第15話 友と和解する




 家から出ると外は雨であった。


 先刻まで空から雨粒ひとつ降ってこなかったのに、今は地面が泥に塗れるほど土砂降りの雨である。


 家出のする時に降るなんて幸先が悪いことは確かだ。しかし、グロアがためらうことは無く、そのまま傘もささずに出て行った。


 出て行きしばらく歩いていると、妙に楽しくなってきた。思えばグロアは家出をしたことも、家出をしようとも思わなかった。


 だからこの状況がどこか楽しくなってきた。


「ん? お前はマガマガか?」


 ふと、自分を呼び止める声が聞こえたから振り向くと、そこには大きく一つ結びのポニーテイルの黒髪。そしてもう一人金髪というより少しベージュ気味な髪色のショートヘアで両脇部分がクリンと丸まっている、一見ほんわかな雰囲気に見える人がいた。


 黒髪の方は何故か爪楊枝をくわえている。


「聞いたぜお前、随分とやらかしたんだったな、すげえぜ。見直したわ、な? ロン」

 

 黒髪がベージュに返事を促した。


「そうだね、あれは色々と面白かった。タネが分かればもっと面白い」


「あ? お前、何言ってんだ分かんねえな」


「内緒ですよ、クッフッフッフッフ」


 二人の会話の様子を見ているグロアは、何が目的で自分に近づいてきたのか分からなかった。分からないから、もしかすると自分がマガマガではないことに気づいているのかもしれないとも思った。


 この二人は隣のクラスにいる生徒だ。


 隣のクラスとは、体育の時間にクラス合同で、一緒に授業を受けたことがあるから名前は分かっていた。


 黒髪ポニーテイルはバン・ヒェッシュ

 ベージュショートの方はロン・バンボン


 二人を見る者は大体の人が初めは女性だと思うが、体育は男子と女子はそれぞれ場所や競技などを別々にしてする。


 そのことから一緒に体育をすることが分かった時に、彼らが男子であると分かることか多い。グロアも最初は女子だと見間違えていた。


 よく見ると、顔や肩幅やその他の身体つきが男性なのがわかるはずだがパッと見だと女子だと誤解してしまいそうな見た目をしている。


 あと二人は仲が良いので、男子、女子、それぞれ隠れてファンクラブがあることもグロアの耳に入っていた。

 

「いんやあ、それにしてもお前がセキヅイをぶん殴った時、俺すっげぇスカッとしたわ!! イイモン見れたと思ったぜ!!」


 ガッハッハとバンは大笑いする。

 

 それを見てロンはクッフッフと静かに笑っている。


「はい、確かにあれは爽快でした。予想外の展開だったから、更に気持ち良かったです」


 静かな雰囲気を醸し出しながらも、喜色満面な顔が言葉の意味を強めていた。


「イイモン見たお礼によ、会わせようと思ってよ」


「誰にですか」


「あ? そりゃお前、あいつに決まってるだろ。病院で寝ているあいつ?」


「アギユーだよ。アギユー・エイタック。ことのお前のいじめの友だちだった奴だよ」


 それを聞き、グロアはこれからどうするか決めた。







 その病院の一室は暗かった。夜だからというのもあるが、雨のせいで全体的にジメジメしているせいでもあるのかもしれない。


 病院はつい先ほど、外部の者が面会できる時間を過ぎてしまったからあたりは真っ暗である。


 その部屋には、一人アギユー・エイタックがいた。元マガマガと仲が良かった友だちだ。彼は一人、ベッドで上半身を起こしている。


 眠るわけでなく、かといって起きるわけでもない。ただただ口を半開きにして呆けている。それだけであった。


 その時、その口が少しだけ動く。


「なんで……なんでこんなことになっちゃつたんだろうな」


「こんなことって、どういう、こと……」


 それは小さな声であった。


 幻聴、そうに違いない、とアギユーは小さくつぶやき、声が聞こえた方向に顔を向けた。そこには、何食わぬ顔をしたグロアがいた。


 …………。


 二人はそのまま見つめ合う。しかし、アギユーはかすかに口を開けながら笑った、 、


「夢、か……まさかまたマガマガくんと会えるなんて思っていなかったよ」


 その顔は泣き笑いしているように、グロアの目には映った。


「そっか、よかった」


 グロアは、そのまま無言でアギユーを見据えている。アギユーはそれに眼を向けず、ただ夜空を見上げていた。


「マガマガ、俺、実はそんなに怒っていないんだ。なんかみんなお前が見捨てたって言ってたけど……俺も逆の立場になったら同じことすると思う」


 夢だと思っているのか、本当だと思っているのか、アジユーはしみじみと語り続けた。

 

