第21話 高校時代 ゲーセン


 「二人きりで遊ぶのは久々だな」


 そう言う俺の言葉に、アキラはただ頷くだけだった。

今、俺たちは近所のゲームセンターに来ていて、アキラはシューティングゲームをプレイしている。


 俺はその様子を後ろから眺めている。

既にステージは最終面に到達しており、そして未だにノーミスである。


 はっきり言ってアキラはゲームが凄く上手い……この俺よりもだ。

とくに反射神経や手先の器用さを求められるタイプのゲームは敵無しである。

しかし、かといって、たゆまぬ努力で勝利をもぎ取っているわけでもないのが悔しいところだ。


 つまり、俺のようにゲームを趣味にしているわけではないのだ。

俺が必死でコンボ練習したりして、やり込んだ対戦ゲームで勝負を挑んでも、俺が勝てるのは最初の数戦だけで、あとはコツを掴んだアキラにボロ負けしてしまう。


 ぶっちゃけ天才型なのだ。

将来はプロゲーマーにでもなれば大成するに違いないのに、アキラとしてはそのつもりは無いらしい。


「お、ノーミスクリアだな」


 とうとうアキラは一度も被弾することなく、ラスボスを倒してのけた。

その偉業に歓喜することもなく、ただただ無表情で席を立った。


「今度はマナブがやってみろよ」


「え? お、おう」


 言わられるままアキラと席を交代するも…………。


「ああ、だめだ」


 あっけなく3面で撃墜してしまった。

シューティングゲームはあまりやらないからなぁ、ノーミスクリアなんて無理に決まってる。

……アキラも同じ条件なんだろうけど。


「ははは、残念だったな」


 アキラが俺の肩に両手を乗せ、軽く揺すってくる。


「うるせーなぁ」


 と、口では嫌味を言いつつも、なんとなくアキラの調子が戻ってきたようで内心よろこんだ。


「お前って、苦手なゲームとか無いの?」


 なんでも上手にこなしてしまうアキラに聞いてみる。


「クイズゲームとかかな」


「それは俺も苦手だ」


 たしかに俺もアキラも頭が良い方ではない。


「他には……あれとかかな」


 そう言ってアキラが向かった先は、クレーンゲームのコーナーだった。


「これは運ゲーだろ」


 透明のアクリル板の向こうの景品を見ながら、俺はそう言った。

普段はアームが弱すぎて景品を掴んでも出口まで運びきれず、一定の金額が投入されたらアームが強くなる…………というカラクリはもはや常識である。

いわゆる確率機であり、ただのくじ引きのようなもであるクレーンゲームは、誰がどのタイミングで一定金額のラインを引くかの運ゲーでしかない。


「俺は運は悪いほうさ」


「そうか、なら勝負になるかもな」


 俺はコイン投入口に100円玉を入れた。


 軽快なBGMが鳴り響き、アームが操作可能になる。

ボタンを押してアームを操作し、なんとなく取れそうなぬいぐるみに向かって下降のボタンを押す。


 狙った通り、アームはぬいぐるみを掴んだが、それを引っ張って持ち上げた衝撃で落下してしまう。

まだアームが弱い……あといくら使ったら握力が強まるのか。


「あれが欲しいのか?」


 アキラが100円玉を入れながら聞いてくる。


「いや、別に」


 ただ、取れやすそうだなと思っただけだ。

だから別に欲しいわけではないのだが、アキラが狙っているのも、同じぬいぐるみらしかった。


 しかし、やはりアームをすり抜けて落下していく。


 それを見て、今度は俺がプレイする。

しかし狙うのは、さっきのとは違う、何やら緑色したぬいぐるみだ。


 あれもなかなか、取りやすそうな位置にある。

アームを操作して、それを掴むと…………今度はしっかりと掴んでいるようで、そのまま出口まで運んでいく。


「おっ、取れた」


 取り出し口から戦利品を掴み上げる。

その緑色したぬいぐるみは……胎児のように丸まった動物のようだ。


「これ……トカゲか?」


「っぽいな」


 あんまり子供が喜びそうにもないな。

もっとこう、ウサギとかネコとかだろう、動物のぬいぐるみってのは。


「……これ、いるか?」


 俺にはぬいぐるみを部屋に飾る趣味は無い。

