第20話 元の木阿弥?
「なるほど、私が倒れている間に、いやはやそんなことがありましたとは」
「村田さんのせいじゃありませんよ」
「しかし、私がいましたら止めることができたでしょうに」
あの後、マガマガは人間の姿を取り戻したが、禁断の魔法を使った代償として、植物状態と似たような状態になってしまった。
どういうことかというと、脳に激しいダメージを受け機能が停止したと言うことではなく、精神的に激しいダメージを受け、脳の機能を止めさせているような状態になった。
言うなれば、目は開いているのに視力を失っていないのに、視界がまったく見えず、脳が考えることを止めている状態だということだ。
「バンとロンはとりあえず一命を取り留めましたが、しばらくは学校を休むことになるでしょう」
「そうですか」
村田が肩を落とした時だ。
「俺のせいに何でもするな!!!!!」
病院内の患者の鼓膜を破るような大声が響いた。誰の声か見なくてもわかった。
「俺がアイツを殴ったのが悪いって言うのか!?」
「それも原因の一つだって言っただけでしょ!?」
「原因!? それを言うならお前はずっと家にいる時あいつに何をしていたさせていた!? ロクに漢字も書けなければ読解力も皆無!! せめてキャッチボールの一つや二つくらい出来る様に練習させてあけばこんなことにならなかったんやろが!!」
「それは私じゃなくても貴方でも良いじゃない!! 休みの日くらいあの子と一緒に遊びなさいよ!!」
「あいつ俺のこと避けるんだおん!! いっそ遊具でも怖がってビクビクビクビクしてたからさっさと来いっこのボケが!! って言っただけでメソメソメソメソ女の腐ったように動けないでいるんだおん!! そんな奴どうすりゃ遊べるんだ!? 俺たちが子どものころなんてそういうことをする子どもはいっぱいいたぞ!? それについていけなくなるべや!!」
「昔と今じゃ全然違うわ!!」
「大体俺が普段会社でどれだけ大変な思いをしているのか分かってるのか!? 仕事を兼任する主婦程度の大変さと同じにするんじゃねえ!!」
「主婦兼任って……っんあ、はぁあ〜!! ふぉあああ〜あ〜あ〜あぁ!! ふぅおあ〜あ〜あ〜あ〜あぁ!!!」
「お前とんでもねえ奴だな? 泣けばなんでも許されると思ってる! ……やっぱ女はだめだぁ。い〜っそメソメソメソメソ泣きやがって。俺は母親死んだ時くらいしか泣かなかったのに……いつまで泣いてんだお前のそのウジウジした性根があいつに移ったんだぁこの自分のことしか考えねえ売女が!!」
「なんでぞう言う酷いごど言うのぉぉお〜?? ねぇぇぇ〜〜、あだしだっで頑張っでるのじぃいいいいいい〜〜〜」
ふぁあぁああアアアァあぁああ〜〜
とまるで生まれて間もなく赤子のように大声で泣き、顔の皺という皺をいっぱい寄せながら、汚らしい顔で泣いていた。
それを見て何故かタジタジとした態度を見せ、先ほどまで怒鳴っていたのに急にぶつぶつと念仏を唱えるように文句を男は言い始めた。しかしそれは周りに視線を向けて変わった。
「何見てんのや……みせもんじゃねえぞゴラァ!!!!!」
ばっこーん!!
たまたま足元に小さなゴミ箱があったからか男は威嚇にするため蹴り飛ばした。あたりにゴミが飛び散るも、男は口を歪めたり舌打ちしながら前につんのめり、ガン飛ばして始めた。
間違いなくマガマガの父親と母親だった。
前者は自分の鬱憤を晴らすように、周りにぶつけるように周りを見渡す。
後者は未だに大人気となく泣き続けて、自分は頑張っている、私は悪く無いあの人が悪いと責め立てるような態度を物言わずしていた。
この二人は面白動画にされて投稿されてもおかしく無かった。そのくらいとんでもない光景であった。
よし、もしだ。ここにマガマガがいたら。
あるいはこの二人が自分の両親なら……。
最低でも、話したいなんてことはおもわないだろうと思っていた。
「移動しますか?」
村田に勧められたがら、グロアは「いや、ここで良いか)と言った。
「そうですな……しかたがありませんな」
村田は少しだけ俯いた。
その後、ナースが来て二人は追い出されそうになったが、なぜかそうはならずまだ居座っていた。
互いにまだお前がお前がと、責め叩いている。塞ぎ込んだはずの傷が疼く感覚をグロアは抱いた。
「少し、用ができました」
グロアは松葉杖で立ち上がった。
「いってらっしゃいませ、グロア様」
こつ、こつ、こつ、
松葉杖を鳴らしながらグロアはその病室に入っていく。
そこには、虚ろな目で前を見ているのか見ていないのか分からない顔をしたマガマガがいた。ブサイクな顔ではないのが救いだと思ってしまった自分自身にグロアは激しい嫌悪感を抱きそうになった。
その虚な瞳を真正面から見つめ返す。
