第11話 やったなら後悔しないように全力を尽くした方が良い
マガマガの家庭は珍しく、家族が揃ってから夜ご飯を食べる家庭であった。それを母親は嫌がっているが、自分の口からは言えない。
「お前、学校はどうだ」
「え? えっと……」
正直、いきなりこんな漠然とした質問をされたから、何で話したら良いのか分からなかった。それに自分はマガマガではない。
故に変なことを話せば本人じゃないことがバレてしまう危険性があるから話せなかった。
ドン!!!
巨人の跫音がテーブルから放たれた。
いきなり父親が乱暴に茶碗を置いた。
どう見ても怒っているし、それを見せつけていた。母親が俯きながら肩を震わせている。
「はっきり答えろはっきりと!!」
ここでグロアは違和感を抱いた。
怒りすぎなのだ。十秒も待たずに不機嫌を顔に出し、怒りを身体全身で表している。
グロアの父親も厳しいがこんな態度はとらなかった。それを考えるとマガマガの父親は異常であった。
「なんでお前はそうやって黙っているんだメソメソと女の腐ったようにしやがって!! 歯を食いしばれ歯を!!」
ガンガンとテーブルを叩き出すその姿は大人な姿ではなかった。失礼だから口に出すことは出来ないが駄々をこねる子どもそのものであった。かける言葉が見つからない。
その前に父親のわけ分からない説教は一時間以上は続いた。その間グロアは生返事をくり返すしかない。母親はずっと俯いていた。
嵐が過ぎ去るのを待つ羊の姿勢であった。
その時、グロアは見当違いな結論に至った。
「あの、父さん」
「あ? 父さん?」
言ってからマガマガはそう言わないことを察した後悔したが、ここで止めてはならないと思い進めた。
「酒飲んできたの?」
は???
父親だけでなく母親までもがそんな顔して見上げた。
「いやだってさ、こんなに支離滅裂なことをぶちまけるって……そう、ヤバいでしょ。だってさっきから何言ってるか分かんないし、てか今どき女の腐ったとかそういうのってヤバいでしょ言って。あ、もしかして父さん、父さんたしか営業会社だったよね。てことは酒とかしこたま飲みまくったでしょ。毎日大量の酒を毎日飲んでいると、翌日に後を引くんだけど、それがあまりにも続くと酒が一日中溜まっている日々が続くんだって。それに営業で酒はストレスがたまるし、酒にストレスが絡んだらもう、ヤバい? だから父さんさっきからそんなに訳わかんないこと言ってるんだって。だってさっきから」
ドン!!!!!!!
いきなり両手をテーブルに叩きつけると立ち上がった。目は充血して、ぎょろぎょろ飛び出ていた。顔はゆでだこのように赤くなっている。これを見てグロアはこう言ってしまった。
「ほら、やっぱり。酒のせいでこんなヤバい顔に」
「親に向かってその態度は何だ!! 家に引きこもっている穀潰しが何言ってやがるんだこのクズが!!」
瞬間、グロアは意識を失った。
「……は……」
気づくと自分のベッドの上にいた。
最も、グロアの視界はあまり見知らぬ天井であった。
「え……痛っ!!」
意識を取り戻してすぐに、頬にズキズキとした痛みを感じた。何かと思い頬を触ると、坊っからと腫れているのが手で分かった。
「ああ、やっと目覚めた」
何が起こったのか分からないでいると、母親が横にいた。
「え、ここは……あ、部屋か」
そこで初めて自分の部屋にいることが分かった。
「何あんたやってんの?」
「え……」
「あんなこと言ったら、あの人が怒るの分かっているでしょ? 何でそんなこと言ったの」
「あ……ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃないでしょ、あんたがあんなこと言うと」
驚いた。グロアは母親が亡くなっているが、それでもこんな扱いを受けたことは無かった。
しかしマガマガの母親は違う。自分の母親とは。
この母親は、息子の心配を全くしない。
それどころか、怪我をしている息子を叱る。そんなことをするなんて、この人は本当に親なのだろうか、と思った。
それが、グロアの入れ替わりの初日であった。何もかもが見たことも聞いたことが無い家だった。
次の朝、グロアの登校日だ。
グロアは規則正しい生活をしている。
だから朝早く起き、階段を降りていく。
すると、今外に出て行こうとドアに立っている父親と鉢合わせした。
「お、おはよう」
「お、おう、早いな」
父親は昨日とは違い少し怖気付いたような顔をしている。なぜそんな顔をしているのかと、グロアは疑問に思ったが、自分の顔が腫れていることを思い出した。
「あ、これは大丈夫だから」
