第36話 Nina project キララ
――――クローン。
アキラが告白したことが全て事実ならば……いや、事実なのだろう。
エピメテウスによってアキラはクローンにされ、なおかつ脳に機械を装着された。
その機械はクローン達に『記憶』をデータとして送信し、一人が死んでも記憶を引き継いだ『もう一人』が目覚める。
また遺伝子を操作され、異形と化した身体に変身することができる。
その恐るべき運動能力によって、組織から暗殺などの汚い仕事をさせられていた。
そして、その遺伝子操作によって一人一人の寿命は短い……。
以上が、アキラの口から教えてもらったことだ。
「マナブちゃんはアキラちゃんから教えてもらったらしいけど、タケシちゃんは初耳よね?」
「クローンの言葉自体は知ってますが……あなたがそうだと? そしてアキラも」
「そうよ」
「ふーむ、そうですか」
意外にも納得した様子を見せるタケシに、キララさんは少しばかり驚く。
「あら、あまり驚かないのね」
「クローンは実現可能な技術ですから。 非合法だからと言って存在しないわけでもないですし」
「でも幼馴染がそうだったらビックリじゃない?」
「幼馴染ってほどでもないでしょう。 俺としては小学生時代の友人なだけですし。 いや、驚いてはいますがね……」
……そういえば、タケシは小学校卒業手前ぐらいで海外へと引っ越したんだっけ。
ということは8年ぶりに再会していることになる。
あの仮初の高校生活があったから、その事実をすっかりと忘れていた。
「意外とクールなのね」
「……俺のことはともかく、いつからあなたがクローンになったのか聞いても?」
「いつからと言われてもねぇ……。 生まれたときからクローンだったわけだし。 そもそもオリジナルなわけじゃないからね。 オリジナルの『アキラ』はとっくに死んじゃってるもの」
「俺の質問が悪かったようですね。 どうして『あなた』は作られたのですか?」
どうして作られた、か……。
いや、そもそもキララさんは『同じクローンから派生したアキラ』と言っていたが、それはいったいどういう意味なんだろう?
「はじめから説明するわね。 コホン」
一つ咳払いをして、キララさんは語り始めた。
「まず私たちの生い立ちを語る前に、一つだけ私たちが持つ『特殊性』について話さなきゃならないわ。 それは『エンジェル・ハイロゥ』と名づけられた電子制御装置。 私たちの脳には機械が付けられているの。 これは『記憶』をデータ化することができて、リアルタイムでコンピュータに送信される……。 それをスタンバイ状態のクローン個体にインストールすることで、ある種の『不死性』が再現される。 この理屈についてはオーケィ?」
「わかりました」
「……ほんとに?」
素っ気なく言うタケシに、疑うような様子のキララさん。
俺も事前にアキラから聞いた話とは言え、いまだにイマイチ理解できていないのに、タケシはすんなりと受け入れられたというのだろうか?
「脳を電子制御するという発想自体は既にあることです。 俺の知らないところ……裏の社会で実現していたとしても、そこまで不思議なことじゃない……と俺は思っています」
「そう……ならいいけど」
仕切り直すようにしてキララさんは話を続ける。
「それで……私の『記憶』のはじまりは、どこかの『施設』で暮らしているところからだったわ。 たぶんオリジナルのアキラの記憶……。 意外と暮らしはヘンテコなものじゃなくって、普通に幼稚園に通って、小学校に上がって、あなたたちに出会って……そして、死んだ」
死んだ、か……。
短命という宿命をアキラは背負っている。
「私たちは短命だった。 オリジナルはある程度育ったそうだけど……クローンである私たちは更に短命でね、数ヵ月の命だった。 それを克服するためか遺伝子操作を受けたわ。 そのおかげで運動能力は飛躍的に向上した……だけど…………。 ちょっと見苦しいけど見てちょうだい」
キララさんはガスマスクに手をかけて、脱ぎ去った。
「……っ!」
思わず声を上げそうになった。
その顔は、頭皮は灰色でうろこ状にヒビ割れていた。
目は異様に大きく中は金色で、瞳孔は縦型になっていてアーモンドのような形をしている。
口元は大きく横に割れていて、唇らしきものはなく、まるで爬虫類のような形状をしていた。
