第35話 Nina project 医務室
気が付くとベッドの上に俺は寝ていた。
ぼんやりと頭がうまく働かず、目覚めた瞬間のことは曖昧だった。
医者のような風体の白衣の男性が来て、問診のようなことをされたと思うが、その内容に関しては詳しく記憶していない。
一日目はそれで終わった。
軽い食事とトイレに行ったことぐらいは覚えている。
二日目は、もうちょっと頭がハッキリしていた。
円柱の形をした運搬型ロボットが朝食を運んできて、それを平らげて少しばかり無為な時間を過ごしたあと、また昨日のように医者が来た。
体調はどうか、何か頭に違和感は無いかという軽い問診を受けた後、俺の方から質問をしてみた。
ここは何処なのか、家族に連絡は出来るか、などの事だったが、医者らしき男性の答えは『自分からは何も教えられない』『家族への連絡はまだしてない、できない』というものだった。
それに対して抗議しようと思ったが、それだけ言うと逃げるように医者は部屋から出て行った。
俺が居る病室のような場所には複数のベッドがあり、そこにはタケシも居た。
そのタケシに現状について話し合おうと思ったが、当の本人は『まだ本調子じゃない』とだけ言って、すぐに横になって眠ってしまった。
仕方なく俺も、しばらく物思いに耽ったあと、眠ることによって一日を過ごした。
そして三日目…………。
運搬ロボットが持ってきた朝食を食べたあと、しばらくして出入口の扉が開いた。
先日のように医者かと思ったが、その予想は違った。
「あ、アキラ!?」
「……よお」
そこにはアキラがジャージ姿で立っていて、そしてその隣には大きな男がガスマスクを被って佇んでいた。
この人物には見覚えがある。
俺たちが囚われていたVR装置から目覚めた後、救出してくれるために現れた……はずである人物だ。
そしてアキラ自身も『姉貴』と呼んでいたし、なにより今現在アキラが緊張した様子もなく彼と並び立っていることから、それほど怪しげな人物ではない……と思いたい。
正直、ガスマスクを被っていることは奇妙ではあるが。
「お元気そうね? 体調は良い感じかしら?」
「ええ」
タケシがそう応えると、彼は満足気に頷いた。
「そう、良かったわ。 それじゃ……色々と聞きたいことがあるわよね?」
もちろんだ。
ここは何処なのか、俺たちが拉致された理由とか、犯人は誰なのか、とか。
…………あの、クローンAIだとタケシが説明した少女のこととか。
そのことについて教えてくれるのだろうか?
そのために、俺たちが快復するまで日を置いたのか?
たしかに、昨日一昨日よりは頭がハッキリしている。
「ここは何処ですか?」
何から聞こうかと考えあぐねていると、あらかじめ質問を用意していたのかタケシが淀みなく聞いた。
「雛鳥研究所よ。 ここは職員用の医務室ね」
大男の彼がそう答える。
雛鳥……? その名前には大いに聞き覚えがあった。
俺がそれについて質問するよりも早く、タケシが続けざまに問いかける。
「なぜ、一般の病院ではなく、俺たちはここに?」
「それは、あなた達が重大な組織犯罪の重要参考人だからよ。 悪いけれど、そう簡単に外へ出すことは出来ないの」
「それは、あの……大規模なVR装置と関係が?」
「ええ、そうよ。 報告によると、あなた達は自力で自分たちが仮想現実に居ると気付いたそうね? それにニナちゃんがクローンAIであることにも……。 それはどうやって気付いたの?」
逆に質問を返される形となった。
俺は……色々とあったが、主にタケシから教わったようなものだ。
言われてみれば、タケシがどうやってVR世界に気付いたか聞いていない。
クローンAIのこともそうだ、一体どうやって知ったのだろうか……。
「……さぁ? どうしてか、そうであると認識していました」
「……そうなの?」
「はい。 実際問題、あの仮想現実での出来事を全て詳細に記憶しているわけではないですし。 お前もそうだろ? マナブ」
「あ、ああ」
俺は頷いた。
タケシの言う通り、細かい部分までは覚えていない。
一週間前の食事の内容を全て覚えていないように、完璧には全てを記憶できていない。
……だが、VRだのクローンAIだの、そんな重要なことを忘れていることなんてありえるのか?
