第18話 高校時代 海水浴


 「海だな」


 そう、海だ。

青い空、青い海、ごった返す肌色の二足歩行生物。

夏の定番レジャー、海水浴に俺たちは着ていた。


「なんで俺たちは海に居るんだろう」


 なかなか哲学的なことを言うね、タケシくん。

それとも、ここに至るまでの経緯を忘れてしまったのかな。


「本当に、どうして、海に居るんだ?」


 ……本当に忘れてしまったのか?


「普通に夏休みを利用して、科学部で海に来ただけだろう」


「……そうだったか? いや、ああ、そうだったな」


 どうやら思い出したようだ。

暑い日差しで一瞬だけ記憶が飛んでしまったのか?


「うーん、しかしもう夏休みか。 いつの間に一学期が終わったんだ?」


「一週間前とかじゃないか?」


「いや、そういう話じゃなくて……」


 じゃ、どういう話なんだ、と聞き返そうとすると……。


「おーい!」


 どうやら着替えに行っていた女子たちが帰ってきたらしい。


「じゃ~~~ん!」


「…………ぉぉ」


 大袈裟に両手を広げたポーズをとって自分の水着姿を披露するニナに、俺は思わず溜め息を吐いていた。

『このビーチで一番輝いているのは、あの太陽じゃなくてキミだよ』なんて言葉を口に出したくなるほどカワイイ。

まぁ実際に口に出したらドン引きされるので、しないが。


「アキラちゃんもカワイイでしょ~~!」


「うん」


 俺は素直に頷いた。

アキラは青いワンピースの水着を着ていた。

競泳水着のようでアキラ自身が持っているスポーティさに拍車がかかっており、よく似合っている。

まぁ言動と行動さえ目を瞑れば美少女なわけで、美少女は何を着たって似合うのだ。


「雛鳥ちゃんもキュート~~~!」


「う、う……ん」


 俺はとにかく頷いた。

彼女がこの黒いビキニを選択したのは、アキラのようなワンピース型だと胴体が直角三角形になってしまうからだろうか?


 だから仕方なくビキニなのかもしれないが、おお、この破壊力たるや……。


「エッチな目で見てない?」


「ミテナイヨ」


 もちろん嘘。

だって見るしかないよ、なんなんだ、あのデッカイもの……。


「というかタケシくんはドコ見てるの?」


 さらなるニナの追及が来るかと思えば、彼女はタケシを気にしているようだ。

俺もタケシのほうへ視線を向けると、ヤツは上空を見つめていた。


 その先には――――直視できるはずもないギラついた太陽。

それを微動だにせず、見続けている。


 その姿に、俺は何やら不穏な気配を感じた。


「ついに狂ったか?」


 そんな俺とは裏腹にアキラがいつもの軽口を言う。


「…………そうだな、俺は狂ったかもしれん」


 しかし、それに対しても、いつものように返すことはしなかった。 

いつもなら軽口でもって返して、ちょっとした言葉の小突き合いをするはずなのに。


 その様子に俺の不安は更に増す。

このあいだのデパートの件から、タケシの様子がおかしいような気がする。


「ちょっとテンション低いな~! 困るよキミイ! もっとアゲアゲでやってもらわなくちゃ!」


 俺の不安を吹き飛ばすかのような、ニナの明るい言葉。

しかし、それに対してもタケシは暗い表情のまま俯いて――――。


「イリリリリリヤッホォ~~~イ!!!!」


 狂ったような笑顔で飛び上がり、そして海に向かって激走しだした。

……んだよ、ただの演技か、引っ掛けやがって。


「ちょっと~! みんなで遊ぼうよぉ~!」


 タケシを追いかけるニナ。


「久々に泳ぐかぁ」


「…………」


 腕の柔軟をしながら歩いていくアキラに、黙って付いていく雛鳥さん。

俺も皆の後を追って、海の中に入った。


 アキラは宣言通り、海の中を泳いで遠くに入ってしまった。

それをしばらく見守っていると、横からタケシらしき人影が近づいてきて、二人で何やら話し合ったあと、並行して泳ぎ出す。


 おそらく競争でもしているんだろう。


「あーあ、皆で遊びたかったのに~」


 俺の横で同じ光景を見ていたニナが愚痴りだす。


「まぁまぁ、せっかく海に来たんだし泳ぎたいんだろ。 一しきり泳がせてやろうぜ。 皆で遊ぶのは後でも出来るだろ?」


「ん~……まぁ、それもそうだね」


 俺がなだめると納得したようで、不貞腐れた顔から一転、パッと笑顔に変わった。


「じゃあ、マナブくんは私と一緒に遊ぼっか!」


「えっ……」


 思わずドキリとする。

二人っきりで砂浜で遊ぶなんて……まるで恋人同士じゃないか!


