第19話 俺はダレダ?
『ええええーー〜〜!?!? じゃあマガマガって禍々しいって意味なんじゃん!!』
(……あれ、なんだこれ)
グロアが気づくと、そこには大量の幼い小学生と先生らしき人物がいた。
『そうそう!! だからマガマガ君はすごい力を持っているのかもしれないな〜」
その先生らしき男性は、お化けが飛び回るように両手を前にして全体を見渡す。それを見てどよめく小学生たち。
『でもさぁ、こいつがそんなに強く見えるか?』
そこで初めてグロアは気づいた。これはマガマガの過去、もしくは回想だと。
なぜなら視界に、自分と同じ顔の少年がいたからだ。自分の顔を嫌に表現するのは嫌だが、ブクブクに太ってでかい顔をした少年は、何を考えてるのか分からない、と言われるように薄ら笑いを浮かべている。
『マガマガがそんな強くなんて見えねえよ!! むしろこいつ一番ザコくね!? モブじゃね!?』
『分かる、殺人事件で真っ先に死にそうだわ』
『ホラー映画の最初の犠牲者にもなりそうだよなぁ!!!!』
わざとらしいほど大きく叫ぶその少年の声がきっかけとなり、全員、大爆笑であった。
その中に、マガマガもいる。
しかしその笑みは小学生がまだ覚えるべきじゃない笑みであった。
顔いっぱいに口を広げて開き、吐瀉物を吐き出すように笑っていた。
絵に描いたような自嘲であった。齢二桁にも満たない子どもが、こんな悲しい笑いなどして良いはずが無い。少なくともグロアはそう思っている。自分もそんな笑いをしたことがあるから。
しかしそれは、こんな大勢の中ではしていない。押し入れなど、誰もいない所でそう笑っていた。
『こーらーこーらーまーんーなー、そういうこといーわーなーいーの』
子どもというものを見誤っているのか、先生は全く本気で怒らない。だから生徒たちは全く反省しない。
グニャリ
突然、空間がねじ曲がり色がぐちゃぐちゃに混ざり合ったと思うと、すぐに元に戻る。
しかし今度の景色は、グロアも知っている場所であった。
『っからおめえはっっ!!!! っけんなこのっ!!! クソガキが!!!!』
そこにいたのは若いのか十年前のマガマガの父親であった。少し皺が今より減っていた。その父親がマガマガを蹴りまくっている。
『なんであんな!! ことも!! 全然!! できないんだお前は!!! 男だろ!?!? なんでミットの使い方すら分からないだこの!!』
「……ひどい」
父親の足元で小学生時代のマガマガは頭を両手で押さえてうずくまっている。足も頭も胴体からはみ出ないように抱え込んだ姿勢は、甲羅にこもるカメを彷彿させるものがあった。
日本昔話のうらしまたろうの初めに近所のガキが亀をいじめる場面や展開をグロアは頭の中で、自然と想起していた。
『んとか言え!! このっ!! 俺に、俺に俺に恥かかせやがって!!』
『ごめんなさい、ごめんなさい』
顔は見えないが、声と鼻を啜る音からマガマガが泣いていることが分かる。それを聞き父親は蹴りを止める。
謝るのかとグロアは思ったが、全く違った。父親は大口開けて天井を仰いだ。
『なあんでおめぇが泣いてんのや!? 泣きたいのはこっちじゃぼげぇ!! おめえ見てえな男見たことねぇ!! メソメソメソメソ女の腐ったように泣きやがって!! 男だろ!?!? 歯ぁ食いしばれってんだこのカス!!』
罵倒が終わると同時にまた蹴り出す。
「やめろ!!」
下手すれば死んでもおかしくなかった。
だからグロアの身体が動く。しかし、その身体は父親をすり抜ける。ここは過去の回想、見ることはできても干渉することは全くできない。
『なんでお前は!! お前はお前はおまえはオマエはおまエはオマえはおまえはぉまえはおまぇはお前はお前はあまえはぉま』
途中から何を言っているのか分からないほどの罵詈雑言を、自分の息子に浴びせながら蹴り続けている。
よく見るとその目には涙がたまっており、涙目で虐待しているのだった。
「誰か……だれか」
その時、気づいた。母親はどうしているのかと。息子がこんな目に遭っているのに母親はどうしているのか。
グロアは駆け出して、母親を探し出そうとしたが、その必要は無かった。
駆け出す直前の足取りの時、畳の部屋を見ると、そこに母親はいた。
真っ暗な部屋の中、母親は正座をして身を小さく屈みこみ、畳の目に右手人差し指を、そして左手人差し指を口に咥えていた。
右手を動かしているから、畳の目の数を数えているのかと、グロアは思った。
「自分の息子が大変な時に何を……!!」
ちがう
グロアは聞こえた。これは畳の目を数えているのではない。爪を噛みながら蚊が鳴くほど小さな声で
『なんで……こんなことに……なんで……なんで……なんでなんでなんっで……いきてりゃいいのに……げんきであれば……それでいいのに……なんで……みっとのつかいかたわからないだけで……こんなに……』
心ここに在らず。
母親は現実逃避していた。今のこの現状を一生懸命見ないで、問題じゃないと言い聞かせるようにしていた。
