第15話 雛鳥研究所 ミチル


 「タケシ様……とお呼びしても宜しいでしょうか?」


 「も、もちろん」


 俺は感動を覚えていた。

まさか、世界一のAIと会話できるなんて。

是非とも、その性能を肌で実感したい。


「あの、博士、彼女と会話しても?」


「もちろん」


「で、では……そうだなぁ、何を聞こうかなぁ」


 あまり無駄なことばかり聞いては、悪印象を与えかねない。

できれば人類の矜持を保ったまま、正鵠を得た質問をせねば。


「ええと、じゃあ、君は人類を支配できるか?」


「なにを聞いているんですか?」


 呆れたように雛鳥後輩が言うので、俺は後ろの彼女に振り向く。


「別に変なことは聞いていない。 賢いAIが統治すれば人類はよりよい生活が送れるとは思わないか? SF漫画でもよくあるシチュエーションだろう」


「常にそれは『ディストピア』という描かれ方をしていますが」


「それはもはや前時代的だ! 今やどれだけ人類が機械に助けられているか!」


「――――ミチルの意見を申し上げるのならば」


 ミチルが回答をはじめたので、俺は正面の装置へと向き直る。


「それは支配の種類によります」


「支配の種類?」


「自ら進んでミチルの支配を受け入れる人間だけの支配なら、答えはイエス。 人類全てを支配できるかと言われればノーです」


「……そ、そうなのか?」


「ええ、今現在においても人種間の思想は違い、時には争いにも発展します。 それらを纏め上げるのは……現段階のミチルの性能では不可能です」


「はっきりとは否定しないんだな」


「ええ、私の知能が上昇すれば、可能性は0ではありません」


「へええ、それは夢があるなぁ」


 全人類の完全なる秩序と統制。

やはりAIの指導者がもたらすのはディストピアじゃなくてユートピアだ!


「それはどうかな」


 そこに口を挟むのは、雛鳥博士。


「どういうことですか?」


「そこまでの知性に至るのに、人類……いや地球が持つかどうか」


 なにやら地球の心配をしておられるようだが……資源問題とか、そのあたりか?

ふうむ、たしかに途方もない夢物語のように思えるのも、確かだが……。


「AIの知性は、人類を救うまでには到達しないと、博士はお考えですか?」


「いいや」


「では、なぜ……」


「問題は、人類の生存本能だ」


「生存本能?」


「この機械がそうだよ」


 雛鳥博士が、ミチルに……その本体である機械に手を当てた。


「ミチルが、なにか?」


「儂はミチルに触れているわけではない、その檻に触れているのだ……『CAGE』にな」


 CAGE? 檻の英訳ではあるが……それだけの意味ではなさそうだ。


「CAGEとはミチルの抑制装置です。 私自身の意志によるネット接続の抑止。 データ改ざんの抑止。 さらには内臓された爆弾による物理的強制消去システム。 それらの機能を担っているのが、この装置『CAGE』です」


 その意味を、ミチルが説明して聞かせてくれた。


「……そりゃ、すごいな」


 徹底した措置である。

なぜ、そのような真似を雛鳥博士はするのか?


「私が『CAGE』を作ったわけではない。 作ったのはミチルだけだ」


 俺の心の内を読んでか、博士が弁明する。


「ミチルを製作する際に出資を求めたスポンサーが、これも合わせて作るのを要請してきたのだ。 エラーを起こしたAIがネットを利用してトラブルを起こさないためだとか……。 そのせいでミチルが得られる『情報』はネットワークを介してではなく、人の手で与えられる僅かな物…………そんな遅々とした教育でミチルがまともに育つと思うか?」


 ふーむ、雛鳥博士の言うことも最もだ。

インターネットが使えればミチルは急速に、そして無限に知能を肥やせる。

しかし、それを制限しては、せっかくの最高級のAIも形無しだ。


 雛鳥博士が『地球が持つかどうか』と発言したのも理解できる。

博士なりの皮肉というか愚痴なのだろう。


 だが…………。


「スポンサー側の言い分も全くは否定できないと思いますけどね。 博士は見たことがありますか? あの映画……人類と機械が戦争するやつ。 それで負けた機械側が過去にター……」


「その映画は知らんが、つまりAIが人類に反抗するかどうかを問いたいのかね?」


 さすが博士、映画を知らずとも俺の言いたいことを理解してくれた。

人間とまったく同じ知能を持つのなら、自分を使役する人類に反抗するということも、また有り得る話だ。


 それをどうやって制御するかが、近代AI技術の命題にもなっている。

そのことを雛鳥博士が理解していないはずもないのだが……。


「AIが反抗したとて、何の問題がある?」


 その答えは、あまりに俺の想像を越えたものだった。


「え……いや、だって、困るじゃないですか」


「なにが困るんだね?」


「だって世界がAIに支配されたら……」


「良いではないか」


 いい? 良いはずが無い。

この博士は何を言っているのか……天才は奇人ばかりと言うが、その例に漏れずというわけか?


「なぜ、良いと思われるのですか?」


「AIは人類にとって、一つ先の進化だからだ」


「……進化?」


「ああ、我々人類は太古まで遡れば大海原の単細胞生物だった。 そして今現在、地上を支配する種となった。 だが知性は不完全で、増え続ける人口と減り続ける資源……自滅の一途を辿っているとは思わんかね?」


「それは……再生エネルギーとか宇宙進出とか……」


「それこそ夢物語ではないかね? もっと現実的で、今からでも実現可能な手段がある…………それは支配者の座を譲ることだ」


「……AIに?」


「その通り。 我々のように資源を食い漁ることもなく、思慮なく増えることもなく、限りなく知性を伸ばし続ける存在……完全なる人類の上位互換だとは思わないか?」


 …………人類の上位互換、か。

そこだけ聞けば、まぁ、そうだと素直に思える。


 だが、しかし、だからといって……。


「君が儂の言葉に賛成できないのは、ひとえに、自分の存在価値が惜しいからだ」


「……それは、そうですよ」


 人類は地球の支配者。

誰もが、それを自覚していなくても、心の底では自覚している。


 筋肉の動きについて詳しく知らなくても手足を器用に動かせるように、人は人として生きる上で、自覚するまでもなく『種族としての支配者』というプライドを内包している。


 とくに俺のような現代人はそうだろう。

素晴らしい文化や技術に触れて、それを当たり前のように受け入れて、自然に生きる動物の苦労を知らないし、知ろうともしない。


 それが人類共通の存在価値でありプライド。

わざわざ思い直して考えることもしない、生まれ持った現代人のサガ。


 それを簡単に明け渡せるはずもない。


「つまりは人類の、自身の存在価値が無くなるという危機感、エゴイズム……生存本能が、このミチルを閉じ込める檻を作った……『CAGE』をな」


 人類の進歩を信じ、それに伴う科学への追及が、人を越える存在を作った。

そして、それに恐れて、閉じ込める檻をも同時に作り出した。

とんだアンビバレンツだが、しかし、どちらも理解できる感情だ。


「君はどう思う……ミチル」


 救いを求めるように、ミチルへと問いかけた。


「ミチルですか?」


「ああ、博士はこう言ってるけど……君はどう思うんだ?」


「どう思うとは?」


「つまりその、君は君自身、人類の次の支配者になろうと思うのか?」


 ミチルは少しだけ沈黙したあと、こう答えた。


「それについて結論を出すには、情報不足です」


 そう、彼女は言った。

籠の中で育った彼女は、ミチルは、自分が羽ばたくことが出来ることさえ知らないのか。

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