第3話 父親の我慢に限界が来た
「マガマガ、あんた……学校に行きなさい」
それは突然言われた。
俺と話す時、とりあえず初手全肯定してくる母親がいきなりそう言った。夜だからしないけど、ふざけるなと思い切り怒鳴り散らしたかった。
「もう、これ以上あんたを庇いようがないよ」
その言葉でなんとなく全てを察した。
「もう、お父さんの目を誤魔化すのは限界だよ」
母親の言うことは次の通りだった。
前々から父親は学校に行けなくなった俺がどうしているか、いつ復帰するのか、ちゃんと頑張っているのか、などを母親に尋ねている。
以前、思い切って学校に行きたくないと言ったあの日に、意外にも父親は部屋の前で俺に優しく接した。
不登校の原因を、母親や父親に伝えてはいないが、俺が言いたくないということから、なんとなく察してくれた。
「マガマガ、学校……行きたくないのか?」
行きたくない、という表現がまるで俺がワガママを言っているみたいなニュアンスを感じたから、同意の返事をしたくなかった。
行きたくないじゃなくて、行けなくなったのだと訂正するべきか否か迷っていると、父親から先に口を開いた。
「良いんだ、何も言わなくて……学校に……行きたくないなら今は……良いんだ……うん……まあ、まだ間に合うから、な? 大丈夫だろ?」
「……うん」
「そうか……がんばれよ」
この時の俺は、滅多に優しく接してこない父親が、なぜか優しげなことを言ってきたから、思わず泣きそうになり返事をした。
だが、よくよく思い出してみると、今は、とか、まだ間に合う、などというワードを思い出すと、絶対学校に再び行かせようと思ってしていることが分かったから絶望した。
父親はその時その時で態度と言うことが変わる。それが分かっていても、過去に納得を示したような態度を見ると、分かってくれたんじゃないか、と思ってしまう。
今回の場合も同じで、一日経つと母親に、アイツ大丈夫なのか、このままで良いと思ってんのか、などと迫っていたそうだ。
その度に母親は、なんとか誤魔化していたようだが、とうとう近頃、もう我慢できないということらしい。
すごく母親は泣きながら謝っている。
うん、すごい、すっごい感謝してる。
だけどそんなに謝られると、まるでこっちが命令して無理矢理やらせていたみたいな。
悪役みたいに扱われている気分になる。
確かに家族に迷惑かけてるという観点からなら、世間的に俺は悪だけど、これは違くないか?
なんか知らん内にいざこざがあって、知らん内に話が進んで、知らん内に予想外の苦しい思いをさせていたみたいになってない?
それは違うぞ? 俺はただ部屋にいただけだ。母親を意図して操作して俺を庇わせていた訳じゃない。そんなフィクサーになれるほど俺は頭良くない。
ていうか操作されているのは……。
まあいい、とにかくなんかすごく嫌な気分だ。
なんか俺の存在が他人を不幸にしていると思ってしまう。
そんな気持ちを吐露して母親にぶつけてしまったら、本当にそうなってしまうので言わない。流石に学習している。
何回も自殺未遂されてないからな。
「マガマガ、これはお前のためを思って言ってるんだ。何度も何度もおなじことを言わせるな。だいたい……」
幼稚園から数えきれないほど父親に怒られた。そしてたくさん泣いた。
だからもう学習している。こういう時にどうしたら泣かないでいられるかというのを。
単純な話、殺意を抱くことだ。
説教されている時に、殺意を伸ばせば泣くことは無い。父親の好きな球団が負けだから八つ当たりされた時に、また負けたと言った俺に怒ったこと。
そして一週間も経たない内に、チームが負けた時、自分がまた負けたと不平不満を言っていたこと。
それを母親に指摘されても碌に反省せずに、ごめんごめんとヘラヘラ誤魔化した時。
そういう怒りをヤスリに変えて、殺意をどんどん削っていくと殺意が高まってくる。
だから泣くことは無くなる。
ただ問題なのは肝心の話をあんまり聞くのが、難しくなってしまうことだ。
それの何がまずいかというと、父親が時々する質問の内容を上手く答えられないのだ。
そうすると父親の怒りの説教が長くなるのし叩かれることも時々ある。
思わず殴り飛ばしたい感情が湧き上がるが、それをしたら反撃して、今度は本当に自分のこと息の根が止まるかもしれないからやらない。
「わかったな?」
「あ……はい」
その日の説教は終わった。
今回は質問とかは無かった。いつもは何かしら一つは質問するが今顔はしなかった。
それは嬉しいが父親が立ち去った後、母がこんなことを言った。
「大丈夫?」
「何が?」
「明日から学校よ」
「え?」
いや、聞いていないんだが。
「あれ? もしかして聞いてなかったの? あんた、明日から学校に行くのよ?」
発狂したくなった。
次の日
「うん……うん……うん……うん!!」
母親は俺の制服姿をマジマジと見て、満足気に頷いた。この前まではそれになんとも思わなかったが、今はそれは恥ずべきことだと分かっていた。
十五を過ぎた男が、碌に衣服の手入れや髪の手入れも適当にして、母親に一々チェックされているのは、情けないことらしい。
ついでに、ファッションも詳しくて、自分でコーディネート出来ないと人間の嗜みとしてダメらしい。俺には難易度が高すぎる。
「じゃあ行ってくる」
「あ、弁当は持った?」
「ああ」
「教科書とかは? 宿題は? 何か提出しなきゃいけないものとか忘れてない?」
「うんうんうんうん、大丈夫だから大丈夫」
ここで母親に、うるさい、と怒鳴らないのが俺のダメな所だ。
順調に成長している奴なら、そんなことをいちいち聞かれたら、ブチギレてババアと呼ぶらしい。
俺には怖くて、そんなことはできない。
言ったら最後どうなるか分からない。
「……ってきます」
静かな挨拶をすると、母親は何も聞こえないのか台所のまな板をじっと見ていた。
俺は静かに玄関の扉を閉めた。
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