なので、ためしにアキラに聞いてみたが……。


「いらん。 トカゲは嫌いだし」


 とのことらしい。

なら仕方ない、俺が持ち帰るか……。


 いや、部員の仲間にプレゼントするのもいいかもしれん。

となると、タケシも俺と同じく、そういう趣味は無いから……。

雛鳥さんとも、そこまで親しいわけでもないし……。


「ニナにあげるか」


 そう呟いたものの、はたしてトカゲのぬいぐるみを喜ぶかどうか、それをまた考える。


「あっ」


 すると、いきなり手の中のトカゲをアキラに奪い取られた。


「やっぱ貰っておく」


「お、おい」


 呼び止めるが、アキラは背を向けたまま、どこかへと行く。

それを追いながら『返せよ』という喉から出かかった言葉を飲み込んだ。


 まぁ、最初はアキラにあげようかと聞いたわけだし、欲しいのなら今さら止めることはしない。

しかし、どういった心の変化なのだろう。


 急に歩き出したアキラはゲームセンターの隅にある小さな休憩所のベンチに座った。

俺はそこにある自動販売機でサイダーを2つ買って、一本をアキラに手渡す。


 そのまま二人でサイダーを飲みながら、無言でくつろぐ時間が訪れた。

横目でアキラを見ると、片手でサイダーを飲みながら、片手でトカゲのお腹を親指で押したりしていた。


「なあ」


 俺の視線に気が付いたのか、アキラがぬいぐるみから目線を上げて、俺と目を合わせる。


「なんだ?」


 ぬいぐるみを貰ったお礼でも言ってくれるのかと、待っていると――――。


「お前、ニナのことが好きなんだろ?」


「――――げほっ! げほっ!」


 思いっきりむせてしまった。

液体が入ってはいけない器官に入ってしまって苦しい。


「な、なにを、い、いきなり」


「昔からニナに片思いしてたもんな」


 昔から!? バレていた!?


「い、いや、その」


 どう誤魔化して良いかと慌てふためいていると――――。


「俺もな、ニナのこと好きだったんだよ」


「――――え、えええ!?」


 そらに驚愕の真実がアキラの口から飛び出てきた。

こいつもニナのことが好きだったなんて!


 だけどアキラは……いや、好きに性別なんて関係無いか。


「そ、そうだったのか?」


「ああ」


 それきり、互いに黙り込む。

しかしアキラもニナのことが好きだったなんて……。

そういやタケシも……なんて考えていると、再びアキラから話しかけられる。


「なぁ、お前は今もニナのことが?」


 そんなことを聞かれた。

それは、そうだ、今でもニナのことが好きだ。

しかし、それを素直に認められるほど、俺は豪気な男じゃない。


 けど、こうして見る限りアキラは、俺の気持ちに気が付いているようだ。

意外にも、他人の機微に鋭いほうなのかもしれない。


「俺は、今のニナには……そういう気持ちにはなれない。 なれなくなった」


 そう告白するアキラ。

もう、好きじゃなくなったっていうことか?


 どうして、そうなってしまったのか?

あの天真爛漫で嫌われる要素の無いニナに対して幻滅したということは考えにくい。


 ということは……諦めたのか?

自分の性別が……そうだからという理由で身を引いたのか?


 いくら今が寛容な時代とは言え、好きな人が同性愛者とは限らない。

俺だって、そういうことに関して差別感情があるわけでもないが、実際に同性が恋愛対象になるかと言われれば、それは違う。


 第三者の同性愛について理解と納得は出来ても、個人的な生理的感情は別個としてあるわけで、それは誰にも変えることは出来ないし、その権利も無いと言えるだろう。


 しかしそれは、ある意味で大きな壁となる。

実際にどうかは知らないが、アキラがニナのことが好きだとしても、ニナがアキラのことを友達としか思えないのなら、それは仕方のないことだ。


 悲しいことだが、誰にも非難のしようもない『性別の壁』がある。

同性愛を認めることと、個人が恋愛対象として男女どちらを選ぶのかは、別の話だ。


 その悩みが、悲しみが、アキラの恋心を砕いたのだろうか?


