第17話 高校時代 水着


 「これだけ浮いてるな」


 休日、駅前で集合し、電車に乗って都心にあるデパートにやってきた科学部。

ミナの前情報通り、とあるファッションの店舗で目当ての服は見つかった。

それは一か所に束になって売られている雑多な商品の中の一つだった。

燕尾服のように長い後ろ裾が飛び出ていたので、すぐに見つけることが出来たのだ。


「他のは普通のシャツなのに……」


 タケシが手に持った目当ての服と、他のハンガーに掛かっている服とを見比べている。


「別に良いんじゃないですか、そういうこともあるということで」


「うーむ……」


 そんな風に雛鳥さんが言うが、タケシは納得がいかないようだ。

正直、俺も違和感がある……明らかに他の商品とはデザインが統一されていないというか、これだけジャンルが明らかに別物だ。


「とにかくさ、服は手に入れたわけだし……あとは自由時間でしょ?」


 服とにらめっこしているタケシに、ニナが話しかける。

ちなみに裁縫道具は既に購入済みであり、ニナの言う通り、後の予定は無いはずだ。


「だったらさ、ちょっと付き合って欲しいところがあるんだよね」


 そう言ってニナが皆を引き連れて向かった場所は……。


「水着か」


 タケシの言う通り、水着ばかりが並んだ店舗だった。


「うん、もうすぐ夏だから」


「海に行くのか?」


「皆で行こうよー」


「ん? そうだな、皆が良いと言うならだが」


「反対の人ーっ」


 誰も手を挙げない。


「決まりーっ。 じゃあさっそく水着を選ぼーっ! ほらほらアキラちゃんも!」


「俺は学校ので……」


「よくなーい! おらおらおらー!」


 渋るアキラの背中を強引に押してニナが陳列された商品の裏側へと消えていった。

雛鳥さんもワンテンポ遅れて付いていく。


「俺は前のがあるから良いが、お前はどうする? 買ってくか? …………どうしたマナブ、黙り込んで」


「ど、どうしたって……」


 女子と一緒に水着を買うというシチュエーションに動揺するな、という方がおかしい。

なんで、お前は常に平静を保っていられるんだ。


 ふと、目の前の水着に視点が集中する。

女性用の、黒のビキニだった。


 それを着たニナの姿を妄想してしまい、慌てて頭を振って掻き消す。


「どうした」


「別に」


「挙動不審だったぞ」


「そうか?」


 いや、そうだよ。

と、心の中の俺が俺に言う。

だってこんなの……女性用下着売り場に居るようなもんじゃないか!

いや、別に男性用も無くはないが……ハッ、そうだ!


「お、俺も買おっかなぁ」


 ごく自然に、隅っこにあった男性用水着コーナーへと向かう。

これを物色するフリをして、この気まずい空間を乗り切ろう。

しかし、えらく商品のバリエーションに差がある店舗だ。

男用の水着コーナーの規模が、こんなにも小さい。


 買う気も無い商品を手に取って眺めたりしていると、タケシが隣までやってきた。


「試着するか?」


 なんだいきなり。


「しないよ」


「したことは?」


「ないよ」


 上着やズボンならともかく、股間を直にってのは、あんまりな……。


「不衛生だもんな」


「……そう思う人も居るだろうな」


 試着する人も居るだろうから、当たり障りのないことを言っておく。


「女性は男性と比べてサイズ感を見極めるのが困難と聞く。 色々と形にバリエーションがあるからな。 ハイレグだのビキニだの」


 は?


「だから男性よりも試着をする機会が多い。 その際、下着のまま試着する人も居れば、直に……なんて人も居るそうだ」


「そ、そうかよ」


「つまり怪しいサイトで買うよりも、このへんのを買えば確実に使用済みパンティもどきが買えるわけだ」


「何を言ってんの?」


「で、お前はどれを選ぶ?」


「その流れだと勘違いされるよなあ!? 俺が買うのは男用だからな!!」


「何を当たり前のこと言ってるの?」


 口から心臓が飛び出るかと思った。

見るとニナが商品棚から顔を覗かせている。


「まさかマナブくん女の子の水着で……! ううん、今は多様性の時代だもんね。 認めなきゃね」


「ちがあう! 俺は男気一本の男だ!」


 妙な誤解をしそうになっているニナに慌てて取り繕う。


「水着を選んだのか?」


「うん」


 そうするハメにした男は、どこ吹く風といった様子でニナと会話している。

ちくしょうめ。


「これっ」


 ニナが前に突き出してきたのは、ピンクと白の、フリルが着いた上下タイプの水着だった。

ううん、これを着たニナの姿を見るのが待ち遠……駄目だ駄目だ! 滅多な妄想はするな俺! 俺はタケシのように下衆じゃない!


