第10話 内面性
「俺ってちょっと……おっぱい小さいか?」
アキラが何やら奇天烈なことを言い出した。
部活終わり、俺とニナとアキラの三人での帰宅途中、アキラが腹減ったなんて言い出すから俺たちも付き合ってコンビニで食べ物を買い、公園のベンチでくつろいでいたところの、この発言である。
ものすごくセンシティブな話になることは十分に察せるところなので、俺は無視を決め込むことにする。
「マナブはどう思う?」
俺に意見を求めるな。
二人っきりなら何か言うこともできたが、隣にはニナが居るんだぞ。
「ニナぐらい大きいほうがいいのか?」
ニナを絡めるな。
ますます口を開きたくなくなる。
「雛鳥ほどは邪魔そうだから要らないけど」
そうかもな。
男には無い悩みだろう。
だからこそ、俺はこいつに男友達的な感覚を持てるのだろうか。
「なぁ、どう思うんだって聞いてる」
聞くな。
沈黙が俺の答えだ。
ニナの手前、蝶々とかお花の話をしろ、してください。
そういうメルヘンな話題の方がニナだって――――。
「どう思うのマナブくん」
乗っかってきた!?
ニナ、お前の乗ったビッグウェーブは俺を飲み込む荒波と知ってのことか!?
「どうも思わない」
「なにそれ」
無難な俺の答えに不満気なニナ。
「どうも思わないわけないだろ。 男なんだから」
「うるさい、肉まんが冷めるぞ」
アキラの傍らにはビニール袋に入った大量の肉まんがある。
こいつは小さな体のくせして大食いなのだ。
摂取したエネルギーはどこへと行っているのか。
俺の指摘でアキラは肉まんに手を出す。
そうそう、それで口を塞いで黙っててくれ。
しかしアキラは掴んだ肉まんを口元へは運ばず、服の下から中へと入り込ませた。
それを再度繰り返し、アキラの胸元が二つの肉まんで膨らんだ状態になる。
「どうだ?」
「…………」
思わず目を逸らしてしまう。
それは、偽りの膨らみとは知っていても、その、かなり女性的なものとして目に映ったからだ。
逸らした視線の先にはニナの顔。
視線と視線がぶつかりあう。
「どうなの?」
どうしてそんなに真剣な眼差しなのか。
その真っ直ぐな目を受け止めきれず、俺は真正面を向く。
「おい、どうなんだ」
アキラが俺の左肩を掴んで揺らしてくる。
「ねぇ、どうなの」
ニナも右肩を掴み、俺の身体の揺れが増す。
「ウワーーーーーーーーーー!!」
脱兎のごとく、俺は逃げ出した。
「逃げちゃった!」
そんなニナの声が背後から聞こえてくるが、俺は無視した。
そのまま逃げ込むように自宅へ入り、夕飯を食って風呂に入り、自室の明かりを消してベッドに入る。
「ふう、やれやれ」
やっと落ち着いた。
まったく何を言い出すんだか、アキラのやつ。
胸がどうとかってそんな……大きければ大きいほど良いに決まってるだろ!
だが俺はそれだけで女性の価値を決めるような男ではない!!
カッ!!
虚空に向かい、心の内を声に出さずして一喝する。
ふう、これでやっと落ち着いたな。
さて寝よう。
「……………………ん?」
キィ、と軋むような音がした。
母さんか父さんが入ってきたのかと思い、身体を起こして電気を点ける。
そこに居たのは――――。
「オワーーーー!!」
「うるさい」
アキラだった。
見知った顔だ。
だけど、こんな深夜で俺の自宅に居るわけないし、なぜか全裸だし、それに……両腕で抑え込まれた胸は大きく肥大していて、むにゅりと形を崩している。
「な、な、な、なんで」
「ああ……なんでか巨乳になっちまった」
全裸と闖入の件は!?
「なぁマナブ」
「はいぃ!?」
「どう……思う?」
どう思う?
どうしたらいいか、じゃなくて?
そのときアキラが両手を離した。
大きなソレがぷるんと揺れて露わになる。
目を逸らすべきだろうが、俺の男としての本能が優先され、視線は固定される。
「どうなんだ?」
アキラがゆっくりと歩み寄ってくる。
俺が寝ているベッドの上へと登ってくる。
声も出せずに居る俺の身体を強く押してきた。
俺は仰向けになり、その上にアキラが居る。
「どう思う?」
そう言ったアキラの頬は赤く染まっていた、目が潤んでいて、そして閉じられ、その唇を近づかせて――――。
「ハッ…………夢かい!!」
真っ暗な部屋の中で目を覚ました俺は、ありえないはずのことが、実際ありえなかった夢の中の出来事だったということを知った。
「なんちゅー夢を見るんだ、俺……」
自分でも自覚していない歪んだ欲望が発露でもしたのか?
だとしたら凄い変態だな、俺。
くそっ、寝て忘れよう。
「…………」
しかし、夢の中の映像が目に焼き付いて離れない。
むしろ瞼を閉じることで鮮明に――――。
「くっ」
観念して俺は身を起こす。
どうにも眠れそうにないから、こうなったら朝までゲームしてやる。
そう決意して部屋の電気を点けた。
「オワーーーー!!」
「うるさーい」
俺の足元、ベッドの隅にニナが居た。
体育座りをしていて大事な所は隠されているが、なぜか全裸だ。
ありえないありえない、ありえないことだ。
だからこそ……『ああ、これも夢なんだ』と思い至る。
思い至るものの、俺は動揺を抑えられない。
夢とは思えないほど、目の前のニナには現実感があった。
「な、なにをしてるんだい?」
どうせ夢だとは思いつつも、話しかけてみる。
「んーとね、聞きたいことがあって来たの」
どうして裸で?