「あと、さ……これ言っちゃいけないかもしれないけど、多分、今お前よくない状況にいると思うし、言うよ……実はあいつら、特にセキヅイとかハギタクとかさ、全員お前のことが前から嫌いだったらしい。何回か俺もアイツらの愚痴とか聞いて……笑っちまったことがあるんだ……酷いやつだろ? 俺」


 今の内容はマガマガには伝えるべきではないと思った。マガマガが聞いたらショックを受けて、下手すると大事件の種となってしまう危険性があった。


 それにいじめていたとはいえ、元はマガマガと彼らは友だちだった。そう思い込んでいるのがマガマガで他の奴らは全くマガマガのことを友だちだなんて思って無かったことを知るのはショックすぎる。

 

「お前は分かっていたと思うけどさ、俺、実はそんなに良いやつじゃないんだ。誰かに、というかさ、ズルい奴なんだ。大人にどう好印象を持たれるかとかずっと考えて生きていた。大人が求めるような学生を演じていた。まあ、小学校で少しやんちゃしたから、中学からいい子になろうとしたんだ。でも、もう疲れちまった。勝手にやり始めて勝手に疲れる。俺って本当に最低だ」


「そう、か……な?」


「え?」


 予想外の答えだったからか、アジユーは眼を見開く。マガマガらしさとか気にしなければならなかったかも知れないが、もうグロアにとってはそんなことどうでも良かった。


 グロアは、マガマガではなくグロアは知っていた。アジユーの苦しみを。


 グロアの周りはみんな格式も、位も、そして求められるモノも高かった。


 家の全てを背負う形でグロアは生まれてきた。だから、他の者がしない領域の努力を人一倍行ってきた。


 だから振る舞いも周りに気を遣ってきた、


 家の名に恥じないように。


 そしてアジユーに比べると容姿が一歩も二歩、三歩と劣っている。故にどんなに完璧にしても認められないことだってあった。


 だからアジユー以上にアジユーの言葉が理解できるのだ。


「ぼ……俺も周りの人に褒められたくて、認められたくて、でもやっぱりこの見た目だからさ、ダメな時はダメだったんだ。だけどさ、どうしても気に入られたくてさ、半分媚びたようなことしたけど、それが逆に気持ち悪いと思われて、結局その人には認められなかったんだ」


 その話は自分の元許嫁の話だった。


 一目見て絶望し、後に小さく拒絶の態度を示した者の話である。微々たるものだが、アジユーたちの等身大に話は合わせた。直接、許嫁なんてことは絶対に言えない。


「そっか……お前も、そうだったのか」


 その時、雲が晴れたのか月の光がこの病室に差し込んできた。窓に二人の姿が映し出される。


「マガマガ……泣いているのか?」

 

「え?」


 そこで気づいた。自分の目から涙が流れていることに。


「え、なんで……」


 グロアは混乱する。悲しくないのに涙が溢れて止まらない。これはいったいどういうことなのか全くわからない。しかし涙はかわらず流れ続ける。


「お前も、疲れていたんだな」


(疲れて?)


 ふと父の激怒の言葉、そしてマガマガの家での両親の態度と言葉を思い出した。

 いつも怒って怒鳴ってばかりだった。


 これなら、誰だって疲れてもおかしくなかった。それをグロアはずっと分かっていなかった。


(そうか……俺……ずっと……疲れていたんだ)


 そのままグロアはさめざめと泣き続ける。

 時折、声を振り絞るような嗚咽が混じったがそんなこと関係なく泣いていた。


「……なんかお前、どっか変わったか?」


「え?」


 自分がマガマガではないことを見ぬかれたのかと、不安に思ったがそうではなかった。


「なんかお前、どっか雰囲気が落ち着いているからさ。いつもなんかどこかキレてるみたいだったからさ」


 当たり前だ。別人なのだから。


「そっか」


 グロアはそっけない返事しかできなかった。 


「うん、そうだよ。この前とは全然違うよ」


 聞きながらグロアは両者に対して申し訳なくなった。


 アジユーはグロアはをマガマガだと思っているのか。

 マガマガは自分が知らない時に、仲直りしている。しかも自分ではなくグロアと。


 どちらにも偽りが付き物であったたから申し訳なくなっていた。


「ごめんな、マガマガ


「え? 良いのか?」


「うん……あんまりこういうこと言う機会ってないだろ?」


 確かにそうである。しかしながらこのまま仲直りしたら、マガマガではなくグロアが仲直りすることになる。だから仲直りするのは控えたほうが良いとする一方で仲直りしないとも考えた。しかし、このタイミングじゃなければ、ずっもマガマガは仲直り玉木尚かもしれない。


「……分かった。こっちも悪かった。ごめん」


 グロアが頭を下げるとアジユーはびっくりした顔をした。


「お前そんなキャラだっけ? まあいいや」


 アジユーは少し困惑したが今度は直ぐに納得しした。


 二人は仮初だが仲直りの握手をした。

 

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