「もしくは、これっ」


 次にニナが出してきたのは、黒のビキニだった。

上下が交差した二本の紐で繋がっているデザインで、とても大人っぽい。

これを着たニナはきっと…………やめろー! 俺ーーー!


「どっちが良いと思う?」


「どっちでもいい」


「うわーーお!」


 興味なさげに答えたタケシにビックリしたのか目を丸くするニナ。

そして頬をふくらませて怒りをあらわにする。


「もータケシくんには聞かないもんね! ねっ、マナブくんはどっちが良いかなっ?」


 矛先を向けられて、俺は思わず後ずさった。

答えなんて一つに決まってる、どっちも似合うに決まってるんだ。

だけど、それを素直に伝えて彼女は満足するだろうか?


 もっとこう……気の利いた感じのセリフを言いたい。


「こういうときは、どちらも似合うと言いつつ、自分ならこっちが好みだと簡単な理由も添えて伝えるのが好感を持たれやすいと聞くぞ」


 なるほどな、タケシ、ありがとう。

できればそれを口に出さずテレパシーか何かで教えてくれれば満点だったよ。


「も~、タケシくんって意地悪だね」


「可愛い子には意地悪してしまうタチでな」


「可愛い子は意地悪されても嬉しくありませーん」


「この女、さりげなく自分の可愛さを自認したぞ。 どう思うマナブ」


 どう思うって……タケシからそっぽを向いて口を尖らせるミナの横顔。

う~ん、可愛い、それだけしか思い浮かばない。

俺ってちょろい男だな。


「おい、とっとと買って別のトコ行こうぜ」


 気付くとニナの背後にアキラと雛鳥さんが居た。

二人とも手には水着を持っている、彼女らも選び終えているようだった。


「ちょーっと待った! 私はまだ選びきれていません!」


「じゃ、さっさと選べよ。 どっちだっていいだろ」


 まるでタケシのようなことを言うアキラ。


「それがねアキラちゃん、この二人が頼りにならなくて決めれないんだよ~」


 お、俺たちの責任にされた……!

そんな、急に決定権を与えられたって、正直言って困るというか。


「じゃ、お前ら早く決めてやれ」


「俺はどっちでも良いと言った」


 アキラに睨まれるも、己の意志を貫こうとするタケシ。

だから、それじゃ話が進まないんじゃ……。


「だからマナブが決めろ」


「お、俺ぇ!?」


 こ、こいつ、俺に全責任を押し付けるつもりか!?


「で、でも……」


「いいから決めろ、はやく決めろ、ほら決めろ。 はやくはやくはやく遅い遅い遅い!」


 ここぞとばかりに捲し立てるタケシ。

くそ、ヤツの思い通りになってたまるか。


「そ、そんなこと言われたって」


「どーせ『ニナなら何でも似合うしな~』なんて思ってるんだろ。 そんなことは誰でも知ってる分かってる。 本人だって分かってるさ、その上で聞いてるんだ。 どっちのほうが男のリビドーを湧きたたせることが出来るかどうかをな」


「へっ? いや私は……」


「いーやニナ! 分かってるとも! 皆まで言わなくても分かってる! どっちが男の欲情を掻き立てるのか知りたいんだろ!? あーわかった答えてやるとも! マナブがな!」


「だからなんで俺が」


「いいか!? ファッションはセンスだ! センスは直感だ! 直感で選べ! 頭の中を空っぽにして選べ! どっちが良いかを! さぁ指を差すんだ! 差せーーーーっっ!!」


