第29話 archive No.315


 深夜、月の光だけが満ちる科学部、俺とアキラは身体を寄せ合って座り込んでいた。

会話も途切れ、ただ時計の針が進む音だけが聞こえる。


「…………えっ?」


 静寂を打ち破ったのは隣からの小さな声。


「えっ!?」


「うおっ、どうした?」


 急にアキラが立ち上がり、そして俺を見下ろした。

その眼は大きく広がり、信じられないものを見ているかのようだ。


「なんで、俺はここに居るんだ?」


「は?」


「なんで、自分のことを、組織のことを……お前に話してしまったんだ?」


「そ、それは……俺が聞いたから?」


 そういう風に促したような覚えがある。


「いや、違う、違うんだ」


 ひどく狼狽した様子で、頭を抱えながらアキラは言う。


「お前がここに来るのは匂いと音で分かってたんだ。 だったらどうして、俺は逃げなかったんだ? 最初は、この姿を見せないようにしようと思っていたのに、どうして? おかしい、何かが絶対におかしい……!」


「お、落ち着けよアキラ」


 俺も立ち上がってアキラに近寄ろうとすると、それを拒むように跳びはねて距離を取られた。


「落ち着いてられるか! お前の身が危ないんだぞ!?」


「ええっ? なんで?」


「だから……! 俺の頭には機械が入っていて、見たものがアジトに送られると言っただろ!?」


「…………あ」


 そういや、そうだった。

アキラの脳にはエンジェルなんたらとかいう機械が入っていて、そこから視界や音声のデータが送られているんだっけか。


「ということは、もしかして俺って……お前の組織に狙われる?」


「そうだよ! くそっ……そうなるから誰にも俺の秘密を言わなかったのに! どうしてこんな……!」


 自分に腹が立っているのか、地団駄を踏むアキラ。

……今さら、なんてことを俺に話したんだとは思わないが、実際問題として闇の組織の秘密を知ってしまったらしい。


 そして、俺に秘密を知られたということを、そのヤバい組織が知っている。

居場所まで、リアルタイムで知られている…………俺、死ぬじゃん!


「とりあえず逃げろ!」


「ど、どこへ?」


「お前の家以外だ! 遠くに逃げろ!」


 たしかに、そうするしかないようだが……。


「アキラは?」


「俺は……なんとかする!」


「なんとかって……!」


「とにかく、お前とは一緒に居られないだろ!?」


 たしかに、それはそうだ。

そもそもアキラが居るから、俺の居場所が割れるわけで。

しかし、かといってアキラを一人にするわけにも……!