そう思ったとき、ふと一つの考えに至る。
――――もしかしてタケシは何かを隠している?
「何かサブリミナル的な効果で俺にそういう情報が与えられたのではないのでしょうか? その目的までは不明ですが……」
「……そう。 まぁ、そこらへんに対しては分かったわ」
タケシの言い分を、どこか少しだけ不満気に飲み込む大男。
「こちらの質問を続けても?」
「ええ、もちろんよ」
「ここは雛鳥研究所とおっしゃいましたが、あなたのような戦闘員を雇っているのですか?」
戦闘員、という言葉を聞いて、俺はあの時の大男が巨大なマシンガンを携えていたことを思い出していた。
FPSゲームの経験から、ある程度の実銃の知識はある。
しかし、あそこまで大きな機関銃は初めて見た……と思う。
「それはね……ややこしい説明になるんだけど、雛鳥研究所は表向きAI技術の研究所と発表されているけど、裏側の側面として『対テロ活動』もしているのよ。 もちろん国家公認よん、一般公表はしてないけどねん」
対テロ活動……?
この平和な日本で?
「対テロ活動ですか」
「ええ、あなた達のような一般人からは、この日本は平和に映っているでしょうけど、社会の裏側では危険なテロ活動を企む悪者がたくさん居るんだから。 まぁテロって言っても爆破とかそういうんじゃなくて、サイバーテロが主だけどね」
サイバーテロか……そういうことなら、俺たち一般人の目にも映らないか。
それに、サイバーテロが話題になったり、ニュースになっているところを見ないということは、この人たちのおかげだったりもするのか?
「サイバーテロはともかく、俺たちを拉致したのもテロリストの仕業なんですか?」
「そうよ」
「その組織の名は?」
「……『エピメテウス』よ」
「エピメテウス? それって……」
アキラの方を見ると、苦い表情をしていた。
「ああ、マナブちゃんは知っているのよね? でもちょっと待って? アキラちゃんと『私』のことは後でまとめて話をするから……」
エピメテウスとはアキラを改造人間にした危険な組織……とアキラ自身から聞いた、仮想現実上で。
今すぐにでも、その組織について聞き出したいところだが……。
大男に制されて、俺はやむなく口を閉ざした。
「話をまとめると、こうですか? 俺たちはエピメテウスに拉致されて『ニナ』のクローンAIの製作に協力させられた。 そのところをあなた達……『秘密の正義の組織』が救出した」
「そんなところね」
「どうやって俺たちの居場所を?」
「タレコミがあったのよ」
「タレコミ……? 内通者ですか?」
タケシがそう聞くと、残念そうに頭を振る大男。
「残念だけど、そうじゃないのよ。 現在のエピメテウスは完璧に潜伏していて、スパイを送り込むことは出来ないの」
「じゃあ、どうやって?」
「だから、タレコミよ。 おそらくエピメテウス内部の人間が情報をリークしたのね。 あなた達が拉致されている場所を」
「……そりゃまた、どうして?」
俺と同じ疑問を持ったタケシが直に聞くと、またもや大男は頭を振る。
「わからないわよ、私たちにも。 強いて想像するなら、エピメテウス内部に良心の呵責に耐えかねた人物が居た、とか……。 とにかく、あなた達の行方を追っていた私にとっては、そのリークされた情報に飛びつくしかなかった」
「そして、そのリークは正しかった、というわけか……。 ふーむ……」
考え込むタケシ。
俺もすこしばかり、今の話に違和感を覚えていた。
良心を痛めたテロ組織の一人が、俺たちのために情報を漏らした?
