第5話 裏切り者


 


 その後、俺の学校生活は恐ろしいほど静かだった。


 誰かから悪口を言われることは無いし、誰かから暴力を受けたり、盗まれたり壊されるなんてことも無い。何も無く生活をしている。


 そう、何も無いということは、誰も話しかけないという意味もあった。


 初めは意外と受け答えしてくるから、大丈夫だと思い、話していた。だけど途中から気づいた。


 俺から話しかけないと、誰も話しかけてこない。更にもう一つ、俺から話しかけると少し、ほんの少しだけ拒むような顔をする。


 そして話終わって、自分の席に戻ったり、向こうに行くけど、誰も俺の悪口を言う事は無かった。


 最も、俺が全くいない時の場合は分からない。昼間話しかけたことに文句言っているのかもしれない。

 

 誰にも嫌なことをされないし、無視されることも無いけど誰からも自発的に話しかけることはない。


 そんなことを考えていると、だんだん他の人が俺に話しかけられるのを嫌がっているようにも見えてしまった。


 でもこれはただの被害妄想だ。

 もしこれを先生に相談して、問題にしたならクラスメイトたちが牙を剥く。そんな気がしてならない。


 それに両親も俺が学校に行くようになった喜んでいる。


 父親は、みんなとの遅れを取り戻すぞ、と張り切っているし、母親はそんな父親を見て、安心しているのか、穏やかな目をして笑っていた。

 

 束の間だが平穏を取り戻した。だから何も問題を起こしたくなかったし、目撃したくも無かった。


 だけど、その時は来てしまった。


 

 その日は、総合宗教学という時間割が七時間目にあった。


 総合宗教学とは、世界に存在している様々な宗教を学ぶ授業だ。


 この国は無宗派が多いことから、世界の宗教についての知識を深める必要があるから行っている。この時の授業の主題がよりにもよって最悪だった。


 そう言えば、いじめの原因を俺は誰にも言っていなかった。両親に聞かれた時は言いたくなかったから黙っていた。だから両親もいじめの原因が分からない。


 分かるのは、俺をいじめた奴と元友だちだったあいつにしか分からなかった。


 そいつら以外も知っていたら、この授業の内容が変わったかもしれないのに。

 

 

 この日は『ボンディラー教』という宗教についての授業であった。


 友情と絆の神『アギトゥククル』を信仰するのを中心としている。


 人には見えない絆の糸という縁があり、それは運命を乗り越える為に必要なものである。世界の一人一人が縁を大切にすることが自身、そして隣人たちの永遠の幸福を築くことができる


 この宗教はそれが一番であり、初めの信心としている。そして更に続く。


 その縁を大切にしない者はこの世の大罪人として裁かなければならない。


 そういう考えがあるのだ。


 それを聞いた時、嫌な予感がした。

 暑くも無いのには額から汗が一筋流れてくる。


 その後、ボンディラー教のいくつかの戒めを教えられることとなった。


 いつもこの時間帯は眠くなる。しかし、今は全く逆だ。黒板の一文字一文字がよく見えるほど凝視することができる。


 どうか、どうか変なことを言わないでくれ。それを言った時、なんか嫌なことが起きそうな気がする。


「はい、えーと、つづいては……はい!! これです。隣人を裏切ってはならない!! これはいうまでも無いですよね。みなさん大丈夫……」


 自然と俺は聴覚を一生懸命無くそうとしていた。


 隣人を裏切ってはならない。これは言うまでもなく分かる。友だちを裏切ってはならないということだ。


 よりにもよってどうしてそんな言葉が出てきた。他にいくらでも宗教があるのに、なんで今日に限って……。


「よし、じゃあ〜セキヅイ!!」


 その名前は鼓膜に響かざる終えなかった。


 一番のいじめの主犯格の名前だった。


 あ、やば。周りで俺を見てくる奴が数名いる。まずい、チャイムが鳴って欲しい。


「よし、じゃあセキヅイ。お前だったらどうする。目の前で友だちが変な人に絡まれていたら」


「助けます」


 躊躇なく答えた。


「そうだな、よし、いいぞセキヅイ、じゃあ」


 先生が何かを黒板に書いている。その瞬間、俺は自分の目が信じられなかった。


 俺は幻覚を見ているのかとも思った。


 クラス中の生徒の目が、一斉に俺に向けらるていた。俺をジロジロ凝視するだけで何も言わない。もちろんセキヅイも横目で見ていた。


(お前はそうしなかったよな)


 そう言われている気がした。





 

 





 

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