「雛鳥さんもねっ」


「はい」


 二人っきりじゃなかった。

まぁ、それは仕方ないとして、海で遊ぶって……何をすればいいんだろう。


「えいっ!」


「ぶわっ!」


 考えていると、ニナから海水をかけられた、それも顔面に。


「やったな!」


「きゃあっ!」


 俺もやりかえす。

しかし顔面は可哀そうなので、お腹あたりに水をかけた。

するとニナはくすぐったそうに、お腹を抑える。


「てやっ!」


「このっ!」


「やあっ!」


「おらっ!」


 ニナと二人で水をかけあう。

エンターテイメント性の欠片も無い戯れだが、俺は今すごく楽しいぞ!

海ってサイコーだな!


「ほらほら! 雛鳥さんも!」


「はい」


「あいっだぁ!?」


 横っ腹に激痛が走る。

見ると雛鳥さんがゴッツイものを脇に抱えていた。


「そ、それは?」


「電動式水鉄砲です」


「なんでそんなものを!」


 水鉄砲とは思えないほどメカメカしい見た目をしているぞ。

あの痛みは機械によって圧縮された海水だったのか。


「水をかけあうのではないのですか?」


「水鉄砲は使わないかなぁ!」


「しかし、私は非力ですので」


 水を掬いあげるのに力なんていらねーよ。


「圧力を下げるので使用を許可してくれませんか?」


「し、しかし……」


「まぁまぁ、雛鳥ちゃんもこう言ってるわけだしさぁ」


「……わかったよ」


 ニナに言われちゃしょうがない。


「そんじゃ……そらっ!」


 海水の投げ合いを再開し、ニナへと攻撃する。


「きゃー! やったな! えいえい!」


 するとニナは何度も水をかけてきた。


「うわー!」


 大した衝撃も無いが、俺はあえて怯んだフリをする。


「ほらほら! 雛鳥さんも!」


「はい」


 ジュッ! と聞いたことの無いような音がした。


 チッ! と視界の僅か上から、これまた未知の音。


 ハラリ……と数本の髪の毛が落ちていくのが目に映った。


「すいません。 間違えて圧力を上げてしまいました」


「殺す気か!」


 俺は雛鳥さんから危険物を取り上げ、有無を言わさず荷物を置いているパラソルの下まで運んだ。


 すると同じタイミングでアキラとタケシが戻ってきた。


「よーし皆集まったね! じゃあこれだ!」


 ニナが嬉しそうに取り出したのは……ビニールの干物。


「んしょ、んしょ」


 それを足踏み式空気入れポンプで膨らませようとしている。


「待て待て、ここは男手が必要だろ。 その細いとも言えない健康的な脚では日が暮れちまう」


「それって……褒めてるんだよね?」


「太ももは太いほど……イイ」


 なんとなく最低なことを言いつつも、タケシはニナと交代した。

それを見て俺はしまった、と思った。

少しでも頼りあるところを見せるチャンスを奪われてしまったからだ。


 しかし、筋トレを趣味とするタケシの肉体は中々のモノである。

無理して俺が出張る必要も無いか……タケシならあっという間に膨らませるだろう。


「フン! フン! フン! フン!」


「日が暮れちまうよ!」


 俺はタケシから空気入れを奪い取った。

なぜならヤツは腕立て伏せをしながらアゴでポンプを押していたからだ。


 結局、空気は俺が入れることになり、しばらくしたら干物は空気でパンパンとなった。


 ビーチボールの完成であり。


「やったー! あそぼー!」


「どうやってですか?」


 喜ぶニナに、雛鳥さんが聞く。

どうやってって……この子は、あんまり海で遊んだ経験が無いのだろうか?


「こうやって、ポーンポーンってパスし合うの」


 バレーボールにおけるトスの動作をするニナ。

それに合わせて胸がプルンプルンと……。


 パァン!


「あれもルールの一つですか?」


「ち、違うけど……どうしたのマナブくん?」


「いや、蚊がね。 蚊」


 邪念を祓うためのビンタによる自傷を、遊びの一つと勘違いしてしまったようだ。

いかんいかん、邪念を捨て去らねば。


「じゃあ行くよー! えいっ!」


 ニナの掛け声が聞こえる。

きっとボールを投げたのだろう。


「やっ」


 控えめな雛鳥さんの小さな声が聞こえる。

彼女にパスが渡ったのだろう。


「いて」


 ボールが脳天に当たる音が聞こえる。 俺だ。


「地面を見て無いでボールを見ろよ」


 至極真っ当なことを言うアキラ。

しかし、空には眩しい太陽があって、目の前には柔軟性豊かな物質があって、地面以外に見れるところがないんだよ。


 だが、馬鹿正直に理由を言うわけにはいかない。

アキラの言うことは無視して俺はゲームを続行した。


「そらっ」


 俺はアキラにパス。


「ほい」


 アキラはタケシにパス。


「ニナ! 思いっきりジャンプするんだ!」


 とんでもないことを言い出してニナにパスするタケシ。


「ええ? わわ、やーーっ!!」


 戸惑いつつもパスを勢いよく打ち返すニナ……の声。


「いてっ!」


 高所からのレシーブが俺の脳天へと直撃した。

ビニールと空気の塊ながら、勢いのためかそこそこ痛かった。


「もー、なにしてるの?」


 呆れたようなニナの声が聞こえる。

だって……俺にこの遊びは無理なんだもん。


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