なんというか……あまりに都合の良い話に聞こえる……俺たちにとって。
「一応、聞きますが、俺たちが囚われていた場所はエピメテウスのアジトじゃなかったんですよね?」
「まあ、アジトと言えばアジトだけど、本部ってわけじゃないわね」
「しかしデータは本部に送られていたはずでは? つまりクローンAIのデータのことですが」
「そうよ。 その送信先については追跡中よ」
「追えますか?」
「あの子なら大丈夫だと思うけど……」
そこで、一区切りといった感じで会話が止まった。
二人の話を聞いてみて俺が思ったのは……つまり、何が何やらサッパリだということだ。
「あの……」
「ん? あたし?」
思い切って大男に話しかけてみる。
「はい……えっと……」
「ああ、そういえば名乗って無かったわね。 あたしはキララよ」
「は、はあ」
キララか……随分と煌びやかな名前だな……まさか本名なのか?
「あの、キララさん。 俺たちがエピメテウスっていうテロ組織に攫われたという話は分かりました。 キララさんの組織に助けられたってことも。 だけど、一つだけ気になるんです……どうして『ニナ』のクローンAIを作ってたりしてたんです?」
クローンAIの概要は理解している。
仮想現実上に疑似的な『ニナ』を再現する技術だ……そうタケシが言っていた。
それを目論んだのが花村秀隆……ニナのお父さん。
死んでしまった我が子を甦らせたい、その動機は十分に分かる。
だが、そのことと、テロ組織とが結びつかない。
おそらく花村秀隆はエピメテウスと協力しているのだろう。
花村秀隆側にはメリットがある、いわゆる資金力というやつだ。
クローンAIを作るには大量の資金と人員が必要なはずである。
俺たちが拉致されたのも良い証拠だ。
しかし、エピメテウス側には何のメリットがあるのだろうか?
言ってしまえば花村秀隆のやろうとしていることは、たった一人の少女を……その模倣した存在を仮想現実上に再現することだ。
そこに、エピメテウスにメリットがあるのか?
そういった疑問を含めた質問だったが、キララさんは困ったように頭を掻いた。
「それが、わからないのよねぇ」
「わからない?」
「ええ、どうしてニナちゃんのクローンAIを作ることにエピメテウスが協力しているのか、まったくもって理解不能なのよ。 だからこそ不気味で……」
「真意がわからないからこそ、ある意味で当事者である俺たちをおいそれと解放できないってことですか?」
「そのとおりよタケシちゃん。 ごめんなさいねえ」
……俺たちが普通の病院に居ないのは、そういう理由だったのか。
しかし、俺たちだって何が何やらだ、どれだけ考えたってエピメテウスの真の目的なんて分からない。
ニナのクローンAIで悪事が働けるっていうのか?
「ま、そういうわけだから、もうちょっとだけ私たちに協力してね?」
「まぁ、俺に出来ることなら」
「あ、俺も……」
タケシに続いて俺も頷くと、キララさんは両手を合わせて嬉しそうにした。
「きゃあ、うれしい! 二人ともそう言うと思ってたわぁ! やっぱり持つべきものは良い友達よねぇ~!」
「……友達?」
俺はキララの言葉に引っかかった。
俺とキララさんは初対面のはずだ……言っちゃ悪いが友達っていう間柄じゃない。
それとも『出会った瞬間から友達よん!』っていうノリの持ち主なのだろうか。
「あら……ま、そういう反応は仕方ないか。 じゃ、そろそろ『あたし達』の話をしましょうか。 ちょっと本題からはズレるけど……いいわねアキラちゃん?」
キララさんがアキラの肩に優しく手を置くと、アキラは黙ったままコクリと頷いた。
「そういや……キララさんはアキラのお姉さんなのですかな?」
タケシが俺の持っていた疑問を当人を聞いてくれた。
あのときVR装置から目覚めて、すぐまた気を失ったとき、たしかにアキラはキララさんのことを『姉貴』と呼んでいた。
しかし、アキラに兄弟姉妹が居たなんて、今まで聞いたことが無い。
「あのねぇ、タケシちゃんマナブちゃん……驚かないでほしいんだけど」
たっぷりと間を取って、キララさんは言った。
「実は私はアキラちゃんのお姉さんじゃなくて……一人の人間から派生したクローンなの」
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