第33話 Last Scene 4
「思い出した?」
ニナの言葉で目が覚めた。
なぜだろう、なんだかずっと長く眠っていたような気がする。
ええと、今はたしか…………。
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そうだ、たしか……駅の近くで謎の爆発事故が起きたんだった。
その爆発がニナの家を巻き込んでいて、なりゆきで俺の家にニナを止めることになったんだっけか。
それで夜になって……ニナが俺のベッドの中に入ってきた。
そして『思い出して』と言われて、高校時代のころを回想していたところだったんだ。
「思い出したよ」
科学部でのことは、すっかり思いだしていた。
「ほんとに?」
「ああ、なんだかあっという間だったよな、あのころって」
「……うん、ほんとにね」
ニナも頷いた……と思う、俺の背後に横たわっているから見えやしないが。
「じゃあ、中学生のころは?」
唐突に、ニナがそんなことを聞いてきた。
――――中学時代……?
「…………あんまり覚えてないなあ」
いや、まったく覚えていないわけではないが、なぜかアキラとの思い出ばかり浮かんでくるのだ。
家庭科の授業で裁縫の意外な才能に驚いたり、柔道の授業で倍はある大男を投げ飛ばして驚いたり、チャーハン2キロ食べたら無料のキャンペーンをクリアして驚いたり…………あいつにはいつも驚いてばかりだな。
とにかく、どうしてかニナとの思い出が、とんと思い出せない。
「覚えているはずだよ」
「へ?」
「中学の時の、ニナのことを覚えているはず」
急に、ニナの一人称が変わった。
いつもは『私』と自分のことを呼ぶのに……。
「いやぁ、そのぉ……」
覚えていません、と言うわけにもいかずに困っていると……。
「2032年、10月の8日のこと、覚えてるでしょ?」
正確な日付を言い出すニナ。
2032年? っていうと……今から8年前か?
それの10月……?
……だめだ、やっぱり思い出せない。
ニナのことだけ、だけじゃなくて、アキラとのものも……いや、その当時の全てが思い出せない。
たしか中学一年生のころだよな……? なぜか、そのときの記憶がスッポリと抜け落ちている。
「そんなはずは、ないはず」
心の声を聞いたかのようなニナの言葉に俺は驚く。
「マナブくんが思い出したくないだけ。 だってもう『ロック』は外してるもん」
「え……?」
ロック?
「思い出して……ニナのことを」
「で、でも」
「思い出して…………!」
静かに、だが強く、そしてどこか悲痛な声でニナが懇願する。
その勢いに圧され、俺は懸命に思い出そうと目を閉じた。
すると、不思議なことが起こった。
目を瞑ると、まるで映画のスクリーンのように瞼の裏に映像が浮かんだ。
俺は……昔の家、つまり、家族と一緒に過ごした自宅に立っていた。
その廊下を歩いている、俺の意思とは無関係に、自動的に。
リビングに来ると、そこには両親が立っていた。
ここで、俺は、大事な話があると言われてリビングに向かったことを思い出していた。
そう、それは中学一年、秋のことだった。
俺は内心、ビクビクと怯えていた。
その理由は、まだ思い出せない。
親父が喋る。
「マナブ、今から言うことをしっかりと……」
母さんが喋る。
「ねぇ、あなた、まだマナブには早いんじゃ……」
「いいや、たしかにマナブはまだ子供だが、小さい子供じゃない。 それに、いずれ必ず知ってしまうことだ。 だから俺たちの口から言わなきゃならない。 それが親の務めだろう?」
「そう、ね……」
母親が一歩下がる。
そして、目の端に涙を溜めながら、俺と心配そうに見つめている。
「……あのな? マナブ……。 これから言うことを、気をしっかりと持って聞いてくれ」
そのとき視界が急激に動いた。
俺が、中学のときの俺が親父に掴みかかったのだ。
――――ああ、耳鳴りがし始めた。
すごくうるさくて、俺の言葉が聞き取れない。
「――――のこと!? ――――のことなんだろ!?」
この時の俺は、どこか悟っていたのかもしれない。
聞かされていた事実が、実はそうではないことを。
「あのな、マナブ ――――は―――――交通事故で――――入院――――言ったけれど」
耳鳴りがひどくて、言葉の節々が聞き取れない。
『それは、あなたが聞きたくないから』
誰かの言葉が頭の奥底から響きだす。
それと同時に、耳鳴りが止まった。
『でも、聞かなきゃダメ』
その声は、今にも泣き出しそうな声だった。
そして親父が言った。
「――――ちゃんはな」
『聞いて』
場面が巻き戻る。
まるで映像を巻き戻したみたいに。
「あのな、マナブ。 あの子は交通事故で入院中で、命には別状ないと言ったけれど」
今度は、はっきりと聞こえた。
「ニナちゃんはな、その……亡くなってしまったんだ」
――――俺は跳ね起きた。
振り返ると、ニナも起き上がっていた。
俺たちは見つめ合っていた。
「…………思い出した?」
小首を傾げて訊ねてくる。
いつもなら可愛らしいと思うような仕草だったが、今の俺には恐怖にしか感じなかった。
「思い……だした……」
それは、目の前の存在に対する返答じゃなく、自問自答のようなものだった。
俺は全てを思い出した。
中学生の頃、急にニナが登校しなくなった、あれは夏頃だったか。
担任の先生は交通事故で入院中だと言っていた。
お見舞いに行きたくても、行けなかった。
絶対安静だから誰も会うことはできないと、病院の場所も教えてくれなかった。
そして時間ばかりが過ぎて行って、秋。
一向に面会が許可されない状況に、俺は不穏な想像をするようになっていった。
それが真実であること、実の親から聞かされた――――。
「思い出したよね?」
あの子とそっくりな声で話しかけてくる。
そうだ、思い出した。
葬式にも出た、遺体は無かった。
その事情も聞かせてはくれなかった。
喪失感で胸が一杯で、中学時代のことはよく覚えていない。
実際、死体のように学校へ通っていたように思える。
なにもかも空虚で、ただアキラと二人、大切な人を失った者同士で支え合っていた。
感情を取り戻したのは高校生になってからだったと思う。
「ニナのこと、思い出したんだね」
目の前に女の子が座っている。 俺のベッドの上で。
あの子がもし成長していたら、そんな顔をしていたのかもしれない。
でも、この子は、あの子じゃない。
「お前は、ニナじゃない」
自然と、そんな言葉が口から出た。
すると、彼女は寂し気に笑った。
「あは、バレちゃった…………」
――――そして、俺は落下した。
全てが真っ暗になって、ただ浮遊感だけが俺の感覚に残った。
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