第8話 高校時代 インディアンの猫


 「説明しよう! まずはカードをシャッフルする」


 タケシがトランプのカードを両手で混ぜる。

あれはショットガンシャッフルという、カードを痛める技法だ。


「プレイヤーには一枚だけカードが配られる」


 テーブルの上を滑らせるようにしてカードが配布される。

卓上をスライドするカードは科学部の各々の前で丁度よくストップした。

相変わらず器用な男である。


「自分は見ないように、そして他の者にはカードの数字が見えるように額の上まで掲げる」


 言われた通りにする。


「2から10、そしてジャック、クイーン、キング、エースの順で強い手とする。 この強弱を争うのが『インディアンポーカー』だっ!」


 らしい。

なぜタケシがいきなりこんなことを言っているのかというと、アキラがさっそく科学部にトランプを持ち込んできたからだ。


 なんの遊びをしようかと皆で考えていると、このインディアンポーカーが提案された。

もっとこう、ババ抜きとか大富豪とか……メジャーなやつで良い気もするが、まぁいいか。


「さて、では諸君らには、このチップを一枚100円で購入してもらう」


「待てバカ」


 タケシがどこからかカジノで使われるようなチップの山を取り出してきたので、すぐさま制止する。


「賭博行為は違法だぞ」


「勘違いするな。 ただ俺たちは、この購入したチップを賭けて奪い合いをするだけだ。 金銭のやり取りではない!」


 ……だったら、いいのか?

しかし、そうなると、ただただチップの販売者である胴元が儲けるだけの話になる。


「じゃ、そのチップを買った代金はどこへ? お前の懐に入るんじゃないか?」


「いいや? しかし俺が手に入れるわけではないとだけは言っておこう。 そしてあそこに、たまたまここで古物商を開いているカジノチップに目が無い親父が居るが、あまり気にするな」


 タケシが指差した先には雛鳥さんが居た。

ものすごく簡素な屋台が設営されており、看板には『とりひきじょ』とひらがなで書かれている。


 なぜか雛鳥さんは付け髭をしており、自慢げにヒゲの先をつまむようにして撫でている。


「これが三店方式ってやつかぁ」


 と、アキラが言う。


「なんのことかな」


「うるさい! とにかく金は賭けたら駄目だ!」


 とぼけるタケシに一喝したあと、ようやくゲームを始める。

チップは購入せず、ただ遊びの道具として皆に配ることにした。


 そしてインディアンポーカーが開始される。

参加者は俺、ニナ、アキラ、タケシ、古物商を廃業した雛鳥さんの計5人。


 配られたカードは……。


ニナ―――4

アキラ――3

タケシ――7

雛鳥さん―5


 全体的に低いな。

2から14(エース)の数字があって、7と8の間がちょうど強弱のボーダーラインとすれば、場には弱いカードしか存在しないことになる。


 俺のカードが8以上である確立は5割以上だから、十分に勝機はある。


「で、この時点で降りるやつは居るか?


