第16話 高校時代 思い出


 「よくよく考えたらアキラ一人に衣装製作を丸投げするのは、無理があった」


 皆が集合するなり、タケシはおもむろに言った。


「ということを先日、ミナとアキラは話し合ったらしい」


 ……とのことだが、まぁ、たしかにそうだ。

タケシや雛鳥さんみたいに、裁縫をAIに任せるということは物理的に無理だしな。

振り付け担当のニナに関しては……昨日見た限り、そこまで無理難題な様子ではなかったし。


「じゃあ具体的にどうするかと言えば……ミナ、頼んだ」


「はい、では、お手元の資料をご覧ください」


 テーブルの上、座っている各々の前に一枚づつ紙が置かれている。

それをめくると、そこにはイラストが描かれていた。

美麗なグラフィックで描かれた、可愛らしいポーズを取っている美少女の絵である。

どことなくニナに似てるような気もする。


「これがAIで生成したイラストか?」


「そうだ」


 聞くとタケシは肯定し、さらに言葉を続けた。


「衣装を細部まで見てみろ」


 イラストの女の子が来ている衣装は、燕尾服のように後ろの裾が長い、白い上着を着ているのが特徴的だった。

あとは頭部に小さいハットを装着しており、下は学校の制服に似たスカートで……ふくらはぎから下は途切れていて描写されていない。


「それならスカートは制服で良かろう。 足元もニナが所有するブーツか何かで代用するとして……いいかニナ?」


「いいよー」


「うむ、そしてハットのような髪飾りは、似た物を購入するとしよう。 最悪、ハットでなくても良いだろうな」


 なるほど、大部分を既製品で賄うって話か。

しかし、それでも……。


「じゃ、作るのは、この上着部分ってことか? それでも一から作るのは大変そうだけど」


「いや、それに関しても似たやつを買ってきて、そこに刺繍を入れて完成とする」


「そこまでするなら、別に無地でもいいんじゃないか?」


 そう、アキラが言った。

たしかに、購入したものだけで揃えられるなら、別にアキラの出番も必要なさそうだが。


「ちょっとは達成感も欲しいだろ。 それに、可愛い部員を蚊帳の外にするほど俺は鬼じゃない。 この楽しい催しにアキラも混ぜてやろうという俺の親心だ。 わかるだろう?」