「これが……親の姿なのか?」
グロアは父親、亡くなった母親を思う。
父親は厳しいが、褒める時は褒めていた。
仏頂面は変わらなかったが、子どもと向き合ってあるのが分かる。
最低でも、野球が下手なのかキャッチボールが出来ないのか不明だが、それだけで人として失格のように罵声を浴びせ、蹴り続けるなんてことはしなかった、
母親は優しかった。父親に対し、言い過ぎだと凛と、ハッキリと伝えていた。
厳格な父親が怖かった時も、まあ父親から聞いた昔話やその母親や父親が厳しいこもを話していた。
そして最後には「いざという時はぶん殴ってでもあの人を止める。大丈夫、お母さん強いから」と笑って抱きしめてくれた。
「違う……こんなの」
息子をただ罵倒し、なぜか自分が半泣きになりながら暴力をふり続ける父親。
「こんなの……」
それを見て見ぬふりしようと、一目散に避難し、一生懸命に現実逃避しようとする母親。
「こんなの」
大声で泣くことさえ許されず、父親という大人の暴力に晒され続け、ただただ謝り続ける自分に似た少年。
「こんなの親のすることじゃない!!」
叫びと共に、この景色は煙となって吹き飛び、そのまま塵となり消えた。
煙の向こうには、すっかり顔立ちが整ったマガマガがいた。しかし、なぜか顔全体から汗をダラダラ流している。
「マガマガ……」
声をかけ、近づこうとした時だ。
「何をしてるんですか!!」
二本の腕がグロアの肩を掴んだ。
「状況わかってんのかドあほう!!」
見ると、緊迫した表情のバンとロンがいた。
「あの人、感じられた魔法を使ってるのがわからないんですか!?」
それを聞きハッとした。
マガマガはフェイクドラゴン魔法を唱えていた。数ある禁断とされた魔法の一つである。この魔法は本来高度なドラゴン魔法を簡易に使える種類の魔法である。
中には簡易なのに本家のドラゴン魔法より強いこともある。
しかし代償が大きい。魔力の消費はあまり無いが、例えば寿命やこれから起こる幸運な未来、などを削ってしまうことがある。
しかとランダムだから何を削ったり、どんなリスクがあるのか詳しく分からない。
今回においては、グロアに自身が一番見られたく無い過去、忘れたい過去、あまりに辛くすっかり忘れていた過去、などを見せてしまったり、自分も見て思い出させられるということだった。
だから、忘れたい記憶を見せられ思い出してしまったマガマガは……。
「……さい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!」
正気を保てなくなってしまった。
「ドラコ・バンバーン!!」
その瞬間、マガマガの指に龍の身体のような形をしたピストルが出てきたかと思いきや、一斉に撃ち始める。
「全く、下らない。クーディ・バード・インパクト!!」
ロンの魔法で大きな羽の形をした衝撃がマガマガのピストルの銃弾を全弾、全て弾き返し、全弾マガマガの身体に命中。
「やりましたね」
早すぎる勝利の確信をロンはしてしまった。
「うるせぇぇええええ!!!!」
爆音、ロンの魔法は全て砕かれる。
「往生際が悪い」
その時、マガマガが三人に急接近。
「ドラコ・クロー」
ロンは腹を引き裂かれた。
「ロオオオオン!!」
バンの叫びも虚しくロンは大きく吹っ飛ぶ。
「ドラコ・ドラブロア」
バンの身体にドラゴンの熱気籠った息が直撃。バンは大きく吹っ飛ばされて、ブロック塀、鉄の家、レンガの家、などの壁を砕きながら飛ばされた。
「もうやめてください、マガマガ」
「……れは……れは」
「え?」
「俺はダレダ?」
マガマガは大きく目を見開き、その瞳はブレブレと震えていた。
「オレハ、イイだろ? オレハオマエラオハジンセイノれれるがちがう。おまえらみでにのほほんどクラシデナイんなよ!!!」
もうそこには人格がまともに形成されていない男の姿があった。もうそれは人間と言うには思考が交差しすぎていた。
顔も今はまだそれほどでは無いがだんだん人間から遠ざかり、ドラゴンの面影が見えるようになっていた。
「コレデシネ!!! ドラコ・フライ!!」
予備動作なしの一直線の突貫。しかし、それを長年、厳しい訓練を続けてきたグロアには見極めることができた。
「クロウ・ブレスブレイド」
瞬間、グロアの手に鴉の羽根のように黒い短剣が現れ、そのまま一振り。そしてマガマガが認識できないほどの腹蹴りをした。
そのままマガマガは通り過ぎる。
ドラコ・フライは砕かれ、腹の痛みと衝撃が来たから、マガマガは間も無くバタリと倒れた。
「……思っていたより、大した人でした。すごく強かったです、貴方は」
グロアには見えないし、マガマガ自身も気絶しているからか、気づかない。
自身の目から涙が流れていることに。
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