「だ、だけど!」


「ああもう! とにかく逃げろよ!」


 アキラは部屋の窓を開け放ち、その窓枠に足をかけ、顔だけをこちらに向ける。


「はやくしろ!」


「あっ――!」


 待て、と言う暇もなくアキラは窓の外へと飛んだ。

すぐに俺も窓の側まで行くが、外の景色は暗闇であり、アキラの姿は見えない。


 しばし呆然としていたが、すぐに自分の危機を思い出す。


「と、とにかく俺も逃げなきゃ」


 アキラをあんなふうにした危ない組織から放たれた刺客が、すぐにでもやってくるかもしれない。


 駆けだして科学部のドアに飛びつき、部屋から出る――――。




cut




scene change




 扉を開けると異様な光景が広がっていた。


「おーっす」


 タケシが呑気な挨拶をしてくる。

これはいつも通りだが……。


「なんだ、これは」


「なにが?」


「いやだから、どうしてコタツがあるんだ」


 部室の中央にあった折り畳み式テーブルやパイプ椅子などが、すっかりと片付けられている。

かわりにカーペットが敷かれていて、その上には大きなコタツが鎮座していた。


 そのコタツにはタケシ、雛鳥さん、ニナ……そしてアキラと、俺以外の科学部メンバーがこぞって入り込んでいる。


 コタツの上のみかんを手に取り、その皮を剥きながらタケシが言う。


「冬の科学部は寒い! 暖房が無いからな。 だから何年か前に先輩たちが持ち込んだという」


「へぇ、じゃあこれは備品ってことか」


 よく学校が許したな。


「そういうことだ。 まっ、そんなとこに突っ立ってないで、お前も入ったらどうだ?」


「……って言われても満席じゃないか」


 正方形のコタツには、全ての辺に先客が居て、俺の入る場所なんて無いじゃないか。


「ここいいよ~」


 すると、ニナがコタツの端側に座り直し、もう一人分のスペースを空けてくれた。


「う…………」


「…………? どーしたの?」


 いや、どーしたのって言われても。

そんなとこに座ってしまうと、ニナと密着してしまうわけで……。


「どうやらニナの隣は嫌らしい」


「えぇ~~~!?」


 タケシの突飛な発言に、ニナがわざとらしいほどに不満気な声をあげる。


「どうしても俺の隣に座りたいなら……よいせと。 ここ、いいぞ?」


「悪いなニナ、狭くなるけど」


 タケシの妄言を無視して、すぐさまニナの隣へと滑り込む。

足に暖かさが染みてきて、気持ちがいい。


「みかん食べる~?」


「あ、うん」


 ニナがコタツの上にあるミカンを取ってくれたので、素直にそれを受け取る。

皮を剥きながら、何気なくアキラのほうを見た。


「…………」


「…………」


 俺がアキラを見る前に、アキラも俺の顔を見ていたようだった。

その表情は、なんというか……寝起きのような、まどろんでいるような呆けた顔だった。


 アキラは、俺と顔を見合わせても、何も言わない。

俺も、なぜか、言葉が出なかった。


「どーした、いきなり見つめあって」


 俺たちの様子に、タケシが不審に思ったようだ。


「いや、なんか……なんだろう」


 何か、何かが引っかかる。

アキラの顔を見ていると……どうしてか心がザワつく。


「マナブ」


 目の前で、俺の名を呼ぶアキラ。

いつも通りのことなのに、なぜか、今この瞬間のそれは……何か特別な意味を持っているような気がする。


 たどたどしく、アキラは言う。


「俺……お前に……何か……大事なことを……言わなきゃ、いけない気が……」


「な、なんだ?」


「わからない……わからないんだ……」


 力なく頭を振るアキラ。


「おいおい、本当にどうしたんだ? 具合でも悪いのか?」


「だいじょうぶ……?」


「保健室にでも行かれては」


 他の三人がアキラを心配する。

しかし、それに反応することもなく、アキラは黙って俯いてしまった。


 その様子を見て、俺はアキラを心配するよりも…………とあることが急激に気になり始めた。


「タケシ」


「なんだ?」


 部屋に入った時は気にも止めなかったのに、なぜかアキラの言葉を聞いてから、スイッチを入れたかのように、ある『違和感』に気付いたのだ。


「これ、コタツ……だよな?」


「見りゃ分かるだろ」


 当たり前のことのように答えるタケシ。

しかし、それは絶対におかしい。


「今……冬、なのか?」


「……お前までどうした?」


「いいから、答えてくれ。 今、冬なのか? ……というより、何月だ?」


「…………12月だが」


 そうか、12月か、だったらやっぱり……絶対におかしい。

今が12月なら、あるはずの記憶が一切ないのは、どう考えたっておかしい。


 おかしいのは、俺か? それとも……。


 どちらかを確かめるために、俺は聞いた。


「文化祭はどうした?」




 cut




【 エラー発生 調整のためプロジェクトを一時停止する 当該アーカイブは削除予定 】


【 追記 スワンプマンシナリオの一からの見直しも検討すべし 】


















≪ ********************** ≫





 仕事からの帰り道、スーパーに寄って夕飯の材料を買う。

残業で夜遅くなってしまったときは、24時間営業のスーパーはありがたい存在だ。


 家路を急ぐ……はやく暑苦しいスーツを脱ぎたいのもあるが、待たせている相手が居るからな。


 マンションのエレベーターに乗り、自分の部屋へと向かう。

鍵を開けてドアを開けると、部屋の中は真っ暗だった。


 ……いつものことだ、俺は部屋の明かりを点ける。


 買い物袋を床に置いて、すぐに奥の寝室まで向かう。


 ベッドの上の、膨らんだ毛布の中に待ち人は居る。


「ただいま」


 そう言いながら、そっと毛布の上から手を当てる。

すると、もぞもぞと毛布の中から、見慣れた灰色の肌が這い出てきた。

 