「別に」


 反抗期真っ盛りなアキラの返事。

というか、俺には補佐役とかいうテキトーな仕事を与えたくせに、よく言うぜ。


「でも、これに私たちオリジナルの何かを刺繍するのはステキだね。 私もやってみようかなぁ」


 ニナがイラストを手に取って、そんなことを言い出した。


「何を刺繍するつもりなんだ?」


「う~ん、皆の名前とか?」


 ……人名が描かれた衣装を着ているアイドルなんて見たこと無いぞ。


「それ、いいかもな。 ついでに背中に『科学部見参』ってデカデカと入れるか」


「特攻服じゃねーか」


 そんな反社会的な衣装を学校側も許さんだろうよ。


「ねー私イイこと思いついた! この衣装には皆の思いを込めようよ!」


「えぇ?」


 またまたニナが急な事を言い出した。


「皆の思いって?」


「んー例えば、皆で思い思いのデザインを刺繍するとか。 皆で素敵な衣装を作っちゃおう!」


「いやいや、俺は刺繍なんて……授業で習ったことはあるけど、絶対ヘンなのになるぞ」


 アキラと違って俺は器用じゃない。

そんな下手な刺繍をしたら、着る人も嫌だろう…………って、着る人は提案者であるニナだった。


「ヘンでもいいから」


 その当事者が、こう言ってる。

しかしなぁ……本人が良くても、そんなものを着させるのは俺自身が許せない。


「ねぇ~おねがい」


 だが、すがるような目で懇願するニナにはっきりとNOと言えるほどの男気も無い俺。どうしようかと困っていると……。


「まぁ衣装製作に限定せずとも、ニナに力を貸せることはあるだろう」


「なに? なにか考えでもあるのか?」


 妙案を思いついたらしいタケシの言葉に飛びつく。


「ステージを盛り上げる仕掛けを考えるのはどうだ?。 そうだなぁ、ジェットパックでもこしらえて空飛ぶアイドルってのを……」


「却下だ」


 危険すぎるだろ……。


「まぁ、とにかくだ。 ニナの初舞台を盛り上げる案は随時募集することにしよう。 それでいいかニナ?」


「ん~、わかった」


 とは言いつつも、納得した様子ではないニナ。

だがタケシは構わずに、会議の総括に入り出した。


「では、そういうわけで……材料を調達したら衣装の製作を開始する。 それでいいかアキラ?」


「二つ、聞いてもいいか?」


 アキラは了解する前に質問を切り出した。


「材料を買う金はどうするんだ?」


「部費を当てるから心配するな」


「じゃあそれはいいとして……元になる服はどうやって探す?」


 このアキラの言葉は、もっともであると俺は今さらながら気が付いた。

なかなか奇抜なデザインであり、なおかつ無地でなければならないイラストの服は、普通の店では扱っていないだろう。

それを探し回るのは一苦労だ。


「それについては、ご安心ください」


 するとミナが待ち構えていたかのように言った。


「既に商品をネットで見つけております。 場所は――――」


 イラストに似た服を売っている店舗は、どうやら繁華街のデパート内にあるらしい。

そう遠くはなく、電車を使えばすぐに行ける距離だ。


「おお、さすがに準備が良いな。 じゃあ、目当ての物は俺が次の休みにでも買いに――――」


「ね、ね、なら皆で行かない?」


 部長らしく用事を買って出たタケシだったが、ニナが手を挙げる。


「みんなで遊びに行こうよ。 ね? ね?」


 はしゃぐ子供のように、小さくジャンプするようにして身体を揺らすニナ。


「……とのことだが、どうだ皆?」


「いいけど」


「俺も」


 とくに用事も無いし、皆で出かけるのも楽しそうだ。

こうやって、全員そろって外で遊ぶのは久しぶりかもしれない。


「雛鳥さんも、ね?」


「……はい」


 ニナが、話の間ずっと発言が無く、そして今の遊びの誘いにも返事が無かった雛鳥さんにも声をかけた。


 こういうところが、ニナの凄いところだ。

誰に対しても分け隔てが無いというか、人を嫌わずに輪の中に入れることができる。


 俺だったら『この仲良しグループに無理矢理入れるのは、むしろ嫌がられるかも……』なんて思ってスルーしてしまうかもしれん。


 いや、そこまではしないにしても『あ……雛鳥さんも来る?』なんて言っちゃって、どこか気まずいムードを出してしまうだろう。


 ニナの場合は決してそんな雰囲気にはせず、当然のように手を取ってあげることが出来るのだ。

昔から、そういう女の子だった。


「じゃ、話は決まりだな。 今週の土曜日、駅前で集合ということで」


 最終的にタケシが話を纏め上げ、あとは何をするでもなく雑談をして、その日の部活動は終わった。







 ――――不意に、電話が鳴った。

風呂上りだった俺はタオルで濡れた髪を拭きながら、着信の相手の名前を見る。


 それは、ミナだった。


「もしもし」


「今、お時間はありますか?」


「あるけど……何か用かな?」


 意外な電話相手に少しだけ驚きつつも、俺はベッドに腰を降ろす。


「お話を聞きたくて」


「お話?」


「ええ、ニナ様の情報を収集する上で、マナブ様に過去の記憶をお聞かせ願いたいのです。 つまりニナ様に関する思い出ですね」


「ああ……」


 そういや、ミナはニナを模倣するためのAIだったけか。

普段、そんな素振りは無いというか、まるでニナとは違う性格と口調なので、いつもそのことを忘れてしまっているな。


「よろしいでしょうか?」


「……まぁ、いいけど」


 特に断る理由も無いしな。


「では、そうですね……まずはニナ様との出会いから聞かせてもらえませんか?」


「ええと、ニナとはそう……小学校からの幼馴染で……一年生のとき隣の席同士だったんだ」


「初印象は、どのような感じですか?」


「とても明るくて良い子だったよ」


 小学一年生のころの記憶なんて、正直おぼろげではあるが、それだけは間違いないと思う。

思えば、あの頃から俺の初恋は始まったのかもしれない。


「ニナ様とは、いつから仲良くなり始めたのですか?」


「いつからって…………」


 その質問については、俺もよく分からない……なぜなら――――。


「気が付いたら、って感じだったかな。 俺とニナってさ、学年が上がっても、よく一緒のクラスになってたんだよ。 だから話をする機会も多くて自然と……友達になってたんだ」


 別のクラスになったのは三年生のときか、四年生のときか……とにかく一度きりだったと思う。


「ニナ様との特別な思い出はありますか?」


「特別な思い出? 特別って言われると……」


 家族ぐるみで一緒に行った海水浴、誕生日会で互いに祝いあったこと、夏休み最終日に二人で必死に宿題を終わらせたこと、父さんから黙って借りたビデオカメラでニナのアイドルごっこを撮影したこと……思い出は色々あるけど。


「別に特別なことは何も無いよ。 普通の思い出しか無い」


「そうですか……」


 するとミナは黙り込んだ。

望んでいた回答じゃなかったからか?


