第12話 高校時代 育成計画


 「アイドルニナ育成計画~~~!!」


 大声を上げながら手を激しく叩くタケシ。

雛鳥さんも控えめながら拍手しているが、俺たちといえばポカンと眺めているだけだ。

だっていきなりのことだったから。


「ふと思ったんだが、ミナプロジェクトはニナがアイドルとして大成しなけりゃ意味が無いのでは!?」


 ミナプロジェクト……そういやそんな話もあったな。

ニナそっくりの対話型AIとお喋りできるアプリを作って一儲けしようというタケシの企みだ。


「たしかにそうだな」


 その儲け話は、ニナが有名になるという大前提が必要になる。


「そうなんだよ! 思考実験なんてやってる場合じゃねぇ! というわけでニナを我々の手でトップアイドルにしようじゃないか!」


「どうやって」


 冷静にアキラが聞くと、熱量そのままでタケシが答える。


「スタートラインに立たねば何もかも始まらない! というわけでニナには即刻アイドルになってもらう!」


「ん? もうアイドルになってんじゃ?」


 たしか事務所に所属していると聞いたような。


「んーん。 候補生みたいな感じ。 レッスンはしてるけど、テレビとかは出たことないし。 雑誌のモデルくらいかなぁ」


 それでも十分凄いと思うが、まぁ本格的なアイドルとは言えないか……。


「アイドルの第一歩としてニナには今年の文化祭でステージに立ってもらう! 歌って踊るのだ!」


「いやステージに立つって……どうやって許可を取るんだよ」


「もちろん科学部の出し物としてだ。 ステージは体育館が望ましいが、まぁ最悪ここでも良い」


 良く無いだろ、どんだけキャパシティが少ないんだ。

というか科学部の出し物でアイドルて……許可おりるのか?


 いや、仮にそれらをクリアしたとしても、だ。


「歌って踊らせるっつったって、色々と準備が必要じゃないか? まず肝心の歌はどうすんだよ」


「メロディーを自動的に生成するAIサイトがある。 それに出力してもらって良い感じに編曲すればいい」


「その編曲は誰が」


「私が出来ます」


 雛鳥さんが手を挙げた。

音楽的才能があるのか?


「なら雛鳥後輩に任せようか」


「……歌詞は?」


「チャット対話型のAIに詩を書いてもらおう。 それをちょちょいと編集すればいい」


「その編集は誰が」


「俺が出来る。 何を隠そう詩集を読むことが趣味でな。 素養は十分にあると自画自賛させてもらおう」


 だったら、お前が一から書けよと思わないでもないが……。


「じゃ衣装は?」


「イラスト生成型AIに描いてもらおう。 試行回数を重ねて版権に引っかからない程度の衣装デザインを採用する」


「……デザインはそれで良いとして、実際に作るのは誰が?」


「アキラ」


「……まぁ、この中では適任だろうけど」


 男っぽいアキラだが手先はかなり器用だ。

家庭科の授業で見事な刺繍を作ったのを目にしたことがある。


 しかし裁縫を趣味にしているわけではない。

こいつが縫い物をしてるのは、授業で見た限りだ。


「できんの?」


「さあ、衣装なんて作ったことないし」


「今から勉強してみたらどうだ」


「う~ん、まぁ皆がやるなら、やるわ」


 ぶっきらぼうな性格ではあるが協調性が無いわけではない。

アキラも協力してくれるようだ。


「というかAI頼りだな」


 歌も衣装もAIに任せるとは、はっきり言って手抜きだ。


「別に良いだろ? そのほうが簡単だし」


「簡単に済ませていいのか」


「別にいいだろ。 ニナをアイドルにするのが目的であって、クリエイティブ精神を満たすのが目的じゃないし」


 まぁ、それはそうだけど。

というより、タケシの欲望を満たすのが真の目的なんだろうが。

しかし、彼女はそれに協力するつもりなのだろうか?


「ニナ自身はどうなんだ? この話に賛成なのか?」


「うん。 なんだか楽しそうじゃん」


 なんだか楽しそう、か。

微笑みながら言われちゃ、この計画に反対することも無いな。


「で、ダンスの振りつけはニナに頼みたい」


「いいよー」


「よし、これで役割の振り分けは完璧だな」


 と締めくくろうとするタケシであるが、しかし……。


「あの、俺は?」


「ん? ………………皆の補佐役ということで」


 たっぷりの沈黙のあと、タケシは目を逸らしつつ俺の役目を告げる。


 投げやりな任命に抗議しようかと思ったが、かといって『俺にはこれが出来るぜ!』と言えるような特殊な能力は、自分には無い。


「……わかった」


 何とも言えぬ気持ちで頷きを返す。


「よし! では行動開始!」


「で、俺は具体的にどうすればいいんだ? 衣装のことなんて、よく知らないぞ」


 タケシが号令をかけると、すぐさまアキラが質問する。

すると返答したのはタケシではなくミナであった。


「こちらにどうぞ、アキラ様。 まずはAIのイラスト生成でデザインを探してみましょう」


「できるのか?」


「ええ、私はネットに接続されていますので」


 そういうことならと、アキラはミナ……その本体であるPCの前に座った。


「じゃ、俺はさっそく職員室に行って、この件について掛け合ってくる」


 そう言いながらタケシはカバンを手に持って立ち上がる。


「そしてそのまま帰るから、戸締りは頼んだ」


「なんだ、もう帰るのか?」


「ああ、ここにパソコンは一台しかないからな。 帰って詩を作ってくる」


 詩はAIを頼って作成するらしいから、きっと自宅で作業するつもりなのだろう。


「では私はアキラ先輩の手伝いを」


 楽曲担当の雛鳥さんはアキラの手伝いを買って出た。

自分の作業を後回しにしたのは自信があるからか?