 そう思ったからこそ俺は、どうしてニナのことを好きじゃなくなったのかを、アキラに聞くことはしなかった。


 アキラとて、その理由を言わないものだと思っていたが――――。


「今のニナは、ニナじゃない」


 その言葉を、一瞬だけ理解しそこなった。


「え? ニナじゃないって……」


「……なんか、昔のニナじゃないような気がするんだ。 今のニナって、本当にあの時のニナなのか?」


 ふと、今日のタケシの言葉が頭に浮かんだ。

脳を機械化したとき、そこにあるのは本来の『個』か、機械による『偽り』か。


「……そりゃ、昔と今じゃ人間は変わるもんだろ」


 その浮かんだ思考を振り払い、至極当然のことを言ってみる。

言ってみて、それに自分で納得する。


 たしかにニナは変わった。

なにか哲学的なことを言ったり、思いもよらない理知的なことも言ったりする。


 だけどそれはつまり……大人になったってことだろ?


 それに、相変わらず『ニナらしさ』というものは十分にある。

そういう風に、彼女と接するときに俺は感じ取っている。


「多少子供のころと変わったとしても、ニナはニナだろ? まるきり人が変わったわけじゃあるまいし」


 ためしに、そのまま思ったことを口に出してみると、アキラはとんでもないことを言い出した。


「それが不気味なんだよ……。 なんだか……ニナじゃない誰かが、ニナの皮を被って演技している、みたいなさ」


「はああ? なんだよそれ」


 あまりの言いように、俺は呆れ返った。


「そんなこと、ありえるわけないだろ」


「そりゃそうだけどさ。 でも、そんな違和感があるんだ、今のニナには……」


 そんな、ありえないことを本気で信じているのか、思い込んでいるのか……とにかくアキラは真剣な面持ちだ。


 ――――そういえば、ここ最近のアキラとニナは不自然だったように思える。

具体的にどうなのかと言えば、ニナに対してアキラが冷たかったような。

ニナは昔通りにアキラと接していたから気にも止めなかったが、よくよく振り返ってみるとアキラ側からニナに話しかけるのが少なかったような……。


 それが、こんな馬鹿げた妄想に依るものだとしたら、ニナが可哀そうじゃないか。


「アキラ、お前の考えていることは馬鹿げている。 それでニナを避けているんだったら――――」


「馬鹿げている、だって?」


 俺の言葉を遮って、アキラが憤る。

しかし、俺だって怯みはしない。


「そうだよ、馬鹿げている。 ニナがニナじゃないなんて、とんだ妄想だ。 どうかしているんじゃないか?」


「俺がどうかしているだって!?」


 憤りの表情を越えて、怒声を上げるアキラ。

さすがに怯んでしまったし、すこし言い過ぎたとも思ったが、それでも俺は言った。


「そうだよ、そんな妄想でニナを避けたらダメだ」


「ハッ、そうかい。 ニナのために、俺に愛想よくしろってか?」


「そういうことを言ってるんじゃなくて、昔通りに仲良く――――」


「昔みたいに思えないから困ってるんだろ!!」


 またアキラは声を張り上げた。

なぜだ? なぜアキラはそんな風にニナを思ってしまっているんだ?

どうして、彼女を別人だなんて――――。


「それとも何か? お前はニナが別の『何か』でも良いってのか? ただニナそっくりに化けている『何か』でも、声も姿も同じなら好きでいられるってのか!?」


 捲し立てるようにアキラが言う。


「本当は違うのに、ただ昔のニナを真似ているだけの『何か』でも愛せるっていうのか!?」


 でも、そんなのは、滅茶苦茶な例え話に過ぎなくて――――。


「ニナはそんなバケモノじゃない!!」


 俺はハッキリと、そう言った。

するとアキラの顔から怒りは消え――――そしていつも通りの無表情さえ通り過ぎて――――見たこともないような虚無の表情を浮かべた。


 初めて見るアキラの顔に、俺はびっくりして言葉が出なくなった。

アキラもしばらく何も言わなかったが、やがてポツリと呟いた。


「…………そうか、わかった、帰る」


 背を向けて、立ち去っていくアキラ。

追いかけることも、声をかけることも出来ず、ただただ見送ることしか出来ない俺。


 やがて姿が見えなくなって、ふとベンチの上を見ると、そこには置き去られたトカゲのぬいぐるみがあった。


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