しかし、意識が無くグロアを認識しかいないのか、瞳の色や形は変わらない。
グロアは何を言えばいいのか分からなかった。初めはマガマガがなんて言って欲しいのか考えた。しかし、過去の彼を見て、今の彼に何と言えばいいのか全く分からない。
辛かったね、なんて言葉が頭に浮かんだ。
しかし、直接その通りの過去、あるいはそれに似たような過去を味わったこともない自分が言う資格は無い。そう思い直した。
だから、相手が何を言ってもらいたいか、ではなく、自分に今どんな言葉をかける資格があるのか考えることにした。
怒鳴り続けるだけの父親、被害者ぶり見て見ぬふりする母親、それだけでなく埃だらけの部屋。父親の蹴りのせいか中が飛び出てあふれているゴミ箱。テーブルの上で倒れたコップにそこから流れる飲み物。皿がごちゃごちゃと無造作に汚く置かれている洗面台。
畳の部屋では向こう側にくしゃくしゃのシートの布団。そして母親がしたのか畳の目、一つ一つが所々、細かく破れていた。
そんな惨状の中を、マガマガは幼少期にずっと味わってきた……………「……すごいよ」
ハッとして言葉を止めた。思わず心の声を出してしまったことを恥じた。
「いマ……なンて……」
聞き間違えかと思い、驚いたから、顔を上げることができない。しかし
「ナンて……なん……て……イッたの?」
再び声がした。今度は確かだったから顔を上げると、マガマガはこちらを視界に捉えていた。ごくりと生唾を飲む。
「あんなに酷いことされて……それでも耐え続けて、耐え続けて、どれだけ痛くても、助けを求めたくても、それを許されないから必死に涙を押し殺し、鳴き声を噛み殺していた君は、すごいよ……少なくとも……僕には出来ない。自分の両親にあそこまでの仕打ちをされて……助けを求められず…………ずっと閉鎖された空間の中で暴力に晒され続けていたら、頭がおかしくなるか、自殺していた……だから、今、人間の形を保つことができるマガマガ君は、僕よりすごいや。僕は見た目通り泣き虫だけだから、泣くななんて言われて怒られて殴られたら、多分短いうちに死んでた。今、生きてさえいない」
はにかんだグロアの顔をマガマガは焦点を合わせてみる。悲しげな笑顔、泣き笑い。
その表情は、学校でよくしていた。
「……おれ、サ……家だけじゃなくて学校でもサ……ケッコウからかわれていたんだ。両親に相手に暴力振るえば人として最低。相手を怪我させるようなことがあったら例え相手が先にしてきたり、すごく嫌なことがあってもお前が悪い。相手を殴って失明させたらお前は責任とれるのか。相手の人生を台無しにする危険性があるんだぞ。そんなことばかり言われていた……だからどんな嫌なことされてもキレちゃだめだから……無理矢理笑っていた……そしたらあいつは何やっても笑ってる気味悪い奴だと言われるようになって、からかいから……多分……いじめられた。あの時は何がなんでも暴力振るっちゃダメとか思ってたけど……良く思ったら父さん……俺のこと気絶するほど殴ってたなぁ……あだまを」
そこで感情が爆発したのか、目をギュッとつぶりマガマガは涙を流した。顔の皺が簡単に涙を流してくれず、布団に落ちなかった。
「……おれ……多分さ……多分おれさ……ずっと……ずっと……ずっと……ずっと、誰かに褒められたかったんだ。流石って言って欲しかった。すごいって言って欲しかった。なかなかやるとか、プロになれるんじゃないか !? とか言われたかったんだよ……言われたかった……誰かに言って欲しかった」
その後、マガマガの目から大量の涙が流れた。その涙はあまりにも透き通っており、泣いていなく、顔を歪ませ一生懸命涙にたえておるように、グロアの目には映った。
くっ、と悲しみも涙も自分の希望さえも噛み殺してきた口から、泣き声が捻り出された。
誰かがその様子を見たのか、地響きのような大きく迫る足音が聞こえた。先ほどのあの二人の感激の顔も現れる。
マガマガの名前を呼び、安心したような泣き顔を見せる母親。そして先程のブチギレ具合を無かったかのようにニコリとする父親。
大団円と見てもおかしくなかった。
これから大事には至らなかったものの、マガマガは沢山の人に迷惑をかけてきた。だから謝り、罪を償わなければならない。
しかし本当の根っこの問題は、それらが些細なものだと誤解するほど大きい。
これからもマガマガはこの家に縛り付けられるのかもしれない。そう思うだけでグロアは暗い気持ちになる。
マガマガは、両親が安心した顔を見て、にっこり綻び笑顔を魅せる。
そして一言。
「母さん、父さん。俺、一人暮らしするよ」
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