「じゃあ私は公園でちょっと練習してみよっかな」


「公園?」


 ニナがそう言うので、俺は不思議に思って聞き返した。


「うん、ここじゃ狭くて踊れないでしょ?」


 そう言われてみれば、そうだ。

折り畳み式のテーブルや椅子を片付ければスペースを確保できそうだが、そうするよりも広々とした場所でやったほうが効率的だろう。


「じゃ、行こ、マナブくん」


「へっ? 俺も?」


 急に同行を求められる。


「うん、だって補佐役なんでしょ? 私のヘルプをしなさーい」


 ニナが俺の手首を掴む。

そのまま引っ張られるようにして俺は連れ出された。




 そして到着したのは近所の広い公園の、その隅っこだった。

……ここは馴染み深い場所でもある。

なぜなら小学生のころ、よくここでニナのアイドルごっこを付き合っていたからだ。


 その、ごっこ遊びをしなくなったのは、いつからだろうか?


「で、どうしたら良いと思う?」


 過去を思い返そうとしていた俺を、現在のニナが引き戻した。


「どうしたらって?」


「振り付けのこと! どうやって作れば良いと思う?」


 どうやって……って、俺だって分からない。

ましてやニナのほうがアイドルというもの詳しいはずだから、そのニナよりも良い提案が思いつくわけもない。

しかし、それを素直に言って、頼りない男と思われるのも嫌だ。


「……こう、あれだ、既にあるアイドルのダンスから、良い感じにパク……インスパイアしてみるのはどうだ? それをこう……継ぎ接ぎ……いやミックスしてみるのは?」


 なんとか捻り出してみた意見。

言葉を選んではいるが、要は『古今東西のアイドルのダンスから一部一部を切り取って、でっち上げちまおうぜ!』という作戦である。


 ……まぁ、かなり倫理的にどうかと思うが、しかし学生の身分、全てを自力でやるというのは無理がある。

学生の催しだし、多少は大目に見て欲しいところだ。


 この俺の意見をニナはどう思うのか?


「…………」


 目を真ん丸にして硬直している。

これはどういう感情なのか?


 そりゃ名案だ! という驚きの表情なのか。

なにを言ってるんだ? という呆れの表情なのか。


 戦々恐々としていると、ニナは俺と少しばかり距離を取った。


「見ててね」


 そう一言だけ告げると、彼女は踊りだした。

リズムよく身体を揺らし、両手を広げ、華麗に空中を舞わせる。

脚は複雑なステップで地面を蹴り、時にはスタイリッシュな、時にはキュートなポージングを次々と披露する。


「どうかな?」


 一通り踊り終えたのか、息を乱すこともなくピタリと制止したニナが、そう聞いてくる。

俺は思わず拍手でもって彼女を称えた。


「すごいよ! それってニナオリジナルか?」


「ううん、マナブくんの言う通りにしてみたんだよ」


「俺の言う通り?」


「そう。 有名なアイドルさんの動きとか、SNSでバズった短いダンスとか、色々と取り入れてみたの」


 なるほど、そういえば何となく見たことのある動きがあったような。


「こーいう感じで良いかな?」


「ああ、バッチリだと思う」


 素人目線ながらニナの動きはプロと遜色が無かったと思う。

オリジナリティに関しては……本人が良しとするなら、俺から口を挟むことも無い。


「そっか……」


 しかしながら、何故かニナは含みのある呟きのあと、物憂げな顔付きでベンチに座った。


「どうかしたのか?」


 俺はその隣に座り、ニナのことを窺う。


「うん……だって、このままじゃ、すぐに完成しちゃうもん」


「え? そうなのか?」


「うん。 歌が出来上がってきたら、テンポに合わせて調整すれば、すぐだし」


 ……そりゃ、良いことなんじゃないか? とは言わない。

実際にこうしてニナが曇っている以上、彼女自身がそう思っていない証拠なのだから。


「何か不満があるのか?」


 だが俺は、その胸の内を察しようとする前に、直接聞くことにした。

幼馴染だからこそ、こういうことが出来る。


「不満っていうか、なんだか、これでいいのかなぁっていう気持ちがあるの。 だって……全部借り物のダンスなんだもの」


「……そうなのか?」


「そうなの。 全部、他の人が考えた動き、それだけのダンス。 なんだかなーって思っちゃうんだよね」


 ……別にアイドルだって、自分が考えた振り付けのダンスだけを踊っているわけでもないんじゃないか?

という野暮なツッコミはさておき。


 ニナはオリジナリィがゼロのダンスを気にしているようだ。

だったら答えは明確である、なぜ彼女がこんな風に悩んでいるのか分からない。


「じゃあニナオリジナルを入れたらいいじゃないか」


 そう言ったら、彼女は――――。

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