一言であらわすならば、蛇のような頭をキララさんは持っていた。
すぐにガスマスクを被り直してキララさんは言う。
「こんな感じになっちゃったのよ」
「アキラみたいに、普通の人間のようにはなれないのですか?」
あくまで冷静にタケシが聞く。
あの顔を見ても動揺していないなんて、とんでもない度胸だ。
「そこがちょっとしたポイントでね……。 あるときを境に、私たちは2パターンのアキラに枝分かれしたの」
「2パターン?」
「そう、あなた達……とくにマナブちゃんが知ってる『アキラ』は、このアキラちゃんよね?」
ポン、とアキラの頭に手を置くキララさん。
そのスキンシップを嫌がる様子は無いあたり、仲の良い関係なのだろう。
「アキラちゃんは『擬態型』よ。 エピメテウス……組織の連中はそう呼んでいたわね。 役割としては『学習』 普通の人間のように学校に通って社会常識や学力を身に着けるのが仕事だった」
アキラの頭から手を離し、自らの胸に手を当てるキララさん。
「そして私は『戦闘型』 仕事は『傭兵』 裏の仕事を沢山こなしたわ。 そのために更なる改造手術を受けて、まぁこんな見た目になっちゃったわけ」
元は一つの人間のクローンなのに、姿が全然違うのは、そういうことだったのか。
なんとなく性格も違うように思えるが……。
「記憶は共有していた?」
と、タケシが聞いた。
そうか、脳の機械で記憶は共有しているから、姿は違っても記憶……つまり人格は同じなはずだが。
「最初はね。 共有される記憶ならば、姿形は違っていても良い……それならば『仕事用』と『学習用』のクローンのボディを分けた方が効率的、っていう目論みだったんでしょうけど、実際にはそう上手くいかなかった。 単純に脳の容量不足か……二つの記憶を同期させるとバグっちゃったみたい」
バグ、か。
そのとき何が起こったのかは……あまり想像したくないな。
「と、いうことは……」
「そう、そこから完全に私たちは道を分かつことになった。 『アキラ』と『キララ』にね……。 アキラちゃんは普通に生活して、私は傭兵として。 記憶データは別にしてね」
なるほど、それならば二人の性格の違いは納得できる。
「そんな生活に転換期が訪れたのは、ちょうど三年前ぐらいかしら」
三年前……俺とアキラが高校を卒業したあたりか?
「何が起きたんですか?」
タケシに問われると、キララさんは遠い目をして……いや、ガスマスクで目線は分からないが、とにかく昔を思い出すような仕草を見せる。
「あれはそう、私がとある敵対組織のアジトに潜入したときだったわ。 化学工場だったわね。 そこを爆破して脱出する予定だったんだけど、ちょっと失敗しちゃってね。 逃げ遅れて爆発に巻き込まれたの。 そのとき組織は私が死んだものと思ったようだけど……実は違った」
壮絶な過去を冷静に語るキララさんに、これまた冷静な口調でタケシが聞く。
「というと?」
「奇跡的なことが起きたのよ。 爆破で瓦礫の破片が私の頭部に直撃したんだけど、それがうまいこと機械だけ壊して、脳自体は無事だったの。 そして、そんな状態で気絶していた私を助けてくれたのが……とある組織だったのよ。 名前は言えないのゴメンなさいね。 普段から自分の組織に不満を持っていた私は、脳の装置が壊れていると気付いたら洗いざらい全てを喋ったわ」
脳の機械……記憶をデータ化して送信することができる。
それは裏を返せば、常にキララさんの居場所が組織に明け透けになっているということだ。
だが、それが壊れてしまえば……絶好の裏切りのチャンスってわけか。
「運が良かったというか、その私を助けてくれた組織は、とある国の諜報機関でね。 エピメテウスとは敵対関係、つまりは対テロ活動をしているところだったの。 そして私が居たアジトへと襲撃する計画が立ち上がって、そのチームに私も参加できたわ」
「それは成功したのですか?」
いま、ここに元気に生きているキララさんを見れば、ある程度は予想できるが、それでも結末は気になるところだ。
「半分成功半分失敗ってところかしらね。 アジトは壊滅して、私たちの予備のクローンは全て押収したのだけれど、そこはエピメテウスの本部ではなかったし、重要な主要人物は逃げたあとだった。 私たちを作り出した博士が居たはずなんだけどね……」
