第11話 高校時代 水槽の中の悪夢
ニナとアキラと一緒に科学部に入る。
すると無人だが違和感があった。
主にそれは二つ。
部屋の隅っこにある特大のダンボール箱。
大人一人なら余裕で入れそうだ。
そしてテーブルの上にある、ざるうどん。
その隣にあるスピーカー。
そのスピーカーから音声が流れる。
「うーーーうっうっうっ!」
「なんのつもりだタケシ」
声の主はタケシだった。
どういうつもりなのか謎の呻き声を出している。
「うっうっうっ! 俺は悲しんでいる!」
「悲しんでたのか」
謎の呻きは泣いている演技のつもりだったらしい。
「そうともさ! 見りゃ分かるだろう! 悪いマッドサイエンティストに捕まって脳味噌だけにされてしまったんだぞ!」
「えー、かわいそーだね」
ニナがタケシの寸劇に付き合って悲しむフリをしている。
「お前の脳味噌ってこんなんなのか」
「灰色の脳細胞というだろう?」
「真っ白なんだが?」
つーか小麦粉の塊なんだが?
「お前らも気を付けろ! このへんには野良マッドサイエンティストが徘徊しているぞ!」
「そいつは怖いな」
「ああっ! うしろ! マナブうしろーー!!」
そう言われて振り返ると、そこには雛鳥さんが居た。
白衣を纏っており、口元には付け髭が。
あれ、気に入ったんだろうか。
「お前らも水槽の中の脳にしてやろうか」
あんなこと言ってる。
きっとタケシに言わされているのだろうが、とくに嫌がったり気恥ずかしい様子はない。
意外とノリノリだったりするのか?
「というわけで、今日は水槽の中の脳という思考実験をする」
特大ダンボールからタケシが飛び出てきた。
今の寸劇、いる?
皆が席に着くと、タケシはPCを起動しミナを登場させた。
「さて、水槽の中の脳というのはこういう話です」
すでに話は通じているのか、すらすらとミナは語り出す。
「とある科学者が、被験者の脳を取り出します。 それを培養液に付けて死なないようにします。 そして脳とコンピュータを電極で繋げて、好きなように脳を操作することが出来るとします。 さて、このとき、あなたは水槽の中の脳ではないと言い切れるでしょうか?」
……うーん、面白い話ではあるが、じゃあ実際にどうかと言われると返答に困るな。
だって――――。
「そんなこと言われても、自分がそうであるか確認しようがないんじゃ、気にするだけ無駄じゃないか?」
アキラが俺の言いたいことを代弁してくれた。
自分が水槽の中に居るのを確認できる機会が無い限り、そういう状況にあると自認できない。
ならば議論するだけ無駄だと思うが。
「ほほう気にするだけ無駄、か? だったらこういうのはどうだ。 ある日突然、お前が目覚めると、どっかの研究所の水槽の中に居て、お前は『水槽の中の脳』だったのだとマッドサイエンティストに言われたら?」
「……脳だけなら手も足も出ないから、コンニャロー!って思うだけかな」
「随分と江戸っ子気質の脳だな」
しかし言ってることはもっともだ。
この『水槽の中の脳』という話は、導き出せる答えは一つしかないと思う。
どうしようもないから気にしない、の一点のみ。
「タケシはどう思うんだ?」
そう言って反応を窺う。
こいつは何か別の考えを持っているのだろうか?
「うむ、俺はだな……『水槽の中の脳』というものは存在しえないと考えている」
「存在しない?」
「ああ、だってそうだろう? わざわざ脳を取り出して一般生活を送らせる幻影を見せることに何の意味がある?」
まぁ、そりゃそうだが……。
「そんなこと言ったら思考実験の意義を失うことになりますが」
雛鳥さんがタケシに矛盾点を突き付けた。
「まあ、それはそうだが……」とタケシは心なしかしょんぼりしている。
なんか、彼女に対しては弱いな。
「それに『水槽の中の脳』という技術が実現しうるとして、それは無意味ではないとも思います」
「それはなぜだ雛鳥後輩」
「例えば心理的医療とか……すこし『水槽の中の脳』の話とはズレますが、コンピュータによって人の記憶を操作できる技術が可能になれば、患者の精神的トラウマの記憶を削除して治療できます」
「なるほどな」
ずいぶんとSFチックな話だと思ったが、タケシは素直に感心している。
そこまで非現実的な話ではないのだろうか? 科学に詳しいタケシにとっては。
「だけど」
雛鳥さんの話にアキラが参入する。
「つまりそれは洗脳も可能だってことだよな? 一般人を従順な殺戮マシーンに仕立て上げることもできる」
「おいおい物騒だな」
「しかし事実でもあります。 科学技術の進歩は犯罪の進歩でありますから」
「技術というものは誰にでも使えるからな、それこそ悪人でも」
腕を組みながら悩まし気に呟くタケシ。
「私の意見を申し上げてもよろしいでしょうか?」
「ん? なんだ?」
「水槽の中の脳という話は、つまるところ自我の問題なのだと思考します」
「ああ、そっちか」
そこから少しずれた今の話題ではなく、どうやら元の話に戻したようだ。
「皆様の見ている風景が現実か否か……それが話の要点なります。 そして、それは要点にはなりえないという結論に私は至りました」
「ほほう、なぜだ?」
「なぜならば幻想であろうと現実として認識しているのならば、それは現実であり、皆様の『自我』には何ら影響は無いということです。 実際には水槽の中に居ようと、あなたはあなたなのです」
「まぁ、たしかにな。 記憶を改ざんされたり、水槽の中に居る事実を暴露されたりしなきゃ、な」
「いいえ、それでも『自我』は損なわれません。 それは記憶を改ざんされたことを知った『あなた』であり、水槽の中に居ることを知った『あなた』なのですから」
「それで狂ったとしても?」
「狂った『あなた』です」
「うーむ、納得できるような、できないような」
タケシに同感だ。
というよりもミナの意見には否定派になるだろう。
作られた記憶があって、それで正気を失ったとしても、俺は俺?
