第6話 過去 マガマガ 友だちを裏切る


 半年前、俺には長年の友だちであるアギユーという同じ男子の生徒がいた。


 アギユーはコミュ力が高く、短い期間で多くの友だちがいた。俺は半分そのおこぼれで多くの友人たちができた。


 正直、ときどき妬ましくなる時があることは否定でなかった。


 ある日、俺は一人で外を歩いていた時だ。


 誰か大人の男性の声が二つ、そしてアギユーらしい声が聞こえた。


 よく前を向くと、人が良さそうな男の人が二人、アギユーと話していた。今思えば見なければ良かったのにその様子をじっと見てしまった。


 初めは相変わらずコミュ力強いな、と思っていたけど、アギユーが苦笑いしていることに気づいた。


 男たち二人は、何かポスターをアギユーに渡そうとして、アギユーはそれに対し、首と手首を振って拒否していた。


 なんとなく怪しい勧誘を受けていることは分かった。見つかると面倒なことになるのは分かっていた。だから立ち去ろうと思った。

 

 だけどその時、アギユーが俺に視線を移した。ドキッとしたがもう遅い、アギユーは俺の方を向いて、何か言いたそうな顔をしていた。その顔がなんの感情を表すのか、手にとるように分かった。


 だけど俺は顔を逸らし、真横に早歩きに移動してアギユーから立ち去った。


 見ようによってはギャグ漫画やコメディの一場面のようだった。俺自身もそう思って明日ネタにしようと思った。


 だけどそうはならなかった。


 次の日、学校でアギユーが病院に入院したことを担任の先生が知らせた。


 先生によると、昨日アギユーは男二人に妙な因縁をつけられ、それが原因で暴力沙汰に発展し、重傷を負い入院したということであった。


 休み時間はその話題で持ちきりだった。


 誰がやったとか、原因はなんだったか、などの話題や、実はアジユーも案外ヤバいやつだったんじゃないか? などと言う者もいた。


「お前はなんか知らねえの? マガマガ」


 急に話を振られたから、俺は何も知らない、と答えてしまった。昨日のアジユーの困った顔が頭にくっ付いたまま。


「マガマガお前……いたよな」


 心臓の音が身体中に響いた。いきなりクラスメイトの一人がそう言った。カーストはかなり上で、アジユーとも仲が良い。


「え……?」

 

 動揺を隠せず上手く返せない。


「いやお前さあ、いたよな。アジユーがいたあの現場に」


「え?」

 

 いや待て、違う、違うはずだ。俺が今とるべき行動はこうじゃないはずだ。


「えっと……何のこと?」


 いや違う違う。こんな言葉じゃない。

 だけど少しでも止まったら図星だと、疑われる可能性が高い。


「てかお前なんでマガマガが近くにいること知ってんの?」


 たしかに、よく考えたらそうだ。どうしてもこいつがそんなこと知ってるんだ。


「それは……これが来たからです」

 

 それは何人かを一つにまとめた、グループアカウントであった。


 そのグループにはここにいるクラスメイトと、何人か別のクラスや学年なのか、俺とかが全く知らないアカウントがあった。


 そいつが見せたグループアカウントの会話の一番上に『やばい、しぬかもしれない』と投稿されていた。


 その後の会話の流れでクラスメイトが『マガマガには言ったの?』と聞くと、『あいつは俺を見捨てた』と投稿していた。


「お前、これマジなの?」


「え、いやいや知らないって」


 ここでクラスメイト全員の視線に囲まれながら正直に言うのはまずい。だからとぼけた。その時、担任の先生が教室に戻ってきた。


「ついさっき、病院に連絡があった」


 背筋が凍りついた。


 


 病院には、放課後に俺を含めた十数人でお見舞いすることになった。


 俺は行きたくなかったが、行かなかった場合、あることないことを吹聴されるような気がしたから、行くことにした。


 病院へ行く時から誰も俺に話しかけてこない。俺の顔が暗いのも原因かもしれないが、それよりも友だちを見捨てたというイメージがそうさせていた。


 だって、時々俺を見る目が怖い。

 何かとても汚らわしいものでも見るような目をしていた。

 

 俺は顔とか性格や言動などが原因なのか、小学生に入る前から、最低でもほとんどの女子から嫌われていた。


 何がそうさせたのかは分からない。

 だけどとりあえず女子からは全員嫌われた。そしてカーストが高い一軍男子からもキモいなどと言われながら過ごしてきた。


 だから、女子がいないか少なくて、ほとんど男子で偏差値が高い学校が無いか探して、今いる高校に入学した。


 環境とかを帰れば、きっと変わると思っていた。予想通り女子が少ないからか、そんなにキモいと思っているような目は無く、俺はこれまでに比べたら、平穏な毎日を過ごしていた。


 その平穏な日々が今、終わろうとしていた。行きたくない、始まってほしくないとか思っていると、時間が短く感じると言うが、それは本当だ。


 なぜなら俺が短い間、悩んでいる内に病院に着いてしまった。


 病院に着き、俺が見捨てたことを言い出したら男子が受付をした。病室の番号を聞き、その場所に行った。


 扉の近くに来た時であった。足が重い。

 鉛を引きずっているみたいに重い。


 立ち止まりたくなるけど立ち止まりたくない。立ち止まった時、こいつらはどういう目を向けてくるか分かる。


 あ、こいつ本当に見捨てたんだ


 そう思うのが分かる。だから進みたくないのに進むしかない。


「ここだ」

 