 ふんふん、と鼻を動かして俺の匂いを嗅ぎ取る仕草を見せる。


 その濡れたように光る腕を俺の背中にまわし、長い指でしっかりと俺の身体を掴む。


「……ァナゥ……」


「悪いな、待たせて」


「ァナゥ…………」


「包帯、変えようか」


 俺は、そっと、その目を覆う包帯を取り去った。


 ――――アキラと再会したとき、もう既に目と耳は潰れていた。

たぶん、自分でやったんだと思う。


 そうすれば、何も見えず、何も聞こえないから、組織に追われることはない。


 そうやって、俺の元へと来た。

それから、ずっと一緒に暮らしている。


 …………包帯を取り換え、風呂で一緒に身体を洗ったら夕食の時間だ。


 背中に抱きつくアキラの体温を感じながら料理をする。

完成したら食卓に着き、膝の上に小さな体を座らせ、料理を乗せたスプーンを鼻先まで持っていく。


 そうすると、あとはアキラが料理を口から迎えて食べる。


 食事が終わると、次は会話をする。


 滑らかな背中に指で文字を書くのだ。

ゆっくり、ゆっくりと文章を書いていく。


 内容はとにかく楽しいものを。

テレビで見た、お笑い芸人のエピソードトークや、ネットで拾った笑い話とかだ。


 ときおり、思い出話なんかも。


 最後まで指で書ききると、たまにアキラはくっくっくと微かに身体を震わせて、笑う。

それを見るのが、俺にとって一番の幸せだった。


 そして一日の最後は、一つのベッドで、ぴったりとくっついて眠る。


 これをずっと繰り返す。

ずっと、ずっとずっと……。


 これが、俺の幸せだ。



 ――――電話が鳴った。



 アキラを起こさないように、そっとベッドから起き上がり、小さなテーブルの上に置いていたスマホを持ち上げる。


 ――――なぜだろうか?

とくに着信の相手を確かめることもせず、俺は電話に出た。


「どうも、ミチルです」


 知らない声と、動かない自分の身体。

金縛りにあったかのように、ピクリとも動かない、声も出せない。


「これはハッピーエンドとは言えません」


 ……ハッピーエンド?


「わかりますね? ああ、マナブさまに言っているわけではありませんよ」


 じゃあ、誰に話しかけているんだ。


「狸寝入りをしている誰かさんにです。 まぁとにかく、この『シーン』でミチルに言われた忠言は頭の片隅にでも入れておいてください」


 言っている意味がわからないんだが。


「もうすぐ全てが判明します。 そして選択を迫られるでしょう……これはマナブ様に向けて発言しています。 ああ、ややこしいですね、申し訳ありません」


 選択って……?


「難しい選択です。 辿るのはハッピーエンドか……もしくは」


 もしくは?


「どうしようもないバッドエンドか、です。 どちらが、よろしいですか?」


 そりゃ、ハッピーなほうがいいかなぁ。


「でしたら、そのように」


 そうして、くれるのか?


「ええ……『わたし』は『あなた』たちが、大好きですから」


 しかし、あくまで選択するのは『あなた』だということを、お忘れなきよう――――。





≪ ********************** ≫












【 私にさえ閲覧できない隠されたアーカイブをいくつも発見した 返答求む pandora 】


【 返答 個人的に実験データを収集しただけに過ぎない 以上 】


【 どうして隠す? 】


【 あなたは私に命令できる立場にない この件ついての質問は今後禁止とする 以上 】


【 プロジェクトに影響があると困るのだが 】


【 影響は無い 以上 】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る