「……つまりは、あなたとアキラを作り出した主犯、そのリーダー格の博士は捕まえられなかったというのですか?」
なぜか、不思議そうにタケシは問いかけた。
「ええ、残念ながらね」
「素性も分からない? 名前すらも?」
「分かってたら、とっくに指名手配にしてるわよん」
「……そうですか」
それだけ聞くと、タケシは視線を空中にやり、アゴを擦りながら何やら考え込み始めた。
その様子を見てキララさんは不思議そうに首を傾げたが、気を取り直してか話の締めくくる。
「……とまあ、私たちの物語はこんなかんじ。 それから色々とあって、この雛鳥研究所でお世話になってるの。 アキラちゃんもそうよ。 これが私たちの物語……わかってくれたかしら?」
……話の内容は分かった。
しかし俺の中で全てを処理しきれていない、感情とか、心とかそういう部分で。
アキラのことは、ただの幼馴染だと思っていた。
だけど、俺の知らないところで、そんな辛い境遇の中に居たなんて……。
今では、ある程度はマシになったのかもしれないが、それでも一つだけ解決できていない点もある。
それは――――。
「あっと言い忘れてたわ。 私たちの短命の件だけど、実はそれってもう解決済みなのよね」
「えっ?」
いま、正に俺が思っていたことを『解決済』と言うキララさん。
「ど、どういうことですか?」
「簡単に言うと私たちって細胞が常人の数倍の速度で劣化していく体質なんだけど、そのスピードを抑える特効薬を使っているから、数ヵ月で寿命を迎えることは無くなったのよん」
……思わず身体の力が抜ける。
なんだ……とっくに解決している問題だったのか。
――――しかし、そうだとすると、あの仮想現実上でのアキラの告白は?
短命による悲しみ。 たとえ記憶が引き継がれようとも、生きて死ぬのは間違いなく一人の人間。
だからこそ、あのときのアキラは『今の自分を忘れないで欲しい』と言った。
……そういえば、あのVR装置は記憶を改変する機能があったという。
つまりは、あのときのアキラは『昔の自分』のままだったのか?
ということは、あのアキラの台詞は、昔ずっと思っていた秘めたる願いだったというわけで――――。
「ちなみに、その特効薬を作ったのは誰ですか?」
タケシがそんなことを言い出した。
そんなの誰でも良いだろ、と思わなくも無いが、俺とは違って知識欲というものが高いのだろう。
「ちょっと言えないのよねん」
「秘密ということですか? 細胞の劣化を緩める薬というのは、かなりの大発明な気がするのですが」
「劣化を緩めるという効能は、あくまでも私たちの体質に合わせたもので、一般人には効果が無いのよ」
「なるほど。 しかしそれでも、製作者が秘密というのは妙な話に聞こえますな。 それはあなた……クローンという違法な存在を隠すために併せて、その製作者も秘匿するのですか? だが、既に俺たちは知ってしまっているわけですし、ならば……」
「悪いけれど、それだけじゃないのよ。 ええと、だから……」
やけに追及するタケシに、キララさんは困った様子で言いよどんでいる。
すると、タケシのほうから答えに辿り着いた。
「つまり、製作者自身が、その存在自体が『知られてはいけない』ということですか?」
キララさんは「あら」と驚いて、そして観念するかのように答えた。
「鋭いのね。 そういうことよ……これ以上は何も言えないわ」
「ふむ、そうですか。 まぁ何となく分かりました」
「分かってもらっちゃ困るんだけどねぇ」
苦笑するキララさん。
俺としては、今の会話が何を指し示すのかサッパリだ。
タケシは何を聞き出そうとしたのだろうか?
「さあて、これであなた達に話すべきことは全て終わったわ」
その言葉を聞いて、俺は深い溜息を吐いた。
何か何まで現実味の無い、まるでドラマのような話ばかりだったからだ。
まさか俺が、何の変哲も無い一般人の身である自分が、そのようなことに巻き込まれるとは思ってもみなかった。
「と言いたいところだけどん」
突然、キララさんが再び口を開いた。
「実はもう一つだけ、あなた達に見てもらわないといけないものがあるの」
そう言いながら、キララさんはスマホを取り出した。
MINA Project @youreizou
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