「あ、ああ」
父親は小刻みに頷き、申し訳なさそうな顔をする。そのまま半身をこちらに向けながら出るポーズをとっている。
何か言いたいことでもあるのだろうか、不思議に思っていると、父親は切羽詰まったような声を出した。
「あ、き、昨日は済まなかったな……じゃあ行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
「ああ、ありがとう」
そう言って父親はドアを開いて外に出た。
出て行って鍵を閉めたか確認すると、グロアは洗面所に顔を見に行った。
昨日、母親に包帯を巻いてもらったとはいえ、やはり見た目の腫れがすごいことになっていた。顔半分がほとんどブクッと膨れ上がっているのだ。
これを見た人々は虐待を疑うことは想像できる。そんなことを思っていると、母親が洗面所に入ってきた。
「あんた早いわね、起きるの」
「お、おはよう」
母親はやはり違和感があるのか、首を捻りながら歯ブラシを取り出した。そのまま歯磨きをつけて歯を磨く。
グロアは急いで着替えて、朝の日課であるマラソンや筋トレをしようとした。
しかし、それを母親は止める。
「どこに行くの?」
「え? ああ、外に」
「は!? 外? 何で外になんか行くの?」
ここで気づいた。マガマガは自分のように朝にマラソンしないのだと。そして同時に筋トレもしないことを悟った。なら隠れて筋トレもしなければいけない。
「あ、ごめん、言い間違えた。少しね、あはは……」
怪しい誤魔化し笑いだとグロアは思ったが、母親は何も言わずに鏡に目を向けた。
(もしかしてこれが正解の反応?)
生活をや能力が違うからか、グロアはマガ魔がどういう人物なのか未だその片鱗すら掴めない。むしろ考えれば考えるほどドツボにハマる。
(これは、考えない方が良いのか?)
そう思い無視して部屋に駆け上がった。
ランニングがダメなら筋トレは許してくれるだろう、ということでその場で腕立て伏せを始めた。もちろん上半身を脱いで半裸である。
長年トレーニングを積んでいるからか、鍛え抜かれた筋肉が露わになる。その身体は並、いや普通の運動部でも作れない身体をしていた。
いつもその様子を見ていた村田はこう言っていた。
「むしろグロア様は海辺やプールなどの場面に強いのかもしれませんね」
それを聞いても、何のことかグロアは分からなかった。プールは小学生の時はあったが、なぜか中学の学校からは履修には無かった。
あるとしても家で水泳の講師とマンツーマンでやるから、自分と教師を比べるとみすぼらしく見えてしまっていた。
市民プールに、そして海には一回も行ったことが無かった。
「ッフ、ッフ ッフ ッフ」
百回目に到達した時、少しゆっくりになる。これは疲れているわけでは無い。
鍛えている所に神経を研ぎ澄ませているのだ。講師の教えだあるが、よく筋肉が動いているのを、発達しているのを感じながら筋トレするのが良いと言うことであった。
しかし、それは大体百回越した辺りでなると言うので百回を越してからそうしている。
息を短く吐いていたが、その時になると、鋭く、しかし長く、まるで機械のようにシューシューと吐き始める。
そのまま二百、三百に突入。
そろそろ腕立て伏せのノルマは達成されそうになっていた。
(よし、あともう少し……ん?)
その時、グロアは気づいた。母親が階段を素早く駆け上がって来る音を。
なぜかまずいと思い、咄嗟に腕立て伏せをやめ、上半身のパジャマを着て、ベッドに横たわった。
ガラッ!!
そのタイミングとほぼ同時に、とびらが開いた。もちろん入って来たのは母親であった。
「……あんた何やってんの?」
「え……いや、何も」
そのまま母親はジッとグロアを凝視する。
どう考えても自分を疑っていることは明らかであった。最悪の場合、バレたがしれない。そんな不安が過ったが、母親はやがて、ハンッと鼻で笑った。
「あんた、そういうのはほどほどにしておきなさいよ。お父さんに見られると大変なことになるから。パンツ取り替えるわ」
バダン
無造作に扉は閉められた。どういうことかグロアは意味わからなかった。
不思議に思い自分の股間を見ると、運動したからか、少し汗が滲み出ていた。
「……あ〜、汗汚いってことなのかな」
そのまま待っていると、母親が来て変えのパンツをベッドに放り投げた。
「それは洗濯機にね」
汚らわしいものでも見る目をグロアに向けて来たが、その理由をグロアは結局分からなかった。
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