第14話 論破? そして家を出る




「お前、何やっているんだ」


 今、グロアの目の前に顔を真っ赤にしている父親がいる。

 

 あの後、生徒指導室に呼ばれ、長々と説教みたいなことを言われた後、普通に何事もなく、平然と家に帰った。


 なんとなく母親には話さない方が良いと思い、今日のことは何一つ話さなかった。


 代わりに部屋で勉強していた。

  

 元の家で超高等な教育を受けていたとはいえ、やはり基礎の基礎は大切であった。

 少し分からなかったことがあったり、計算ミスも百問以上解くと少しだけ発生した。


(まだまだ学ばなきゃな)


 そんなことを考えていると、階段を勢いよく上る音が抱えたかと思うと、無造作にドアが開かれた。


「おいマガマガ!! ちょっとこいこの!!! っばかこの!!」


 乱暴に父親は手招きしてくるから、グロアは慌ててついていく。しかし、もう父親が何に対してブチ切れているのかは分かっていた。


 居間に行くと母親が泣いていた。

 

 どうして知られたのだろうと、思っていると、父親な口火を切る。


「お前、今日クラスの奴らとケンカしたのか。しかもお前、魔法使っていたそうじゃないか」


 グロアは嘘をつくのが苦手だ。だから嘘をつくことをしない。この場合は沈黙するしかできなかった。もちろん、それが肯定の意味だと父親は悟った。


「ふざけんな!! 今日たまたま近所の人から聞いたらお前が学校で派手に喧嘩しているのを目撃したって!! 嘘だと思ったのに、なあんだやおめえ!! ばがごのっ!! 人生棒に振るべや!!」


「え、そうなの?」


 思わずグロアはそうこぼしてしまった。

 この父親があまりにも自分が理解できないことを言ったからだ。


 父親は息子の正気を疑うようにギョッとした顔をする。


「あたりまえだろうが!! 学校で問題起こすなんてクズのやることだろう!!」


「でも、相手から襲ってきたんだけど、大人数で」


「だから暴力な攻撃魔法使う奴があるか!! もし相手が怪我したらどうする!! どれだけ成績良くてもまともな学校に通えねえべや!!」


 先ほどからこの男が何を伝えたいのかわからなかった。相手が暴力で魔法を使ってきても、それに対抗するには同じ魔法がまず考えられる。しかしそれを手放すとは無抵抗になるということだ。


 何もしなければ攻撃されて怪我を負うだけである。無抵抗でひたすら攻撃されることを選べと言うのだろうか。そんなことをしてしまえば人格に影響が出てきてしまう。それでも良いと言うのだろうか。 

 

 自分の息子が相手に暴力を張られるのは良いのだろうか。

  

 そんな疑問と怒りが満ち溢れたからか、恐れる感情は何一つとして無かった。


「父さん、それでもし俺が死んだらどうするんですか」


 父親は顔を引き攣った。いつもならこんなに怒鳴ると、マガマガは萎縮して、モゴモゴ何か言うだけであった。


 少なくともこんなに真っ直ぐ自分を見つめて、疑問を呈するなんてことはしなかった。

 

 しかし、今は逆だ。


 マガマガは自分のことをまっすぐ刺すように見つめている。その目は気のせいか、自分のことを責める色もしている。そらに加えて窘めようとしている色も窺えた。

 

 しかし、今まで自分に対して無抵抗で格が遥か下のマリオネットがいきなり言うことを聞かずに犯行してきたら、誰だってムカつく。それが親でも同じであった。


 自分の言うことを少しでも聞かないと、反抗していると見做してしまうのだ。


 しかしあえて言うなら、それは正しい反抗期であることを、この父親は絶対わかることは無い。過去においても、これからの未来でも永遠に知ることは無い。


「親に向かって何だその態度は!?」


 自分の息子の訴えを、餓鬼のような癇癪で誤魔化そうとするその言葉が、それを表していた。


「何だその目は、お前は親の言うことが聞けないのか!?」


(この人……子どもだ……それも小学生くらいの餓鬼大将だ)


 口にはださないが、グロアは軽蔑していた。自分、あるいは自分が慕う人が絶対でそれに従わない者を反乱分子として拒絶する。

 しかも本人はそのことに気づかないタチが悪い餓鬼であった。それがこの父親の本質である。


(マガマガ君……こんな人に育てられたんだ……そりゃ不満だよね)


 そのまま父親は自分の息子を罵倒する。


 やれだらしない性格が、やれ何言ってるか分からない、うじうじした性格がお前の顔を表しているなど、半分人格否定や、女の腐ったようなやデクの棒といった蔑視発言のオンパレードであった。


 だから、本来であればマガマガが話し合うべきなのかもしれないが、もうグロアは我慢ができなかった。


「お父さん、関係ないことを言うのはやめてくれませんか。それに近所迷惑です。幼稚園児のように喚き散らすのも愚かです」


 父親の怒鳴りがピタッと止まった。


 見ると、父親は人差し指をこちらに向けてプルプルと手を震えさせている。顔から血の気が抜けて顔面蒼白に大きなギョロ目。そして、口を『あ』の字に開いて、歯をガチガチさせていた。気のせいか目にうっすらと涙が溜まっているようにも思えたら。


「親に向かって餓鬼とはなんだ餓鬼とは!!」


 その言葉はもうその男にとっては癖になってある言葉であった。何か困るとそう言うしかなかった。困った時は馬鹿の一つ覚えのごとくそれだけ言っていた。


 そうしていればマガマガは、シクシクと泣きうずくまるだけであった。しかし、グロアは全く違う。


「僭越ながら、今の父さんはそのぐらい幼い行動をしているのだと自覚してください」


「……んだと?」


 思わず殴りかかろうと拳を握りしめたが、その前にグロアが追撃した。


「自分の言うことに少しでも逆らったり納得しない態度を見せれば、人の言うことを聞け聞けと言い自分の息子の言葉は何一つ機器やしない。そして少し反対意見を述べただけで大噴火の激怒。関係ない話に持ち込み、性格などで人格否定。それで従わなければ同じことを繰り返しあい続ける。これが餓鬼の癇癪と言わないなら何と言えば良いのでしょうか!! 大人になりきれない子どものギャン泣き!! 大きな子どものかわいくないワガママなどと表現したら良いのでしょうか!!!」


「出て行け!! 今すぐ出て行け!! お前なんか俺の息子じゃ無い!! 出てけ!! 今すぐに出ろ!!」


「分かりました」


 そう言うとグロア立ち上がる。母親が眼を見開き立ち上がる。


「え……いやちょっと待ってよ……何で? なんでこんなことになったの?」


 そこからの母親の悲劇のヒロインの下りは面倒臭かった。


「さようなら」


 だからグロアは手っ取り早く出ようと、二階に行き荷物を整えた。

 

 途中で何回も、やめようやめよう、お父さんに今すぐ謝りなさい、お父さんも本気で言っているわけじゃ無いからなどと縋るようにいわれたが、グロアはもう止まらない。


「今までありがとうございました」


 丁寧に挨拶すると、荷物を持って家から出て行った。


 母親の泣き叫ぶ声が後ろから聞こえた方が、不思議とグロアは全く感情が動かなかった。可哀想と思っても良いではないのかと、グロア自身も思ったが、やはりダメであった。


 その理由はグロアは分かっていた。


「……あのお母さんも、父親と同じくらいだったな」


 自分を変なことで叱ったり、ビンタをする母親と、今、泣き叫んでいる母親、そして先刻までキレていた父親を庇っている母親を思い出した。

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