そうは思えない。
そのまま部活動は終わりを迎えた。
悶々とした気持ちで帰路を辿る。
一通りの生活パターンを終えて寝床につく。
ふと水槽の中の脳について思考が揺らぐが、それを無理やり抑えつけて、眠る。
深い眠りに落ちていく…………。
「んあ?」
目が覚めると、タケシが居た。
「やあ、マナブくん」
他人行儀な言葉で挨拶をしてくる幼馴染。
「どうかな気分は」
「気分って……」
そこで、はたと気付く。
身動きが取れない……というか感触が無い。
自分の体温を感じ取れない。
「学校生活はどうだったかな?」
「どうだったって……それよりも、なんか変だ、身動きが取れない、身体が動かないんだ」
「そりゃ、そうだろう。 君には実体が無いんだから」
「はあ?」
一瞬、タケシの言うことが理解できなかったが――――。
水槽の中の脳、という話が頭をよぎった。
「ところで、面白い話をしていたね。 水槽の中の脳、か。 まさに君にピッタリじゃないか」
「な、え、いや、そんなはずは……」
「こうしたら理解できるかね?」
タケシが俺の眼に向かって手を差し伸ばしてくる。
俺は目を瞑ろうとして、それが出来ないことを知る。
視界が急激に、俺の意図の反して動き、そして何かを映したところでストップする。
それは……巨大なコンピューターだった。
それがそうと認識できるのは、似たような物体をゲームで目にしたことがあるからか、それとも……。
「これが君の本体。 そしてこれが顔かな?」
また視界が強制的に移動する。
止まったのは一台のモニター……そこには、ああ、なんていうことだ。
俺の顔……CGモデリングされた俺の顔だ!
「うわあああああ――――!!」
絶叫する俺。
その表情を、驚愕に満ち絶望した表情を、俺は俺の眼で見ている――――!
「ようやく自分の境遇を理解したかな?」
眼が……いやカメラが元の位置に戻る。
幼馴染であるはずの、しかしそうではない男の顔が視界に映る。
「お、俺は……本当に水槽の中の……」
「ちょっと違うかな。 君には脳すら無いからね」
「えっ……?」
「君は、人工知能なんだよ」
人工知能……?
「君は我々研究チームが作った、人間とまったく同じように思考できるAIだ」
「そ、そんなはずはない! 俺には自我がある!」
自我……そんな話を、誰かとしたような。
「ほほう、自我かね? そりゃ、あるとも。 それがあるように作ったからね。 それともなにかい? AIに自我は有せないとでも?」
「それは、それは……っ!」
それを持ったAIの存在を、知っている。
そうだ、ミナだ。
あいつには自我が……自我があるのか?
あいつはAIだ。
プログラムだ、人間に作られた物だ。
そこに、真に自我があるかどうか……断定ができるのか?
じゃあ、俺は?
俺には……自我がある、そう思っている。
だけどこいつは、目の前のこいつは俺をAIだと言う。
「自我が揺らいでいるのか? 人間だと思っていた自分が、AIだという現実を知って? ならば問うが、AIと人間のどこに差異がある?」
そんなの、わからない。
「そう、わからない。 AIと人間が同じような存在なのかは、二つの存在が交じり合わない限り分からない。 そして、そんなことは現実にありえないから、一生わかりっこない」
そうだ、わからない。
「それは人間にも言えることで、国や生まれが違えば考え方も目に見えて大きく変わる。 それでも人類は繁栄してきた。 だからそれでいいんだ。 君がAIでも人間でもね」
いや、俺は人間だ――――。
「あなたは、あなただ」
目が覚める。
汗が服がびっしょりと濡れている。
悪夢を見たせいだ。
「…………やめよう」
今の夢について回り始めた頭の回転を意識的に止める。
考えなくていい、考えなくても良いことを、考えなくていい。
眠ろう。
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