 ――――気付いたときには、俺は、ピンクと白の、フリルの水着を指差していた。

まるで無意識の行動だった……。


 それをさせるだけの圧力が、ヤツにはあった。


「こ、こっち?」


 ニナが選ばれた水着の方を僅かに持ち上げた。


「あ、う、うん」


「そ、そっか……じゃあ、これにするねっ」


 そう言って小走りでレジに向かうニナ。

心なしか顔が赤らんでいたように見えたのは、気のせいか。


「自分が選んだ水着を買わせる男、マナブ、か……」


「お前が無理やり選ばせたんだろうがっ!」


 思わずタケシの脚に蹴りを入れた。




 そして会計を済ませたのち、フードコートで食事をしようという話の流れになり、デパート内を進んでいる時のことだった。


「そういや小物を買っていませんでしたね」


 雛鳥さんが思い出したように言ったので、タケシが聞き返す。


「小物?」


「ええ、あのイラストのハットのことです」


「ああ、そういえばそうだったな」


「丁度あそこに売り場があるようです」


 雛鳥さんが向こうの方を指差した。


「そうか、だったら昼飯前に済ませておくとしよう」


「そーだね。 じゃあ行こー」


「いや、女性陣だけで行ってきてくれ。 俺たちじゃ役に立てそうも無いからな。 かわりに荷物は預かっておこう」


 タケシと俺は水着が入った買い物袋を受け取り、彼女たちを見送った。

そして手頃なベンチを見かけたので、そこに二人して腰掛ける。


「飯食ったらどーする?」


「ゲーセンでも行くか」


「いいね」


 短い会話で今後の予定を決めたあと、自然に無言となる。

だからといって気まずくはならない、幼馴染で男同士だからな。

スマホをいじる気分にもならず、ただただ虚空を見つめてボーっとする。


「なぁ」


「ん?」


 タケシが話しかけてきた。


「しょーもないこと聞いて良いか?」


「いいけど」


 なんだろう、しょーもないこととは。


「いつニナに告白するんだ?」


「…………はっ!?」


 全然しょーもないことを聞いてきやがったコイツ!


「な、ななな、なんだよ急に」


「好きなんだろ? ニナのこと」


「どこをどうやってだよ!」


「その混乱ぶりが何よりの証拠になってるぞ。 正しい日本語を使え」


 くっ……。


「お、お前はどうなんだよ」


 仕返しに聞いてみる。

たしかこいつも、ニナが好きだったはず。

今はそんな素振りもなく、そもそも、俺がそう思ってたってだけだが。


 実際にはどうなんだろう。


「どうなんだって……俺がニナのことを、ってことか?」


「そうだ」


「あー……好きだったよ」


 やっぱり。

でも、過去形だ。


「だけどフラれた」


「えっ、フラれたって……」


「だから告白して、フラれたんだよ。 好きな人が居るからゴメんなさいってな」


 ……それは初耳で、かなり衝撃的な事実だ。


「い、いつ」


「小学校卒業ぐらいのタイミングかな」


「へ、へええ……」


「で、その『好きな人』ってのが絶対お前だから、もう告白して付き合えよ」


「そ、そんなのわかんないだろ」


「わかるよ」


 ――――そして、沈黙。

続く言葉が、見当たらない。

『わかった! じゃあ告白する!』なんて言えるほど、俺は単純じゃない。


 実際に、タケシの言う通り、ニナが俺のことを好きだなんて限らないし……。


「本当は俺のこと好きじゃないかもしれないし、なんて思ってるな?」


「うっ」


 こいつ、心を読んできやがった。


「まぁ、そうだな。 俺も100%そうだとは言い切れないしな。 当人から聞き出したわけじゃないし」


「そ、そうだよ。 100%の保証は無いじゃないか」


「ああ、そうだな。 だったら、お前は諦めるのか?」


「えっ……」


「絶対的な成功の保証が無きゃ、告白もできないヘタレなのかって聞いてるんだ」


「…………」


 ……なんだか腹が立ってきた。

なんで、こいつにここまで言われなきゃいけないんだ!


「……お前こそ、どうなんだよ」


「なにがだ?」


「だからその、雛鳥さんとは、どうなんだよ?」


「……なんでここで雛鳥後輩のことが出てくる」


「だって、なんか仲が良さそうじゃないか。 距離が近いというか」


 そうだ、こいつと雛鳥さんだって友達以上恋人未満な関係に見える。


「お前は雛鳥さんに告白しないのか?」


「俺と雛鳥後輩は、そういう関係じゃない」


「じゃあ、どういう関係なんだよ」


 これは、意趣返しのつもりだった。

告白しようとしない俺をヘタレと呼んだタケシへの反撃だ。

しかし――――。


「どういう関係って……俺と雛鳥後輩は………雛鳥…………雛鳥?」


 なにか、様子が変だ。


「雛鳥、ひなどり、ヒナドリ…………?」


「な、なんだよ、どうした?」


「ちょっと待ってくれ!」


 急にタケシが立ち上がった。

忙しなく辺りを見廻している、どこか焦った様子で目の前の景色を確かめているようだ。


「ミ、チル…………」


 意味不明な言葉を呟いたかと思うと、タケシは緊迫した面持ちで俺へと振り返った。


「悪い、帰る」


「は?」


「本当にスマン。 確かめたいことがあるんだ」


「お、おい!」


 俺の制止を振り切って、早足で場を立ち去っていくタケシ。

それをただ呆然と、俺は見送るしかなかった……。

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