ、世界の凍結が緩やかに解かれていく中で、過去の遺物である少年と少女は目覚めた。

つい先日の様にも思える。

全てが凍てついた世界。

けれど、目覚めた少年達の前には、人がいない以外、元通りの世界が広がっていた。


まるで、ここから世界は動くのだと、告げるように。



◆◆◆


「――以上。」


お気に入りのハードカバーのメモをぱたりと閉じて、俺はそう締めくくる。


「……以上もくそも、何のことかサッパリ分からん。」

「奇遇だね。俺も分からない。けど、残念ながら手元の資料から読み取れたの、これしか無くてね。」


出来るなら俺が一番知りたいくらいだ、そんな感情を込めて流人に向けて苦笑いする。

何せ、殆ど紙切れみたいな物から書き写せたのは本当にこれだけなのだ。


「物さえ分かれば見つけられるんじゃないのか?本屋で注文だったり、ネット通販だったり…。」

「それが出来ればね……。何せ、市販された物じゃないから。ついでに同人の類でもない。」

「そうなのか?」

「ああ。これ、部室から出てきたんだよ。」


ほら、とそれを見せる。

メモの大元は俺達が今いる部室から出てきた物で、それは大分古い手書きのメモだ。

市場に出回ってる書籍なり同人誌なら調べようもあるが、一生徒が書いただけとなるとお手上げだ。


「気になる内容だから前後の話を知りたいんだけどね。文化祭辺りでやってみたいし。」

「………いつのだ?」

「日付が書いてあって、それだけは調べられたよ。この学校が出来る前、旧校舎が大火災で消失するほんの少しだけ前。だから、仮に残りがあったとしても、とっくの昔に灰になってるか、そうでなくとも書いた人はもう生きてないだろうな。」


本当に残念だ。

そう思って大袈裟に手を広げて肩を竦める。


「宗治が予測して書くのは?」

「却下。それなら知らない事にする。個人の想像で留める分には全然構わないが、形にするのは違う。作り手の意思などクソ喰らえ、はやりたくないからね。」

「……わりぃ。そういうポリシーだもんな、お前は。」

「いいよ、怒ってないし。個人的には場合によってはそうするのもアリかな?とは思うけど、これに関しては、本当にそうしたくない。まぁ、案外あっさり見つかるかもしれないし…気長に探すよ。」


そうけらり、と笑うが流人は暗い顔のままだった。


「作り手の意思、か……」

「流人。くだらない事考えてそうだからこの際言っとくけど、同じ『モノ』で同じ読み方でも人と道具は違う。」

「……そう、だな。」


先日の件を考えてるのだろう。

暗い顔をしてる友人を見て、目を細めて溜息を吐く。

流人の複雑な事情を聞いてるので安易な事は言えないが、これだけは言っとこうと口を開く。


「自分で言ったろ?今更そんな身内面して出てくんな、って。んで、色々口汚く言った挙げ句に雨宮に怒られたんだろうがよ。」

「……そうだけどよ。」

「……始まりが最悪でも、後がすべて最悪かと言われれば違う。…逆も然りだけどさ。ようやく一つ終わったんだろ?なら少しは気楽に考えろ。……あそこで遊んでるアイツみたいにな。」


呆れた顔で視線を移す。

部室の外では、こないだ会ったとかいう正体不明の狐にじゃれつこうとしては殴られるか蹴られるか、タックルされるかでダウンしてる幼馴染明日葉がいる。

あそこまでアクセル全開でも困るが、少しはアレを見習ってもコイツならバチは当たらないだろう。


「……アレは真似ていいいのか?」

「嫌なら、絶賛……どちらかと言えば幸せな代わりに大変さで大惨事な奏でも見習うか?」


そう意地悪く悪辣に笑うと、流人は肩を竦めて笑ったあと、「遠慮する。」とだけ返してきた。


「色々呑み込めないからって、此処に来たんだろ。なら全部でなくても少しは呑み込めよ?楔が無くなった=悪い事しか起きないなんてのは間違いだ。それに……」


先程の切れ端を指で挟んでひらひらと揺らして笑う。


「悪い事も、こうしてここで話してる事も、所詮は長いお話に埋もれて消える数ページにしか過ぎないんだから、さ。」


忘れる必要は無いが、毎日思い続ける必要はない。

意図を察した流人は「さんきゅ。」とだけ言って微笑むのだった。



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