と聞きたいところではあったが、夢の中の出来事に疑問をぶつけても無駄だろう。
「き、聞きたいこと?」
「うん。 あのね、マナブくんって私のこと好きなの?」
「えっ」
昨日の夜、なに食べた?
そのくらいの軽いノリで重大なことを聞かれた。
とりあえず俺は返答せずに、目に毒な光景から逃れるようにして背を向ける。
「ねーどうなの?」
ニナが答えを待っている。
そして俺は考える……真面目に答えるべきか、どうかを。
「……好きだよ」
結果、正直に答えることにした。
どうせこれは夢だ、俺の脳内で起きている現象だ。
だったら自問自答のようなもので、嘘を言う必要はない。
「ふうん、それって私がカワイイから?」
「まあ、うん」
「じゃあ、見た目の私が好きなんだね。 中身の私は好きじゃないんだね」
「えっ……」
「花村ニナが好きなんじゃなくて、見た目が良い女の子が好きなんだ」
「そ、そんなことはない!」
思わず声を張り上げてしまう。
ニナにこんなことを言わせているのは、俺の隠れた本心か?
「ほんとにぃ?」
「そ、そうだよ。 だってニナとは幼馴染で……思い出がいっぱいがある」
俺はニナの見た目だけが好き? そんなことは無い、無いはずだ。
「一緒に色んなことをして過ごしてきたから……その中でニナのことを好きになったんだから、だから、ニナの中身も、好きなはずだ」
この言葉はニナに向けてというよりも、俺の心のどこかへ投げかけたものだ。
だってこれは夢なんだから。
「へえ、そう。 じゃあ私が不細工な女の子だったとしても、好きになっていたっていうの?」
「……そうだ」
本当にそうか? という俺自身の声が、俺の中で鳴り響く。
違う、違うはずだ、俺はニナの中身も好きなはずだ。
「じゃあ、キスしてよ」
「へえっ!?」
出したことがないほど素っ頓狂な声が出る。
「私のことが本当に好きならキスして」
「い、いや、それは……」
「できないんだ。 好きじゃないんだ」
……くそ、そこまで言うならしてやろうじゃないか。
どうせはこれは夢だ、だったらしてやる。
そう決意して、振り返る――――。
「オワオワオワワワーーーー!!??」
「うふっ、どうしたの?」
そこには、全裸のニナじゃなくて、全裸のタケシが居るではないか!
しかし、その口からはニナの可愛らしい声がしていて……!
「キスできないの?」
「できるかーーー!!」
「なんで? 中身はニナなのに?」
「え、ええ……?」
何を言ってるんだ、こいつは。
こいつは……こいつはタケシじゃなくて、ニナ?
「見た目がタケシくんになっちゃった、ニナだよ」
「な、なんで」
「そういうことも、あるかもしれない」
ねーよ。
しかし、声は間違いなくニナであり、細かい所作も彼女らしいものだ。
だが見た目は筋肉隆々の男性的な身体であり……正直言って気味悪い。
「例えばさぁ、私とマナブくんが結婚して、毎日キスするほどラブラブでも、いきなり見た目がタケシくんになっちゃったら、マナブくんは私をポイって捨てちゃうの?」
「そ、そんなのはありえない話だ」
「ありえちゃったら?」
ニナは俺の思考放棄を許さない。
その、ニナと名乗るタケシのような見た目をした存在は、獲物を狙う豹のように俺へとにじり寄る。
「どっちなの? YESかNOか。 私を……本当の私を愛せる? 見た目がどうなっても」
「あ、愛せるさ」
苦し紛れの俺の答えを、見透かすようにしてニナが笑う。
「本当かなぁ?」
「ほ、本当だ」
「だったら行動で示して……」
そう言ってタケシ、いやミナ、だが見た目はタケシがそっと目を閉じる。
すこしだけ唇を尖らせて、すこしだけ俺へと近づいて、そのまま制止する。
同性愛の気が無い俺にとっては、かなり嫌な光景だ。
目の前の、まんまタケシの姿をした存在に、キスなんて嫌悪感しかない。
だけど、それがニナなら、中身がニナなら――――。
「目を閉じるのは禁止」
瞼を落とし視界情報を遮断しようとした俺を、第六感のように察したニナが咎める。
くそ、唯一の逃げ道を塞がれた。
じゃあ、真後ろへ後退するか……?
――――そんなことはしたくない。
俺は意を決して、彼女にキスしようとした。
近づくタケシの顔を真っ直ぐ見据える。
してやる、キスしてやるさ、それがニナなら。
唇に柔らかい感触が触れる。
タケシのって、こういう感じなのか……。
喉元が熱くなった、嘔吐感で。
すぐに唇を離す。
「えっ?」
そこにはタケシじゃなくて、ニナが居て、満足そうに微笑んでいた。
呆気に取られる俺を見て、くすりと笑って、目を閉じ、また唇を重ねてきた。
それは、彼女の方からのもので――――。
「ハッ!? 夢……だった!!」
そりゃそうだ。
またもや真っ暗な部屋の中で目を覚ました俺は、もはやゲームで夜を明かす気力も無く、疲労感もあったので、そのまま眠ることにした。
今度はすぐに眠ることができた。
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