 とうとう着いてしまった。いや、まだだ。


 落ち着け、どうせあいつだってあれがおれがどうかわからないはずだ。ならここでするべき顔は、大丈夫なのか心配する顔。


 その顔を見ればあいつも俺が心から心配していると思う。そうに違いない。


 先に三人が病室に入っていく。それぞれアジユーを心配する言葉をかけて近づいていく。その三人の後ろには俺がいる。


 いよいよ、アイツの顔を見ることになる。


 大丈夫だ。笑え、笑え。


 大体あの程度の事なんて別に大した事じゃないだろ。俺じゃ無くても誰だって見捨てるさ。アジユーが逆の立場になったってそうするそうだそうに違いない。いつも聖人みたいな、いい子ちゃん顔をしているこいつが俺を見捨てないはずがない。保身を考えて見て見ぬフリするはずだ。なら別に良いだろ、俺が罪悪感を感じる必要なんてまるで無い。だからいつも通り何にも考えてないような顔で大丈夫かと言えば……。


「……ああ……見舞いに、来てくれたんだね。マガマガ君」


 言葉は引っ込み、身体は固まってしまった。頭と顔の下半分が包帯で包まれて、目と鼻だけが辛うじて見えたが、他の顔の部分は全く見えない。


 ただ、右目の部分が、こぶのように腫れていた。


 アジユーはジッと俺だけを見ている。その目は、何かを訴えかけているのが目に分かる。周りの奴らの視線も俺に注がれていた。

 

 全員、俺の言葉を待っている。


 もう、後戻りは出来なかった。口角を上げて上手く笑顔を作って……。


「おうアジユー、大丈夫か?」


 シーン


 その漫画の効果音がどういう音なのか分かった。俺以外に誰も周りにいないからか、水を打ったように静かだ。


 気のせいなのか、風の音が時々、外から聞こえてくる。


「えっと……どうした?」


「何で……笑ってんだよ」


 予想外の答えが返ってきた。

 しかもその言葉は、アジユーじゃなくて他の奴が放った言葉だった。


「お前こいつの姿見て何も思わねえのかよ!!」


「いや、感じてるって。だから大丈夫かって」


「だとしてもそんな気味が悪くなるほど明るい顔で言うか!?」


 そうか、たしかにそうだ。

 

 病室に入った時、みんな顔を引き攣らせていたし今もそうだ。考えてみりゃ当たり前だった。友だちが想像より酷い怪我を負っているのを見たら、こいつらみたいに顔面蒼白気味になってもおかしくない。


 それなのに何の気兼ねなく明るく励ました俺はサイコパスだと思われても仕方ない。

 そんぐらい異常な行動をしてしまった。

 

 今、こいつらが何を思っているのか考えたくなかった。


「マガマガ」


 その声は消えいるほど弱々しかったが、今までの人生の中で一番大きかった。

 声の主はアジユーだった。


 アジユーの方を向くと、あいつは冷たい瞳をしてこう言った。


「なんであの時、僕を見捨てたの」


 息を呑んでしまった。あいつのこんな声を今まで聞いたことが無かった。いつも明るくて、嫌な気持ちを消してくれるような優しい声が嘘のように消えていた。


 多分、もう聞くことは無いのだと思った。


 あの時、俺はそれが嫌で、嫌で……。


「えっと……いやその……あれは違うんだ……その、いや違うとかそうじゃなくて……違うには違うんだけどそういうんじゃなくてその……あの時は……」


 何であんなことを口走ってしまったのか今でも分からない。あんなの、もう自分が見捨てたことを認めているようなものだった。


 その後、俺が何言ったのかあんまり覚えたいない。ただ、あいつらの突き刺すような視線と、時々ため息をつくアジユーが怖かった。


 でも、最後に言ってはいけないことを言ってしまったことは覚えていた。


 みんなから責められるような視線を向けられたからか、そんなに怒るほどのことじゃないだろ、と思ったからなのか。


 分からないけど、あの時、何故だか段々、苛々してきて、あんな最悪なことを言ってしまった。


「そもそもさ……これ、そんな悪い……こと?」


 えっっ?


 アイツらが虚をつかれたような、開いた口が塞がらないような顔は、今でも夢に出てくる。

 

「いや、だってさ、仕方なくない? あれ絶対みんなが俺の立場でも逃げたよ? うん絶対……え? てかなんか俺そんなに悪いことした? 怖くて逃げて何か悪いの友だち死んでも護んなきゃいけねえの死んでも? 意味わかんねえじゃん!!」


 お前、本気で言ってるのか??


 そんな声が聞こえてきた気がしたけど、もう止まらなかった。


「知らねえよ!! 悪くねえだろ!? 俺は悪くねえだろ!? 何で俺が責められるんだよ!! むしろ俺は被害者だろ!! こいつが絡まれるのが悪いんだろ!!」


 多分、それが最大の引き金だったのかも知れない。


 そんなことを言った俺は、次の日から言うまでもなくいじめられた。  


 元々顔がアレだから、何したって良いみたいな印象は周りの人間から持たれていた。


 それに、やりすぎじゃない? などと思う人がいても、でもこいつは友だちを見捨てた白状者だし、言い訳して誤魔化そうとして他人の所為にして被害者面する卑怯者だから。


 その言葉で俺へのいじめは全て正当化されてしまった。そして俺もそれに対して、中途半端な罪悪感を持ってしまい苦しくなった。


 結果、不登校になった。


 それが引きこもる前の、俺の人生だ。



 

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