 タケシが言うが、誰も降りる様子は無い。

それもそうか、自分の数字は見えないわけだから、俺と同じような考えを皆持っているんだろう。


「フ、誰も降りないということは場に揃ったのは弱い数字ばかりというわけか。 ならば俺は3枚のチップを賭けよう!」


 そう言い、全部で5枚の中から3枚を中央に置く。

いきなり半分以上を賭けるとは、強気の攻めだ。


「降りた」


「私もです」


 ここでアキラと雛鳥さんが脱落。

実際にタケシには負ける数字だったので正解だ。


「ニナとマナブは俺とやり合うつもりか?」


「う~ん……」


 挑発してくるタケシに、難し気な表情で唸るニナ。


「マナブくん、どうしたらいいと思う?」


「やめたほうが……あっ」


 思わず素直に返してしまった。


「じゃあやーめた」


「おいおい」


 俺の反応を見て、ニナはさっさと降りてしまい、タケシからは咎めるような声を投げかけられた。


 となると俺とタケシの一騎打ちになるが……。


「なぁ、ちなみになんだが俺も降りたらどうなるんだ?」


「ここで特別ルール発動! 不戦勝の場合、皆から一枚ずつチップが貰えることになる!」


 なんだよそれ……と言いたいところだったが、そのほうが円滑にゲームが進む悪く無いルールと思ったので、黙っておくことにした。


 ふーむ、となれば、ここで勝負したらハイリスクハイリターンであり、負けたらリスクではあるもののローリスクということか。


「んー、じゃあ勝負してみよっかなぁ」


 と言いながら、ちらりとアキラそして雛鳥さんの顔を窺う。

その表情を見て勝機か否かを判断しようと思ったのだが、そこにあるのは無だった。


「ニナはどう思う?」


 ならばと思い、表情豊かなニナに仕掛けるものの、彼女はポカンと口を開け虚空を見つめている。

ポーカーフェイスのつもりなのか?


「ククク……ニナはお前と違って勝負の邪魔をしないというマナーが出来ているようだな」


「なんだよ……じゃあ普通に勝負してやるか。 どうせ俺が勝つし」


「ほほう?」


 そうだ、相手の数字は7。

勝てる可能性は十分にある。


「ほら、じゃあ勝負だ」


「待った!」


 3枚のチップを場に出そうとすると、タケシが声でそれを制する。


「その前に俺はさらに2枚! つまりオールインだ!」


「うっ……」


 俺の手の動きが止まる。

唐突なオールインに、チップを賭けるべきかどうかの判断が鈍る。


 なぜ、ここまで強気に出れる?

その理由は一つ、俺のカードが最弱の2である可能性だ。

それを直接目にしているタケシにとっては、自分の数字がどれだけ低くても引き分けという結果にしかならない。


 だからこんな捨て身の勝負が出来るのだ。

もちろんブラフという可能性も大いにあるのだが……。


「……降りる」


 俺の取った選択は最小的被害だった。

勝負したら全てのチップを失ってしまう可能性があったが、降りてしまえばたったの一枚だ。


 敗北宣言をしてすぐ、俺は自分のカードを確認した。


「って、エースじゃねーか!?」


「アーーーハハハハ!!! ククク! コココ! キキキ!!」


 高笑いに興じるタケシ。

悔しい、悔しすぎる。


「なんで降りたんだよマナブ。 勝てる勝負だと分かり切ってたのに」


「な、なんでだよ」


 アキラが妙なことを言い出したので理由を聞く。

なぜ勝てると分かることが出来たのだ?


「お前がチップを賭けようとしたのを、無理矢理止める形でタケシはオールインした。 もし純粋に勝負するつもりなら、お前がチップを場に出したのを確認してからオールインもしくはそのまま勝負するはずだ。 そうしなかったのはオールインの圧力で降りさせようとしたからだ、なぜなら相手は最強のエースだから。 ……ということに普通は気付くもんだ」


 ……なるほど、たしかに言われてみれば、そうだ。

しかし、そこまで頭が回らなかった……俺ってもしかして自分で思ってるよりバカなのか?