 しかし俺だって別にドラマであるような劇的な思い出があるわけじゃない、ミナと関連が無くてもだ。

ただの一般人なんだから。


「では、特別で無くても、何かエピソードを一つ聞かせてもらえませんか?」


「ええ? それじゃあ……」


 何か、他人に聞かせられるような話はあったかな、と俺は考えを巡らす。


「別に、どんな話でも構いませんよ」


 そこに、ミナからの催促が入る。

だったら、今ふと思い返した出来事でも話してみるか。


「あれは8歳ぐらいのとき、ニナの誕生日だったかなぁ。 ケーキにプレートのチョコと、サンタの形をした砂糖菓子が乗ってたんだよ。 で、その二つを半分こにしようとニナは言ったんだけど、俺はサンタのほうだけで良いと言ったんだ。 だって砂糖の塊とチョコだったら、チョコのほうが美味しいだろう? そのときの俺はカッコつけたんだな。 で……いざサンタを口に入れてみたら、それは砂糖菓子じゃなくて蝋燭だったんだよ」


「見分けが付かなかったんですか?」


「うん、周りの大人たちもな。 だからこそ俺が食うのを止めなかったんだろうけど。 それで俺はオエって吐き出して……。 そしたらニナが心配してくれて、チョコを半分くれたんだよ」


「そうなんですか」


「……うん、そうなんだ」


 そう、それだけの話だ。

ニナの優しさが嬉しかっただけの話だ。

……だって、どんな話でも良いっていったもんな。


「なるほど。 とても参考になりました」


 ほんとか?

俺は疑問に思って、ミナに聞いてみた。


「なぁ、ちょっと思ったんだが、これって意味あるのか?」


「なにがでしょう」


「だって、ミナはニナになりきることが目的なんだろう? だったら俺の思い出話よりも、ニナから直接聞いた方が……」


 そうだ、ニナ本人になりきることが目的なら、第三者である俺の目線よりも、ニナ自身から過去のことを聞いた方が良いに決まってる。


「そうとは限りません」


「……どうして?」


「結論から申し上げるなら、たった一人、その人間の人格を模倣することにあたり、当人の記憶は重要ではないのです」


「なんだって? そんなことはないだろう」


「いいえ、そうなのです。 なぜならば……他者が他者を完全に理解するのは不可能だからです」


 他者が他者を……?


「事実として、マナブ様……あなたは、幼馴染として長年交流のあるニナ様の内面を完璧に理解していると断言できますか?」


 ……断言できる、とまでは言えない。

事実として、ニナの行動や発言は俺の予想範疇を越えることが、しばしばある。


「しかし、幼馴染であるがゆえにマナブ様はある程度の認識としてニナ様の性格、嗜好、思想、行動理念を理解していらっしゃいますね?」


「……まぁ、それはな」


 幼馴染として、ニナのことを全く理解していないとは、言いたくない。

ニナの好物はチーズケーキで、運動は得意だが勉強はちょっと苦手で、意外とズボラなところはあるが、好きな事には一直線になれるタイプだ。


「つまるところ、その『ある程度の認識』さえクリアしてしまえば、ニナ様以外の誰かが『ニナ』様になれるというわけです。 その模倣した『ニナ』様は、マナブ様にとっての『ニナ』様になり得るのです」


「……そんなことが出来るのか? 本当に?」


「可能です。 そうですね、例えば……マナブ様が出来る限り、ニナ様の情報を箇条書きしてみるとします。 大雑把なパラメータとして容姿、癖、表面上の性格……更に細かなパラメータとして過去の言動や行動……それこそマナブ様がおっしゃった『誕生日会の蝋燭』のエピソード」


 思わず俺は脳内で箇条書きを始めた。

ニナの髪型、顔、体型、性格……そして数々の思い出たち。


「その箇条書きを全て網羅し模倣が出来る存在は、マナブ様にとっての『ニナ』様になる……ご理解いただけますか?」


「…………」


「いまだ、ご理解できないようでしたら、こうお考えください。 人は一つのコンピュータであると」


 理解しかねて黙り込む俺に、ミナは別の例え話を始めだした。


「あなた達の心はPCというプラスチックの檻に閉ざされている。 意思疎通はディスプレイに表示する、文章のメッセージのやり取りだけ。 ただ、それだけで相手のCPUの構造全てが理解できますか?」


「…………できない」


 なんとなく、ミナの言いたいことが分かってきた。

結局のところ、人間の発言とか行動は脳の指示によるアウトプットされた情報にすぎず、実際に相手の脳がどういう思考をしているかは完全には理解できない。

そういうことなんだろ、ミナ……。


「できます。 CPUは所詮機械なので文章による説明が可能です」


 思わずベッドからズッこけた。


「しかし人間の脳は、この世に存在する、どんな機械よりも複雑で、そこに走る電気信号のパターン解明なんて出来るわけもない。 私とて100%の模倣なんて不可能です。 せいぜい60%ぐらいでしょうか」


「6割か……それって凄いのか? 凄くないのか?」


 したたかに床に尻を打ち付けた俺は、そこをさすりながら聞き返す。


「私には判断しかねます。 いまだ情報不足の身ですので。 ただ…………」


「ただ?」


 もったいぶった物言いのミナ。

このあと、彼女は何を言い出すつもりなのだろうか。


「ただ……」


 人の脳を、その思考を、人格を六割ほど再現すれば、それは何を意味するのか。

ミナは、こう言った―――。


「第三者にとって、肉体の檻で隔たれた相手にとっては、それを『模倣』とは見破れないのではないか、と私は予想します」

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