「タケシくん、すごーい」


「オホホウヒャー!」


 くっ、ニナがタケシを褒めている。

たしかにエースを相手取って勝のはカッコよすぎるな。


「くそっ、もっかいだもっかい!」


 名誉挽回のために、もう一度勝負を提案する。


「あ、だったらミナちゃんも入れてあげようよ」


「私ですか?」


 するとニナがミナを仲間に入れようと言い、それにミナが意外そうに反応した。


「一人だけ仲間外れは可哀そうだからさ」


「ご厚意を感謝します。 しかし私をプレイヤーにするのはお勧めできません」


「えーなんで?」


「なんでかは……そうですね、実際にやってみれば分かるでしょう。 タケシ様、カードを配っていただけませんか?」


「ん? ああ、わかった」


 指名されたタケシは、先ほどと同じようにしてカードを配る。

そして最後の一枚をミナが映っているモニターの上部にセロハンテープで貼り付けた。

ちょうど設置されているWebカメラの真下だ。


「なあ、それって……」


「ああ、このカメラはミナの『目』だ」


 なるほど、あれで俺たちを見ているというわけか。

あの位置ならミナの視覚外なのだろう。


「私の勝ちですね」


 いきなりミナが言い出す。

事実、その通りであることを、俺は他の面々のカードを見ることで知った。


「私のカードはキング、数字でいうと13ですね」


 なんと、数字まで言い当てた、見えないカードの数字を……。


「すごいな、どうやって分かったんだ?」


「表情を読んだのです」


 タケシに問われたミナは、つらつらと説明をはじめる。


「皆さまが、まず視線を止めるのは一番強いカードを持つ人です。 逆に視線を向ける回数が最も少ないのは一番弱いカード。 その視線の回数と時間、場に出ているカードの数字を総合して思考すればおのずと、私の見えないカードの数字が予想できるのです。 さらに申し上げれば、人間の表情から読み取れる感情は様々であり、瞬きの回数、筋肉の動き、脈拍から色々なことが分かりますが、それらの詳細は膨大な時間を要する説明となりますので割愛させていただきます」


 ……随分とすごいことが出来るんだな。

高性能とはいえ対話型AIに、そんなことができるのか?


「さすがだなミナ。 やっぱりコンピュータに人間は勝てないか」


「囲碁やチェスでも人間はAIに勝てないしな」


「アキラの言う通り、人間がAIにゲームで挑むなんて愚かなことだったか」


「でも、なんだか寂しいね……一緒に遊べないってことでしょ?」


 ニナが悲し気に言う。

もともと心優しい彼女らしい発言だった。


「一緒に遊べないということはありませんよ」


 その発言を、他ならぬミナ自身が反論する。


「では、私にも参加できるインディアンポーカーをしてみましょう。 タケシ様、ゲームマスターの役をしていただけますか?」


「構わんが、何をすれば?」


「まずカードを配ってください。 このとき、一人一人に配るカードの数字を確認するようにしてください」


 ミナに言われたとおりにタケシはカードを確認しながら配り始める。


「あ、私のカードは貼り付けるのではなく、キーボードの上にでも裏返しで置いてください」


 これも、タケシは言われた通りにする。


「ちょっと換気しますね」


 そこで、雛鳥さんが窓を開けた。

そのとき風が吹いて、俺の前に置かれたカードが吹き飛ばされた。


「おっと……すまんカード見ちまった」


 俺の胸に当たり膝に落ちたカードは表になっている。

しまったと思い慌てて裏返しにし、そのままテーブルの上に戻したが、それがスペードのエースだったことは、しっかりと視認してしまっている。


「構いませんよ、そのまま続行しましょう」


 しかしミナはそんなことを言う。

自分のカードを知ってしまったらゲームにならないのでは?

俺の懸念とは関係なしに、ミナは説明を続ける。


「さて、今、皆さんの前には裏返しのカードがあります。 通常では、これを見えないように掲げてプレイするのが通常のインディアンポーカーですが、ここで一つどうでしょう? このままの状態でやってみるというのは?」


 ……このままで?


「そうすれば、私が表情を読み取ることが出来ず、フェアに勝負ができます」


「しかし、それじゃインディアンポーカーとはいえない」


 もっともなことをタケシが言う。

駆け引きもへったくれも無いじゃないか。

いや、AIと人間じゃ駆け引きの差がありすぎるから、このような勝負方法を思いついたのだろうか?


 完全なる運の勝負を。


「ふふ、たしかにインディアンポーカーとは言えませんね。 ならば、こう名づけましょうか……『シュレディンガーのポーカー』と」

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